SS3話 銃撃戦
プロジェクト『ヘヴンズゲート』は大がかりな作戦である。準備段階であろうと、すぐに隠せなくなる。なにせ、夜明け団は多くの資材を投入して衛星軌道砲を建造、さらに魔人の大量生産を始めてしまったのだから。
夜明け団のすべてを総動員した総力戦の準備に、多くの都市は戦々恐々としている。それどころか、反乱を始める都市もある。
その中でルナは、ルートを連れて専用の輸送用の鳥で空を飛んでいる。もっとも、操っているのはルナを膝の上にのせるアルカナだが。
「だから、ルート。僕は君のことをそれなりに評価している。実を言うと偉くなりたい魔人は希少なんだよね――それだけではないが、強烈な意思が必要だから。そっちに興味を持つ奴があんまりいない」
「……それで、どこへ連れて行こうってんです?」
「まあ、聞け。だからお前は偉くなれるよ、保証しよう。いや、好んでやりたがる奴が居ないからだけど。それにヘヴンズゲートで天に召されたら無理だけど」
「は、生き残ってやりますよ。まだ明かされない最終作戦とやらも、ね。……全貌をまだ聞かせてもらってませんから」
「その話も後だ。これからやるのは、義務の話だよ。偉い者は謝罪してはならないんだ。もっと言うなら、組織の行動を間違いだと認めてはいけないのさ」
「ま、自分の間違いを認める奴なんか居ないと思いますがね」
「自分ではないさ、組織だよ。お前がやったことは間違いだったと言われては、部下があまりにも哀れだ。自分がどうだのは、別の話で個人のやり方さ」
「……それ、誰の言葉です?」
いぶかしげなルートに、ルナはどこ吹く風と得意げな顔で話し続ける。どうでもいい仕事論だけじゃなく、たまに機密ど真ん中もぽろっとこぼすからルートも無視できないのだった。
「誰だったかな。むしろ、それをやる馬鹿が没落したという話かも」
「結局、何が言いたいので? これからのことに、何の関係が――」
「夜明け団のやることが正義とは限らない。反抗する者達を踏み潰すのは、むしろ悪ですらあるだろう。が、部下には正義と言って聞かせなければならない。そういう話で、これからは実践だね」
「あなたは魔人を人と争わせたくないと、気付いてましたがね。今回は、私への教育という訳ですか」
「いや、魔物への復讐の物語にそれは不要な要素と言うだけ。正義を騙り、悪を成すのを君だけに教えよう。これは、そういうことだよ」
ルナ・チルドレンと呼ばれる最強の魔人5名、だが別に権力を受け継ぐ訳ではない。5人ともそれに興味がない。
だから、権力に関してはルートが最前線を走っていて今回はそのために見繕った作戦だ。ルート本人も、権力の匂いに舌なめずりせざるを得ない。
「……裁きを降すと?」
「大儀と現実は分けなさい。踊らされるだけの間抜けに、歴史を導く資格はない」
「では、お眼鏡に叶うように頑張りますか」
「頑張る必要はないよ、ただ学べばいい。今回の敵は、歴史にさえ載らない犠牲者だ。ただ――そういう国に住んでいただけだ」
目的の場所に着く。立派な豪邸の玄関先だ。
鳥を下ろすと、兵隊たちに迎えられた。銃を掲げて、物々しい雰囲気だ。なにせ、これから歴史を裏から操ってきた秘密組織を出迎えるのだから。
「さて――君たち。改めて初めまして。この僕が、O5より全権を委任されたルナ・アーカイブスだ。翡翠の夜明け団に話があるのなら、聞いてやろう」
いつ空へ掲げられた銃を突き付けられてもおかしくない緊迫した雰囲気の中、ルナが語る。
「子供。……噂は本当だったと言う訳か?」
「どの噂かな? 安心したまえ――今日は人は寄こしてないのでね」
相手は初老。それはそうだ、長年壁の中で暮らしてきた人類は狂犬を長に据えたりなどしない。犬どもの散発的な襲撃に対処しながら、暗闘に勤しんできたのだ。
だがそのやり口も政治的な手法に限る。暴力で脅されれば……もはや銃で反抗するしかない。従うなどと、口が裂けても言えやしない。
