2話 魔物の世界
魔物の世界──そう気づき、店主の顔を直視した瞬間、私は恐怖を感じてその場に倒れてしまう。
逃げなければ、この場からすぐに──でも、どこへ?
足も動かなければ、逃げ場もない。ただ、恐怖だけが私の心を染め上げていく。怖い。気持ち悪い。嫌だ。そんな感情が脳内に渦巻いている。
「嬢ちゃん大丈夫か!?」
しかし、そんなことに気づいていないきのみ屋の店主は、私の身を案じて駆け寄ってきてくれる。
──怖い。
だけど、店主の温かい口調のおかげか、少し混乱する程度で恐怖が止まっている。
「え、えぇ……魔物の、世界……?」
私はそう呟いて頭を抱える。
魔物の世界とか聞いてない。でも確かに人間に転生するとは一言も言われてない……。これは嵌められたな。やっぱり世の中上手い話なんてないんだ……。
「はぁ……私、これからどうすればいいの……?」
「まあそう気を落とすなよ、嬢ちゃん。クィエタは普通の魔物と違って、生まれたばっかでも意思があるからな」
「そうなんですか?」
「ああ、他の魔物は暴れ回ったりする。俺も最初はそうだったらしい。記憶ねぇけどな」
「マジですか……」
「おう、マジだ。でも普通に生活するだけなら生まれたばっかの魔物には会わないぞ。魔物は街の外でしか湧かないからな」
きのみ屋の店主は淡々とそう話しつつ、何かを紙に書きだしている。てか私普通に街中スタートだったけどそれはなぜ?
しばらくした後に、店主は私にその紙を渡してきた。何か意味不明な文字のようなものがつらつらと書いてあるか、全く読めない。
「これは?」
「宿の紹介状、知り合いがやってるとこなんだ。行く宛に迷ったらそこに行くといい。確か新しい従業員を探してるとこだったからな」
きのみ屋の店主はそう言うと、手をひらひらさせて、「じゃあな」と一言。
──見ず知らずの赤の他人である私にこんなに優しくしてくれるなんて……、怖いからって逃げ出しかけてごめんなさい!
そう思いつつ、「ありがとうございました」と礼を言ってその場を後にする。
***
「で、やってきてしまったわけだけど……」
きのみ屋の店主と別れた後、私はすぐに紹介してもらった宿屋へとやって来た。
理由は単純、資金調達のためだ。何てったって、今の私は無一文!どこかで働いてお金を稼がなければ、湖畔の静かな家に住むなんてのは夢のまた夢だ。
転生してもまた労働!!神様……転生させるならお貴族様にしてくださいよ。
とは嘆いてみても何にも変わらない。立ち止まる方が時間の無駄だし、早速宿の中へ入ることにする。
「ごめんくださぁい」
おずおずと扉を開き、中に顔を出すと、薄暗い食堂のような部屋が目に入る。
それどころか、蜘蛛の巣が至る所に確認できて、本当にこんなところを使っている人──否、魔物がいるのか心配になるくらいにはボロボロだ。
ギィと音を立てて扉が閉まる。大きな音に驚いてしまい、体がびくついてしまうが、そんなことは置いといて。
「ここ、暗すぎじゃない……?」
先ほどまでは外の露店たちの光があったため、唐牛で中が視認できたが、宿の中には明かりが一切存在していなかった。
私はおそるおそる宿の中を歩いていく。何だか肝試しにでもきたみたいだ。
すると、何かに当たる感触があった。それと同時に「キャハハハハ」という不気味で楽しそうな笑い声。
何だろう、これ。
ツルツルでひんやりとしていて、でも唸るように波打っている肌……肌?
「え?」
刹那、私が触っていたそれの体が発光し、それの顔が明らかになった。
白い布のような体を持つ、浮遊する魔物。見たことあるそれに、私は思った。あ、やばい怖い。
「ギャァァァァァァァ!!??」
私は叫んだ。
────これ、ゴーストだ。
答えに辿り着いた途端、私の手からゴーストが抜け出し、その発光させた体を唸らせて縦横無尽、空中も壁も全てを無視して飛び回った。
「なんか数増えてるんだけど!?」
腰が抜けて立てなくなっていた私を嘲笑うかのようにゴースト、いや、ゴーストたちはケラケラ笑いながら私の周囲を飛び回る。
「あ、あ、あわわわわ」
「────お客様、落ち着いてください」
「へ?」
突如、私の前に背を向ける長身の魔物が現れた。
彼女は即座に私の口に人差し指を当て、しーっと一息。美しいその顔にどこか安心を感じた私は、少しずつ心が落ち着いていった。
「ゴーストたちは他人の恐怖を好物とします。落ち着けば、なんてことはありませんよ」
息を整え、目を瞑る。
もう一度ゴーストを視認してみると、不思議と恐怖は感じていなかった。
「もうちょっと遊ばせてくれよ」
「もっと食べたかったよぉ」
「ちえっ、つまんないの〜」
「ケイ、ケビン、ケラー、ここは私の宿です。文句があるのなら即刻荷物をまとめて出ていってください」
推定この宿の店主である彼女が冷たくゴーストたちをあしらうと口々に笑い合いながら天井をすり抜けて二階へと逃げるように上がっていった。
「ふう……お客様、お騒がせしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
お客様──そう私のことをそう呼んだ魔物は、メイド服を着こなし、下半身が蜘蛛のようになっている強そうな女性だった。綺麗な人だなぁ……ん、え、蜘蛛?
そう、蜘蛛だ。黒く鋭く長い八本の足を持つ、あのく────
そして、私の意識が限界を向かえて途切れてしまった。
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