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天才たちとお嬢様  作者: 釧路太郎
危険な兄と妹編

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禮禮屋

 美桜ちゃんと来た時には何度も角を曲がったと思うのだが、ジェニファーさんは駅前の交差点を越えて一度曲がっただけで派手な外観で見覚えのある建物が見えてきたのだ。

「美桜ちゃんと来た時とは違う道だったと思うんだけど、こんな近道があったんだ」

「近道と言いますか、店に呼ばれているかどうかで変わるみたいですよ。将浩さんが前に来た時はまだ呼ばれていない段階だったと思います。今は将浩さんの事を受け入れているという事だと思いますよ。藤次郎さんが一緒だというのは少し不安でしたが、どうやら藤次郎さんも招かれているみたいですね」

「俺と将浩君が招かれているって、美桜と何か関係があるって事なのか?」

「さあ、それは中に入ってから聞いてみることにしましょう。今日は営業してないみたいなので都合がいいですね。私達の他に誰も客は来ないって事ですよ」

 ジェニファーさんは営業終了と書かれた看板を無視して店の中へと入って行った。俺も藤次郎さんもジェニファーさんに続いて中へと入って行ったのだが、美桜ちゃんと一緒に来た時とは違って棚の上には何も並べられていなかった。

 あんなにたくさんあった商品が全部売れてしまったのかと思っていたのだが、それについては俺が尋ねるよりも先に店の人が答えてくれたのだ。その人は一見すると線も細くか弱そうに見えるのだが、まっすぐに見つめてくるその目からは底知れぬ力強さを感じさせていた。落ち着いたトーンで話す声は男性なのか女性なのかわからない中性的な印象を受けるのだが、肩幅やウエストを見ると女性のようにも見えてくる。ただ、男性にしても女性にしても美しいと断言できる美貌の持ち主ではあった。

「お客様が依然いらっしゃったときはたくさんの商品が並んでいたと思うのですが、アレが全部売れたという事ではございません。今は店頭に並べる必要が無いから並べていないという事です。本来であればお客様が暖簾をくぐった時点でお探しのモノをこちらから提供させていただく事になっているのですが、以前いらっしゃったときにはそれが出来ず申し訳ございませんでした。あの時は美桜様にお約束の品をお渡しするだけだったので見習のモノに任せていたのですが、大変失礼な対応をしてしまったという事を伺っております。誠に申し訳ございませんでした。申し遅れましたが、私はこの禮禮屋の店主をさせていただいております、竜胆と申します。長い付き合いになることが出来るよう努力させていただきます」

「ご丁寧にありがとうございます。俺は神山将浩です。こちらにお邪魔させていただくのは今回で二回目になります。あの時居た店員さんはどうかしたんですか?」

「神山様に失礼な態度をとってしまったあの者は再び研修からやり直させることにしました。こちらの世界の事を理解していなかったようなので厳しく教育し直すこととなっております。私どもがこちらの世界で活動するためには皆様方の協力が必要不可欠だという事は承知していたはずなのですが、あの者は人間を下に見る傾向が強く見られましたので根本からやり直す必要があったのです」

「あの、人間を下に見てるというのはどういう意味でしょうか。あの人は人間じゃないって事なんですか?」

「おや、神山様はこの禮禮屋がどういった店なのかご存じないという事でしょうか?」

「前も今回も連れてきてもらってるだけなのでよくわからないんですが」

 禮禮屋の主人である竜胆さんはこの店がどういった客層を相手にしているのかを教えてくれた。

 禮禮屋というのは俺達が住んでいるこの世界にはない特殊な商品を取り扱う店であり、その商品は多くの場合は持っているだけで運気が上がったり身体能力が向上したりするそうだ。そんな物を渡して禮禮屋に何の得があるのだろうと思ったのだが、それによって得た幸福感や充足感の一部を対価として受け取ることでこちらの世界で活動しやすくなったり、向こうの世界でも活動範囲を広げることが出来るようになるらしい。

「幸せや満足の一部って、どういう事なんですか?」

「例えばなしですが、私が神山様にこの刀を渡したとします。ただ、こちらの世界ではこのような刀を使って何かをするという事は基本的にあり得ないと思います。ですが、こちらの世界と我々の世界の境目ではこの刀を使うことが出来るのです。こちらの世界と我々が本来いる世界の境界では人ならざる者も多くおりますし、人の中でも特別悪いものも多くいると思うのです。そう言ったものに対してこの刀の力を使っていただくと我々の利益となるのです。ただ、誰でもその境界へ行けるわけでもないので、基本的にはお守りのような扱いをしていただいて結構なですよ。家に置いてあるだけでも魔除けにはなりますし、その事によっても知らぬうちに魔を退けたという幸福感が育っていくのです。その際も神山様の幸福感の一部を我々に提供していただくという事になるのです」

