ジェニファーさんと俺の部屋で
天気予報の精度というのはここまで凄いのかと思ってしまうほど時間通りに雨が降っていた。起きてから外を見た時は雨なんて降りそうもないなと思っていたのだが、朝食をとりおえた頃には本格的な雨が降り注いでいたのだ。なんとなく休みの日に天気が悪いと申し訳ない気持ちになるのだが、飛鳥君の家の手伝いをしに行けないというのも関係しているのかもしれない。
食事の時間は平日も休日も変わらないのだが、平日に比べて休日は朝ご飯を食べに来る人がそこまで多くないのだ。綾乃は当然のようにまだ寝ているのだが、今日は珍しくフランソワーズさん達三人も食堂にやってくることは無かった。
「今日って人少ないですね。雨だからゆっくりしたいんですかね?」
「そうかもしれないね。僕も用事さえなければもう少し寝ていたかったんだけどね」
「伸一さんもそんな風に思うことあるんですね。ちょっと意外かも」
「意外なことなんて無いよ。僕も許されることなら綾乃みたいにいつまでも寝ていたいんだけどさ、色々あってそう言うわけにもいかないんだよね。将浩君はそんな風に思ったりしないのかな?」
「俺はあんまり寝たいなって思わないですね。起きてる方が楽しいこと多いですからね」
「確かにな。僕も寝ている時の事はあまり覚えていないけど、こうして起きている時の方が楽しい事多いような気もするよ。じゃあ、僕は先に失礼するよ」
伸一さんはそう言い残して食堂から去っていったのだが、朝食をとりおえている俺が食堂に残っている理由なんて特にないのだ。それでも、何となくもう少しここに居た方がいいのかなと思いつつも、いつもより人の少ない食堂にいつまでも居座るのも変な気がして俺は自分の部屋に戻ることにしたのだ。
休日の日中に家にいるのは久しぶりだったので部屋の掃除をしてみようと思って掃除機を借りに行ったのだが、掃除ならやりますよと言ってジェニファーさんが一緒について来てしまったのだ。
別に見られて困るようなものは無いので問題はないのだが、何となく人にやってもらうという事には抵抗があった。
「俺の部屋なんで掃除くらい自分でやりますよ」
「そんな事は気にしないでください。私は神谷家のメイドですから掃除くらいなんてことないです」
「そうは言っても俺が借りてる部屋なんでやっぱり俺がやりますって」
「将浩さんが借りてる部屋と言いましても、ここは神谷家の所有物なので私が掃除する必要があると思うのです」
「でも、俺達はお金を払って借りているわけではないので自分たちでやった方がいいと思うんですけど」
「確かにそう言った考えもあると思いますが、私達メイドは家の事を任されてお給料を頂いているので仕事を他の人に押し付けてしまうと怒られてしまうのです」
「俺は黙ってるからいいですって。何だったらジェニファーさんが俺の部屋で漫画でも読んでる間にパパっとやっちゃいますから。たまにはゆっくりしてていいと思いますよ」
「あ、そういう事ですか。そうですよね。将浩さんも年頃の男の子ですし、見られたくないものがいくつかあったりしますよね。そうでしたそうでした。伸一さんにはそう言ったものが無かったので気付きませんでしたが、将浩さんはそういうの好きそうですもんね」
「そういうのって何ですか。別に俺は見られて困るものなんて無いですけど」
「大丈夫ですよ。私はそういうのを見ても誰にも言いませんから。私は言いませんからね」
ジェニファーさんは持っていたはたきで高いところの埃を落としながらキョロキョロと辺りを見回しているのだが、俺の部屋の中に見られて困るようなモノなんてあるはずがないのだ。
あったとしてもそんなにわかりやすいところには隠したりしないと思う。
「あれ、本当にそういうのって持ってないんですね。ちょっとがっかりです」
「だから、そういうのは無いって言ったじゃないですか」
