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第19話 初めての黒幕:実行編 side:ルナ


 【災厄】の炎が走る。その中を新城や他の兵士が走り抜ける。思い切りよく駆け抜けて、死中に活を見出そうとも、無慈悲な炎は簡単に命を奪い去る。

 ルナのポーションのおかげで即死はしない。とはいえ……


「ぐ……ああああ!」


 新城が駆ける横で、他の4人はすでに死んでいる。参戦してから10秒ほどでこれだ。そして、新城もまた死人同然となっていた。

 いたるところが焼け焦げ、腹の一部が炭化している。ショック死してもおかしくないほどの激痛を耐え忍んでいるのは根性などではない。麻薬をぶちこんで痛覚を消しているのだ。

 それも、予備を含めた手持ちの全てを使った過剰投薬(オーバードーズ)。最早あり得ない仮定だが、無傷で帰ったところで健康ではいられない。体の芯がボロボロになっている。


「いい加減に……くたばれェェェェェェ!」


 九竺の打ち下ろしが決まる。一瞬アスモデウスの動きが止まった。


「っはあああああ!」


 その隙を逃さず輪廻が必殺の一撃を放つ。速く、鋭い……人類でも最高峰の殺戮劇だが。しかし、それは所詮人間の世界でのお話だ。


「GAAARAAAAAA」


 けれど、全くもって効いちゃいない。全方位に炎を放出しようとしたそいつを、今度は霊が蹴っ飛ばした。こうして攻撃に割り込んでキャンセルしなければ、こちらがその攻撃に耐え切れない。


「っち!」


 揃ってポーションを飲み下す。まともに攻撃を受けずとも、ただの余波でコレだ。持っていない新城には霊が投げ渡した。


「……これでは」


 新城はその先を続けることができない。

 攻撃が通じない相手をどう倒せばいいのか。そして、この攻撃範囲は逃げ出すことですら現実的ではない。そもそもどこに逃げ隠れればいいのか。【災厄】の前では、全てを焼き払われて丸裸にされるのみ。

 暗い雰囲気が出始める。自分をごまかすにも限界が近づいてきた。そこに乱入する小さな影。


「月読流――『桜花一閃』!」


 その研ぎ澄まされた剣閃はアスモデウスの胴体にヒビを入れた。それは至高の抜刀、シミュレーションによって計算された理想形。武ではなく、合理としての完成形だった。


「……ッ!」


 あの、何をしても効く気配のなかった恐ろしい【災厄】に傷を入れた。どれだけ強力な能力者なのか。あの刀も、本人も尋常ではありえない。

 その救世主を見ると――小さい。まだ子供だ。


「へえ。硬いんだね」


 なんてことを言う。実をいうと、内実では全く反対のことを思っていたのだが。実は貫くつもりはなかった。


「これでも足りないか……!」


 アスモデウスの活動に陰りは見られない。恐ろしい力を持つこの少女ですらアスモデウスを打倒することはかなわないのか、そう絶望しかけたとき。


「5分! 5分だけ時間をちょうだい。それだけあれば――僕がこいつを倒す」


 実際、信じられたものではない。

 幼女が飛び出て、いきなりこいつを抑えてくれとかわけのわからない展開。だけど、その幼女はアスモデウスの強固な外殻を貫いて見せた。

 この子以外に希望はない。ゆえに信じる。一度決めたことを裏切りはしない。ゆえに【光明】は一筋の希望にかけた。


 一方でまあ、信じてもいいか。と新城は思っていた。

 ルナはどうやら義理堅い少女のようだ。村を見捨てることに罪悪感を覚えるとは思いにくいが、自分の言葉は裏切れない。

 本当に5分もたせれば、あれをどうにかしてくれるのだろう。僕らが死んだらさっさと帰るだろうが。……やることは決まった。後はやるだけだ。文句など死んでから考えればいい。


「ちいとばかし、おねんねしてもらおうかァ!」


 やはり最初の一歩を踏み出したのは九竺。だが、その一撃は空を切り――


「……炎が」


 消えた。村全体を焼き続けていた炎が消え失せた。【災厄】の姿が見えない。あの圧倒的な魔力がかけらも残っていない。極大の悪い予感が背筋を冷やす。


「九竺! 後ろだ」


 霊の声が聞こえた。その瞬間、魔力の暴雨風が吹き荒れた。後ろを見ると、アスモデウスがひび割れた外装をそのままにしながら、両の手に炎の剣を握っていた。熱量が全く感じられない。

 ……こいつは”ヤバイ”。

 本能で理解した。させられた。周囲に熱を発しないということは無駄がないということ。あれだけの熱量をまき散らすことなくたった2本の剣に凝縮させたゆえの結果だ。もはやアレはアーティファクトすら超える神代の神器とも呼ぶべき武装に他ならない。人には抗うことすらできぬ頂上の力である。