「誰でもが行けるわけではない境界って、夢の世界ってことは無いですよね?」

「残念ですが、夢の世界の話ですよ。神山様が今お考えになっていることと皆んさんがお考えになっていることは同じだと思うのですが、我々が提供した武器は夢の世界で使うことが出来るのです。それは自分の夢だけではなく他の人の夢にも影響を与えることが出来るのです。ただ、それも誰の夢でもということは無く、ある一定の条件が必要になってしまうのですが、その条件の一つがこの禮禮屋に一緒に入るというものがあるのですよ」

 つまり、俺と美桜ちゃんは一度この店に一緒に入ってきているから俺の夢の中で美桜ちゃんが俺を刺したというのは夢なのに現実でもあるという事なのだろうか。そうなると、藤次郎さんも美桜ちゃんとこの店に一緒にやってきているので影響を受けていそうなのだが、気まずそうに下を向いている様子からして俺と同じような目に遭っているのは間違いなさそうだ。

「一つ気になるんですが、なんで俺や藤次郎さんは夢の中で美桜ちゃんに刺されないといけないんですかね。別に嫌われるような事をした覚えはないのですが、何かしちゃってたんですかね?」

「それはですね、誠に申し訳ないのですが、あの時渡したものがそもそも違うものだったのです。私が用意しておいたものはこの霊刀檀朔なのですが、あの時美桜様に渡したのは魔剣亞燕だったのです。ご存知ないとは思いますが、魔剣亞燕は命を奪わずに痛みだけを与える恐ろしい剣なのです。痛みを与え続けることによって亞燕は成長し、最終的には見たことも無いような大太刀になると言われております。使用者本人も他人に与える苦痛を喜びに感じるようになり、多くの者に痛みを与えるようになると言われております」

「なんで渡すのを間違えるようなことがあったんだろう。その霊刀檀朔という刀と魔剣亞燕は似ているんですか?」

「いいえ、全く似ておりません。何も知らない小さな子供が見ても間違えることは無いでしょう」

「何でそれなのに渡すのを間違えたりしたんですかね?」

「誠に申し訳ないのですが、故意に行ったという事になります。その理由なんですが、霊刀檀朔は魔を退け幸を呼び込む力があるのですが、それによって得られる幸福というのはそれほど多くも無く時間もかかるものなのです。ですが、私達には悠久の時を過ごすことが出来ますので大した問題ではありません。ただ、魔剣亞燕を渡した者は我々とは違い限られた時間の中でしか生きていることが出来ないのです。それゆえ、魔剣亞燕で人を刺す事を繰り返すことによってより多くの満足感を得ていたのだと考えております。それは私どもの望むものではないのです」

「仮にですが、その魔剣で俺を刺し続けると俺とか美桜ちゃんはどうなってしまうんですか?」

「過去の例を参考に述べさせていただきますが、刺される側である神山様はそれほど変化はないと思います。ここに来るまでの間にも夢の中で何度か刺されているとは思いますが、多少のストレスは感じていても肉体的にも精神的にも影響はないと思います」

「そうですね。最初は何で刺されているんだろうって思いましたけど、今はそんな夢を見てもなんとも思わなくなりました。確かに俺に影響はないのかもしれないですね」

 俺はあまり夢を覚えていない方なのだが、美桜ちゃんに刺された夢だけは鮮明に覚えているのだ。最初は夢なのか現実なのかわからなかったのだが、何度も繰り返し見るようになるとそれが夢だとわかるようになっていて、今では全く抵抗もせずに刺されている俺がいるのだ。

「刺される側の将浩君に影響がないというのは分かったんだが、刺している側の美桜にも何も影響はないのだろうか。ここのところ美桜の精神状態は不安定だし、こんな事が続けばもっと良くない事が起こるんじゃないかって思うんだが、何も影響はないのだろうか?」

「これも過去の例に習って申し上げますが、魔剣亞燕を使用したものは次第に夢と現実の区別がつかなくなっていき、最終的には現実世界で同じことを起こすでしょう。それによって得られる満足感は夢の世界とは比べ物にならないくらい多きものとなるようですが、私どもはそんな事を望んではいないのです。信じてもらえるかはわかりませんが、私は美桜様から魔剣亞燕を取り戻し代わりに霊刀檀朔を渡したいと思っております」

「おそらくだが、あんた達は直接美桜から取り戻すってことは出来ないんだろ。理由は想像もつかないが、あんた達は直接美桜に会いに行くことが出来ないんじゃないか。もしくは、ここから出ることが出来ないんじゃないか?」

 竜胆さんは藤次郎さんに何も答えることは無かった。無言で目を逸らすというのは藤次郎さんの考えが当たっているという解答になるのではないかと思えていた。

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