「ルナ様」
「なんだね、ルート。僕は気にしないけど、本来は上の人の話に口を挟むのは――」
「この男、都市長ではありませんよ」
「……ふむ?」
それは、隠そうとしていたことではないが。実は副都市長だ、ルナがそこまで資料を見ていないだけだった。とはいえ夜明け団の性格を考えれば、ここでトップが来ないのは舐めている。
しかし、元から言葉で決着の着く段階ではない。夜明け団はこの都市に服従以外を求めていない。対するこの都市も、夜明け団に入れてもらうなどとは願い下げなのだから。
「撃てっ!」
兵たちが一斉に銃を向け、撃ち始めた。最初からそのつもりだった、偉そうにする夜明け団の尖兵を倒して反旗を翻す。
なにより、いきなり現れて従えなどと言われて納得できるはずがない。民にそんな説明はできない。戦争は予定調和だ、魔人の戦闘力の実際など彼らは知らないのだから倒せると思っていた。
「ふむ」
「――今回はどこまでやる気です?」
だが、魔人どもは銃弾の嵐の中で呑気にしている。当たっても弾かれ、微動だにしない。
「殺し尽くすのは下策だものね。都市長に謝らせて手打ちとしようか」
「何か悪いことをしたんですかね」
「夜明け団を疑い、声を上げたことかな。さあ、団の正義を実行しに行こうじゃないか」
「了解」
銃弾の嵐の中、こともなげに会話する様子はまさに人外だ。何発だって当たっているのに。それはただ、服も肌も銃弾を弾くほど強靭なだけ。
「ば、馬鹿な……! 銃弾を弾くなど――」
「それが、今の世界なのさ平和ボケ君よ」
ルナが手品のようにフリルの中からハンドガンを取りだして副都市長に撃ち放つ。
「がっ……! ぐぅ――」
「防弾チョッキか。用意はしてあるようだけどねえ」
苦しむ彼めがけてさらに撃つ。正確に撃った場所を狙い撃った一撃で、内臓にダメージを受けて血を吐いた。
「や、奴を――」
「対人装備で、何ができると言うんだい?」
三発目、正確に同じ箇所を穿たれて貫通した。血に沈み、動かなくなる。ありえない現実を前に、兵隊たちの動きが止まる。発砲が止まる。
「……うそだろ、手品?」
「なんだ……この、化け物」
「銃が、効かない……?」
ルナがため息を吐く。
「ああ、なんて弱さ。碌に魔物に襲われもしない都市などこんなものか。……アルカナ」
「うむ」
合図にあわせて、アルカナがばかでかい銃器を取り出す。
その武器を認識するより前に、何も持っていなかった美女がどこからともなく取りだしたという事実に、兵隊たちは唖然と見送るしかなかった。
「どうでもよいような銃ならともかく、魔法の武器を己が体内にしまうのはそれほど珍しくもないと思うのじゃがな……」
それは機関銃。およそ人の持ち得る兵器ではないが、汎用のそれはこの都市の壁にも取りつけられていた。
ガラガラガラと猛然と唸り声を上げる。そこで、初めて兵たちは我を取り戻す。
「嘘だろ……!」
「くそっ。撃て、撃てー!」
また射撃を始めるが、しかし効いていなかったものがいきなり効き始めるようになるわけがない。ただ銃撃音が響くだけ。
「化け物め、化け物め! やってられるか!」
「こんなん、相手にできるかよ!」
ここに居るのはこの都市の兵隊の中でも上澄みであるのだが、しかし勝ち目など一つも見えず、さらには機関銃でなぎ倒されるだけの未来に――銃を捨てて逃げ始めた。
「くはは。逃げよ逃げよ、ブタのように」
機関銃が猛然と弾を吐き出し始めた。縋るように撃ち続けている兵たちをバッタバッタとなぎ倒して行く。
命の危険を感じて持ち場を離れるようでは兵士失格。それを許さないのが教育であるのだが、しかし現実は無為に死に行くだけの結果。逃げるが勝ち。
「手榴弾、使うぞ!」
一人がパイナップルの形をした爆弾を投げる。爆炎と破片で人を殺傷する兵器だが――
「……で」
爆発、しかし誰一人傷を負っていない。
「うるさいな。いいかげんにして」