 奴が駆けた。


 見えない。影が走ったようにしか見えなかった。かばう、そんな暇もなくアスモデウスはルナの前に足をかける。両の手を振りかぶって、奇跡すら殺す神滅の炎をたたきつける。

 ルナは反応しない。

 できない、と九竺らは判断するしかないし、実際にそういう設定で行動している。目をつむり、微動だにせずに奥の手を準備している。

 もっとも、実のところ一瞬で取り出せるが。内心、もっと段階的に出したいんだから出てくんな! とか、スローモーションで取り出すのって結構難しい。練習しとけばよかった、などと思っている有様だ。


 見ている者に絶望の影がよぎった。

 この一撃を防ぐなど不可能。自分たちを相手にしていた時はただ遊んでいただけだったのだと理解した。

 確かにこの少女はアスモデウスを撃退できる唯一の可能性。だが、その力は発揮できることなく殺される。世界すら割ることのできる、そんな思いを抱かざるを得ない最凶の炎に焼き尽くされる。

 ギィン、と音がした。ルナの前の空間、アスモデウスの一撃が当たっている場所に空間のひびができる。いや、これは――


「結界!?」


 驚いたのは誰の声か。

 ありえない、とそんな思いを抱く。あんな固い結界を人類に張れるものか。いや、九竺にはというか彼らの知識内にはただ一つだけ心当たりがある。

 ――乱入した彼女が一人でなかったとしたら。仲間が居て、前もって結界をかけていたのだとすれば。

 人間ならば不可能。ならば足せばいいと、そんな思想のものに生み出された哀れな存在達。もしそうなら、あの子はどんな過酷な運命を背負っているのか。人類を恨んでもしょうがないと思う。それでも、この子は助けてくれた。俺たちを――見捨てることだってできたはずなのに。見返りも求めずに。ならば。


「俺たちが諦めるなんて、できるわけねえだろうがァ!」


 あの子がどういう”もの”であろうと関係ない。ただ、向けられた信頼には報いねばならない。

 結界にはひびが入っている。そのまま砕け散らないと都合が良いのだが、そうはいかなかった。あの攻撃をもう一度喰らえば今度こそあの子は死んでしまうと確信する。


「なぁ――オイ!? 霊、輪廻――そっちの奴もそう思うだろうがよ!」


 アスモデウスは炎の剣を消して、指先に火を灯らせている。……収束した火球で貫く気か。


「させるかァ!」


 片手の剣を投げつける。微動だにしねえ――が、狙いはそこじゃない。溜めもなくては本体ごと吹っ飛ばすなんてことはできるわけがない。


「そこ……だ!」


 指を狙った。動いてるわけでもない。ならばA級冒険者ならば造作もない。失敗なんて、あの名前も知らない幼女に申し訳ないことはできない。


「GAAAAAAA!」


 火球は明後日のほうを貫いた。当たった地面に穴ができて赤熱している。邪魔するな、とばかりにいら立った叫び声を上げたアスモデウスは小うるさいハエを殴り殺すために力を入れて。


「無論。そこの少女ばかりに任せるだけなどごめんこうむる」


 輪廻は三連突きを、ひび割れた場所めがけて正確に放った。


「ああ、これ以上手出しさせるものかよ!」


 アスモデウスののっぺらぼうの顔面を後ろから霊が掴む。


「ぜああああああ!」


 掴んだ顔に渾身の力を込めて、引き抜いてそのまま後方に投げつける。人間であったら確実に首がねじ切れる。それでもアスモデウスは健在だ。


「いい加減に沈めェッ!」


 新城が倒れたそいつの顔を殴りつける。

 そいつは激高していた。いい加減、うるさいハエに翻弄されるのもうんざりだ。そいつらの力が弱い分、なおさら思い通りにならぬ状況に激高して渾身のいら立ちをそいつにぶつけようと思う。


「GIIIIIII?」


 そう、考えて――動けない。ほんの1秒のことだ。

 それで新城は離れてしまっている。あの4人の誰かでも、もちろん彼に初めての傷を与えたルナでもない。誰だ、と思って。

 女、結界の向こうでちまちま妨害していた方ではない。村人とともに最初から無視していた奴だった。


「……私よ。あの灼熱のフィールドがなくなったのなら、私も動ける」


 こいつか、と思って今度こそ一人は殺すために収束した火球を放つ。それが確実に貫いた瞬間、その女は歪んで消えた。幻術だ、それも本人ではなく仲間が作った。


「残念、【光明】は5人チームなのよ。知らなかった?」


 憤激が溜まる。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もコイツラは――ッ!


「そして、私にばかりかまっていていいの?」


 その瞬間、他の4人の全力攻撃がアスモデウスを地に埋めた。



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