第20話 初めての黒幕:閉幕編 side:ルナ
一瞬の静寂が地を満たす。アスモデウスは煙の向こうに消えた。
「やったか」
「そんなわけがないな」
呟く九竺に新城が冷たく返す。
「ひび割れに突っ込んでも弾き返されたな」
刀を矯めつ眇めつしながら輪廻が言う。幸い、欠けなども無い。だが、アーティファクト級でなければ間違いなく今までの一撃で逆にこちらの刀が折れていた。
「あんなんなっても防御力は変わらねえのか。それとも、あの子の攻撃が規格外過ぎたのか? なあ、霊よ」
「どちらにせよ、あの少女を信じて耐えるしかなさそうだ」
「しかし、弱っているのは確実だぜ」
「ああ。灼熱のフィールドを維持できなくなったかは怪しいが、炎の剣は消す意味がない。あれはおそらく相当の力を消耗するはず」
「だとするなら、今は力を貯めているということか」
「ああ、だがな。下手につついて蛇を出すよりかはいい」
「貴重な休憩時間か。しかし、腰が砕けそうになるぜ」
「ああ、そうだな――」
「そういえば、あんたは……ええと」
新城。彼はルナが乱入したときに唇に手を当てるのを見た。知り合いなのは黙っておくしかない。だいたい、なぜ協力するのかもわからないのだから言いようがない。
とりあえず、自分の名前だけでも告げておく。
「僕の名は新城鋼。しがない兵隊だ――まだ、元はつけなくてもいいだろう」
「俺は式子規九竺だ」
「知っている。有名人だからな」
「はは。そりゃ光栄なこって」
「……!」
アスモデウスの気配が失せた。先ほどと同じ、炎の剣による攻撃が来る。しかし、あの少女は動かせない。ならばどうするかと思考を巡らせる。
「おい、霊。死ぬ覚悟はあるか?」
「死なない覚悟ならあるぜ」
「は。こりゃ一本取られた。ああ、死ぬわけにゃあいかんな。まだAクラスなんだ。さらに上を目指さねえとな」
「安心しろ、あいつを撃退できりゃSクラスは確実だ」
そうだな、と笑って少女の前に一直線に陣取る。
霊が前、九竺が真ん中、輪廻が後ろだ。【災厄】の狙いは最初から分かっている。来るタイミングは霊の横に並んだ絵奈利が計る。虚炉が結界を張って少しでも威力の減衰を図る。
――来る。
人類最高峰の結界が紙のように容易く破られてしまった。その瞬間が感知されて霊に知らされる。渾身の力を込めて盾を構えたが、一瞬で燃やされ右手ごと身体の三分の一が蒸発した。九竺が構えたアーティファクト級の剣でさえも砕かれる。
それでも、剣の速度がわずかに鈍った。
「虚心流、奥伝――『燕返し』」
過去最高、これ以上ないほど集中した極限の無の中で放った奥義はアスモデウスの一撃をそらすことに成功する。
「A……GIRUUUGAAAAAA!」
叫びの中で炎の剣が消失する。もはやアスモデウスにも後がない。
”あれ”が解放されれば我が身が危ないということは肌で感じている。あのおぞましいほどに強大で穢れた魔力ならば。
あの少女が自身のその――あきれ果てるほどに先の向こう側の存在であるとアスモデウスにはわかっていた。目の前のゴミどもにはわからぬ存在としての格の差を感じ取っていた。
「させんよ」
新城が抱き着いた。冒険者のような人間離れした筋力を持たない新城に投げ飛ばすなどできようはずもない。
だが、力を持たぬ人間がここまで苦しめてくれたのだ。アスモデウスは苦痛を与えながらじわじわと燃やす。せめて数秒、地獄の炎に焼かれてのたうち回れと嗤う。だが、疑問に思う。力が緩まない。苦痛の叫びが聞こえない。……なぜ。
麻薬による麻痺すら超えた苦痛が新城を襲っていた。それでも彼は力を緩めない。己の心を二の次、三の次においてしまえるという”異常”な精神性。そして麻薬による興奮が彼を動かしていた。
悲鳴は聞こえないが、もういいとばかりにアスモデウスは抱き着くごみを粉砕しようとして――
「なに終わった気になってんだ、テメェェェ!」
九竺のフルスイングが頭を揺らした。炭化した腕が原型くらいはわかるまで回復している。それはポーションの効果だ。
何かを口にすると火傷が回復する現象は今まで何度も見ていたが、まだたてつく気力があることが信じられなかった。
現に、そいつの前にいたやつは倒れてピクリとも動かない。死んだか、と思うが骸をさらに焼くのがアスモデウスのやり方。すぐにこいつも動かなくして焼いてやろうなどと悠長なことを思い描いて。