アリスが未だに抵抗を続ける兵たちを睨みつける。その腕一杯に同じ爆弾が出現する。そもそも銃も爆弾も、夜明け団が開発したものを流している。同じものを使うのは当然のことだった。
威力も知られたそれを、適当にバラまいた。そんなことをすれば自殺行為だが、兵器がまったく通じないのは今まで見た通りである。
「ひぃっ!」
「うわああっ!」
更に逃げ出していく。そして、それよりも多い数が死んでいく。
「チ……イイ――がっ!」
一方でまだ抵抗を続ける兵は物陰に隠れるが、しかしアルカナの機関銃は障害物ごと撃ち貫く。
屋上は、死体で一杯になった。
「さて――降りるか。ルート、少しは働いてくるといい」
「玩具で遊ぶの飽きました? まあ、了解ですよ」
横でつまらなそうな顔をしていたルートが屋上の扉を蹴破り、中へと侵入する。
「来たぞ!」
「応戦しろ――ッ!」
潜んでいた兵が銃撃するが。
「いや、効かないって上でやったでしょ」
効果などない。素手で敵兵を引きちぎり、前進する。そして、何人かを倒して玄関に到着する。
「――ちくしょうめ、化け物がぁ!」
轟とジープがうなり声を上げる。装甲板を貼り付けたそれが、最大の加速で突っ込んできた。
「……ふん!」
ルナが後ろから二丁拳銃で運転手の額を撃ち抜いた。だが、運動エネルギーは止まらない。そのまま突っ込んでくる。
「まだ玩具で遊ぶ気ですか?」
ルートが受け止め、相手の方へ投げ返した。仕掛けられた爆弾が爆発する。
「まあね。さて、少し走るか」
「へいへい」
兵士たちは戦うか逃げるかで迷い、さらには要救助者の救出を行うものまで出てきてしっちゃかめっちゃかになっている。
それらを放置し、走り出す。魔人たちが迷うはずがない、地図は入手済だった。
「……む?」
ごつい銃を構えた護衛兵を二丁拳銃で撃破、本丸の家の中へと踏み込むと子供が銃を構えていた。
ルートが訝し気に呟く。
「なんだ、このガキ……?」
「お前らが、父様を殺したのか!」
憎しみに囚われている。戦争は悲しみしか生まないと、そんな題名を付けられそうな光景だが。
「ああ? あー、そうなんじゃねえの。どうせ、あの爺さんだろ」
「……! あぐっ」
撃った子供は、しかし反動に負けて銃の背が鼻っ柱をへし折ってしまった。ルートはやれやれと天を仰ぐ。
「さっさと殺して先に行きましょうよ」
「君がやれ、ルート」
「……なぜ?」
「人を使うなら必要な経験さ。悪も正義も、しょせんは口先。正義は騙るもの、その真実を自分の手で体験しておけ」
ルナは転がって痛みに喘ぐ子供を放置して先に進む。
「さて、君が本物の都市長か」
「――夜明け団の、ルナ・アーカイブスか。馬鹿な、こんなところまで来るなど。兵たちは何をやっていた!?」
こちらは太っちょの老人だ。権力と言うのは人を肥え太らせるものらしい。脂ぎった顔に恐怖を浮かべ、不甲斐ない部下に顔を真っ赤にするという器用なことをしていた。
「あんな雑魚に育てたのは君だろう? よくないな……自らの無能を棚上げにするのは」
「ま、待てっ! 誤解だ……誤解なんだ。私は、夜明け団に逆らうのはやめた方が良いと言ったのだ……!」
「残念ながら、言葉の一つでは終われない」
ルナは引き金を引き、指の一本を飛ばす。
「あ……ぎゃあああ!」
床に転がり、血が点々とあちこちにちらばる。その哀れな彼に、ルナは頓着しない。
「殺さないんで?」
「ルート。任務は果たした?」
「あんなのが、任務と?」
「さて。だが、これも夜明け団の一側面だからね。君も一度レーベに会ったと思うが、あれは裏を担当している。もっと深い闇に踏み込んだ魔人だよ」
「いつか、あの方も跪かせるようになりますよ」
ルートは何も変わらない。今日の出来事も、仕事の一つでしかない。ただし、上に上がるためのステップを一つ上がったという意識はあった。
どこまでも満足せず、上を目指し続けるのだ。




