魔物の王3◇
この暫くの期間を各支部からの報告を元に統計した。
王都近郊の地域の魔物の発見率の減少。
地域の魔物との遭遇率の上昇。
辺境地区の魔物の圧倒的な増加が、明確に出ている。
尚、魔物達の発見の際は複数の群れとなり。群れには必ず、統率者が存在していたとの事。
統率者は上級を凌ぐ強さである為、現在は団員の負傷と死亡が多々起こる。
その為、団員は必ず複数の部隊となって魔物への警戒は怠らぬよう指示を出す。
並びに、些細な事項であろうとも此処暫くの期間にて、何かしらの異変を感じた。
又は、見聞きした者は必ず支部の上司に報告を命じる。
それとは別に、『魔を穿つ剣の軍団長であるグラハム・ダインは報告とティリアリアの本部への出頭を命じる。
以下は、現在にて集まった情報を記載しており。
これを読み何かを感じた者は、上司に報告をし。
上司は何があろうとその報告を本部へ提出する事を任じる。
~重要書類冒頭~
少し、稼ごうと思っただけだった。
足が痛むのを気にせずに、ただ前へと走る。息が切れて酸素を求めるが、口から漏れるのは掠れた泣き声だった。
「ぐッ…う…」
後ろを振り替える余裕は無い。そんな余裕があるなら、少しでも距離を取るべきだ。
例え、共に酒を飲み交わした仲間を置き去りにしても。
「な…で…ッ」
どうして。
頭を埋め尽くすのは、幾つもの疑問。最後に残ったのは。
足が何かに躓いて、身体が宙を舞う。
違う、躓いてはいない。両手を前へと伸ばして、逃げる。
指が土を抉り、爪が地面に埋まる大きな石によって剥がれても。
「…助け…ッ!」
ぐしゃり、何かを潰した音が声を遮った。
生きている、実感はある。
晴香は自分でしか読めない日本語で、紙に今日の買い取った命輝の色と濃さを細かく分類させた個数。もう一枚には自分なりの帳簿を慣れないペンで書き終わらせた。
この世界に来てから、ずっと使わせてもらっている部屋の代金を無理矢理、晴香はグラハムから支払う事を承諾させていた為。
明日の受け取る給金に期待に胸を踊らせる。
「まるで、一人暮らしみたい」
将来、大学へ進学したら一人暮らしを夢を見ていた。これは、帰った時の為の経験になるかもしれない。
支部から帰る為に、晴香は書類や受け取った命輝を教えられた保管庫へとしまう。
最後にやはりと言うべきか、グラハムから逃げ出してしまった男の換金された硬貨の入った布の袋を摘まみ、そっとしまった。
「お疲れさまです」
「おう、お疲れ!」
「嬢ちゃん、またな」
支部の待機当番の二人の団員に頭を下げる。二人はアルコールの匂いのする杯を持ち上げて、若干の赤ら顔に笑みを浮かべて返す。
晴香の記憶が確かであれば、彼等は今しがた交代をしたばかりであり。窓から見える空はまだ日が沈みかけているだけで、夕焼け色に染まっている。
取りあえず、晴香は二人に笑って支部から外へと出た。
「うん、大丈夫」
子供と手を繋ぐ母親、ペットなのだろう鳥の足に兎に似た姿の生き物を抱き上げて文句を呟いている娘。夫の帰りを家の外で周囲を見渡して待ち続ける女性に、その死角から女性をびっくりさせようと忍び寄る男。
「うん、大丈夫」
男が女性に見つかり、木の桶を投げ付けられる姿を見ながら、晴香はもう一度呟いた。
大丈夫、私は。
何が、とかはあえて口にはしない。晴香は静かに深く息を吸い込む。
吸った空気は何故か、酷く腐った味がした。
慌てて咳き込みながら、それでも呼吸する旅に口の中に吐き気を催す味が深まり、片手で塞ぐ。
「…な…に?」
周りは普通だ。
子供は母の手から離れて、帰ってきた父親の腕に飛び付き。ペットを抱えた娘は、暴れるペットに苦労していた。
可笑しい所は、何処にも無かった。
「…何こ…れ」
晴香の足が震え、遠くの一点が異様な位に気にしなければ。
頭の中で警鐘が鳴る。けれど、無意識に晴香の足は不器用に、歩み出す。
「…何、これ」
頭の中で警鐘が鳴く、まるで誰かの哄笑の如く。
晴香が辿り着いたのは、外へと旅立つ境界線。木の枝で簡易に作られた柵の向こうで、蠢いた。
「…何これ」
遠くで日が堕ちようとしている姿を背景に、ゆっくりと引きずられる様に向かって来る存在。
確実に近付いて来るのは、肉が腐敗した匂いと大きくなる姿。
明確になるのは、その歪んだ容姿。
頭は牛に似ているが、牙があり歯は一本一本が鋭く尖っている。角は無いが、代わりに胴体からは無数の骨が飛び出て、幾つかは『何故か』折れていた。
腕は右が蝙蝠の様な膜のあるもので、所々が裂けており。左腕は人の腕に似てはいるが手首は鳥の足である。
二足で歩行する足は、蜥蜴の如く。何よりも『これ』を語るならば胴体の部位だ。
胴体は肉の塊を無理矢理、集めて固めた様な表現しか出来ない。そして、全体的に皮は腐って無いか、捲れていた。
この場へと向かって来ている、あれは。
ずるり、ずるりと腐り剥がれ落ちた肉と皮を腐臭と共に撒き散らす『あれ』は、一度地面に崩れ落ちる。
背中には夕焼けの光に反射する緑色の煌めき。
「…まもの…?」
晴香が自然と呟くと『あれ』は聞こえていたのか、顔を上げて。
晴香を白濁した両目で捕らえた。
背後から絹を裂いた悲鳴が、空へと轟く中で。
『魔物』は、鈍く淀んだ雄叫びを上げた。
はいぃ、皆さん。
これからぁ、白き門と黒き門のお遊びをしましょうねぇ?
皆はぁ…嫌なのぉ?
そうねぇ、ガタガタ文句を言う餓鬼は切り刻んで魔物の餌にしちゃうわよぉ?
はいぃ、お利口さんねぇ…まだゴネるならぁ、その口を焼いちゃおうかと思っちゃったわぁ。
じゃぁ、説明するからぁ。
まずはぁ…三人が魔物でぇ…他は逃げましょう。
実際にはぁ、魔物と戦えないカスはバリバリと喰われるのだけでぇ…使い捨てなんだけどぉ。
今回は魔物に捕まった子はぁ…黒き門まで連れて行かれますよぉ?
そしてぇ、次の捕まった子が黒き門に来たらぁ…魔物になりますねぇ。
逃げる子はぁ、魔物に捕まって黒き門に居る子とぉ…手を繋いで白き門に行きましょう。
白き門に行ったらぁ、捕まっていた子はまた逃げられますからねぇ?
時間まで、精々駆けずり回っていましょうねぇ。
~ティリアリアの王都の一コマ~