「……GAAAA!」
最悪がここにあるのを思い出した。こいつらよりも小さな体をしているが、中身は煉獄の窯のような絶望が煮詰まっている。……殺さねば! こいつを殺さなければ、自分は――
「あと少し! やらせないよ」
火球は腕ごとそらされた。ならば先に結界から剥ぎ取ってくれる、と全方位に炎を照射しようとして。
「させないって……言ってるでしょ!?」
反対属性をかけられた。これでは結界を突破できない。
それでもこいつら全員を燃やし尽くせるが、肝心の”敵”には届かない。まずは抱き着いてるゴミを振りほどく。四肢を変な方向に投げだして倒れて動かなくなった。これで二人目。まだ――二人目。
「よくも……新城をォ!」
ひびに攻撃が当たるが、この侍の攻撃ではそもそも傷つくことすらない。動きが止まったそいつを殴り飛ばした。血を吐いて動かなくなる。
「っまだァァ! 虚炉、身体強化を」
前衛最後の一人、九竺がアスモデウスの首に腕をかける。格闘技で言うスリーパーホールドという技に似てるが、これは絞めない。
そのまま渾身の力をこめ、さらには肉体強化までかけてもらい”跳ぶ”。地面から引っこ抜いて、首の骨を折る殺人技。だが、効きはしない。
それでも離れてはいくのだ。おぞましい力を今か今かと解放しようとする少女から。
胴体を指が内臓までめり込むほどに強く握り、無理やり引きはがして地面に叩きつけた。悠長にきっちり殺している時間などない。一刻も早く、そいつを――
「GAAAAA!」
気配を感じた。魔法詠唱者に先んじて攻撃を叩き込む。直撃しなかったが、余波で焼け焦げて動かなくなる。
もはや盾はない。収束した火球を打ち出そうとして。もうそこまでの力が残っていない。ただの火球を叩きつけて結界を破壊した。このまま近づいて行って、首をねじ切ってやろうと手を伸ばす。
「だから、やらせねぇって」
かつん、と剣が当たった。殴った。動かなくなる。早く、早くアレを倒さねば――
焦りに焦るアスモデウスの殺気がたたきつけられる中、ルナはのんきに考え事をしている。
(あーあ、結界が壊されちゃった。あいつも近づいてる。うん、ほんの一秒くらい足りない。もちろん今この瞬間にもあれを八つ裂きにはできる。けれど、僕は5分とそう言った。ならば、その言葉は守るべきだろうね)
(本当に残念だ。勇者になれる素質を持っていたと思ったけど、どうやらほんの少しだけ運と力が足りなかったようだ。君たちのことは忘れないよ)そう思って、帰還の特殊能力を発動させようとしたとき。
「まだだァァァ! まだ僕たちは生きている。貴様など怖くはない。殺してみろ! もし貴様が災厄というのだったら、中途半端な真似はするなよ。僕を殺せェェ!」
新城が叫んでいる。けれど、アスモデウスがそんなものに頓着するはずがない。そのまま一歩を踏み出して。
「あいつが根性見せたってのに、冒険者がくたばってるわけにはいかんよなあ」
霊がアスモデウスの前に立ちふさがり、腕を掴んだ。最初に動けなくなった人間で身体の三分の一くらいが無くなっている。その状態では子供程度の力さえ出せない。それでも。
「GAAAAARAAAAAAA!」
たかってきたハエに拳を打ち付けない理由こそがない。【災厄】の拳が霊ごと僕を粉砕しようとして、霊の身体にめり込む――その一瞬前にアスモデウスの腕が飛ぶ。
「1秒。たったの1秒だ。だが、彼らが決死で稼いだこの時間……決して貴様には返さない!」
ぶん、と神々しい槍が掲げられる。
「これぞ神の裁き、『F・M ロンギヌスランス・テスタメント』である。刮目せよ! これこそ貴様に死を与える神殺しの契約を持つ人造の神器。絆が掴んだこの奇跡! 乾坤を一擲となして貫き通す!」
防御のため掲げた腕を――豆腐でも切るかのように本体ごと貫いた。その一撃こそ神の裁定。死の宣告。いかに【災厄】といえど、それの前に存在を保つことなどできはしない。
「UBIIIIIIRUAAAAAAAAA!」
耳をふさぎたくなる絶叫が耳をつんざき、アスモデウスは消え去った。少女の腕からぽとりと槍が落ち、光となって身体に吸い込まれて消える。
その少女は花のような笑顔を浮かべていた。