「ないと言ってもあるのが男の子ってものだと思うんですけどね。もしかして、自分で描いた絵で満足しているとかですか?」
「そんな絵は描いた事ないです。変なこと言わないでください」
「そんな絵ってどんなですかね。どんな絵を想像したのか私に教えてもらってもいいですか?」
そう言いながら俺のすぐ隣にジェニファーさんは近付いてきた。綾乃もそうだが、ここに住んでいる女性はみんなほんのり甘いいい匂いがしていた。その匂いは好きだったのだが、動くと触れてしまうような位近くに寄られてしまうとドキドキの方が勝ってしまって匂いを楽しむことなんて出来なかった。
「どうしたんですか、そんなに赤くなっちゃって。もしかして、私の服の中を想像しちゃったんですか?」
「ち、違いますよ。そういうのは考えてないです。全然考えてないですって」
「そうなんですか。でも、こんなに近くにいるのにそういう事を考えていないってのは、逆に失礼なんじゃないですかね。私に魅力がないみたいな意味にとらえちゃいますよ」
「ジェニファーさんに魅力がないとかそういう事じゃなくて、お世話になってる人でそういう事を考えてないというか、そういう事です」
「私は別に将浩さんの事をお世話なんてしてないですけどね。あ、そういう意味ですか」
「そういう意味って、どういう意味ですか。やめてください近いですって」
じりじりと近寄られては俺も後ろに下がっていったのだが、とうとう俺は壁際まで追い詰められてしまった。ジェニファーさんは俺の逃げる方向をうまく誘導して部屋の隅に追い詰められてしまったのだが、右を見ても左を見ても抜け出せるような隙間は見つけられなかった。コーナーに追い詰められボクサーがどうやってこの状況を打開しているのか思い出してみたのだが、その為には相手に向かって攻撃をするしかないのではないだろうか。俺がジェニファーさんを殴ってでも逃げ出そうとは思わないが、そんな事をしてもあっさりとかわされて距離が近付く未来しか見えないのだ。
「そんなに逃げられるとショックなんですけど。そんなに私の事を避けたいですか?」
「そう言うわけじゃないんですけど。あんまりそうやって来られると困るというか」
「私に迫られても嬉しくないという事ですか?」
「嬉しいとか嬉しくないとかじゃなくて、困るってのが」
「別にいいですけど、じゃあ、私の事は別に見たいと思ってないって事でいいんですよね?」
「見たいとか見たくないとかじゃなくて」
「ハッキリ言ってくれたら見せてあげてもいいですよ。将浩さんは私がこのメイド服を脱いだところを見たいって思いますか?」
この質問は何を答えても不正解のような気がする。何かで見たことがあるのだが、こういった時の正解はただ一つ。沈黙だ。
「答えたくないって事ですか。そうだとは思ったんですが、何も答えてもらえないというのはショックですね。でも、それが将浩さんらしいと言えば将浩さんらしいですね」
俺はそれに対しても何も答えなかったのだが、ジェニファーさんは俺の事を潤んだ瞳で見つめつつも俺の逃げ道を完全にふさいだままであった。どうすれば逃げられるのかと思っていたのだが、この状況を切り抜ける方法は何も無さそうであった。俺から攻めることが出来れば話は別なのだろうが、そんな事は俺には出来なかったのだ。
「じゃあ、こうしましょう。私の肌を見せる代わりに将浩さんが脱ぐって事でどうですか?」
「え、どういうことですか?」
「どういう事もこういうことも無いです。将浩さんが私の肌を見たくないというのは分かったので、私が見たいものを見せてもらおうというだけです。ほら、私は見たいと言われた見せるつもりでしたので、将浩さんも私が見たいと言ってるんだから見せてくださいよ。ほら、男らしく脱いじゃっていいですから」
俺は部屋の隅に追い詰められていていつも以上に近い距離にいるジェニファーさんにドキドキしていたのだが、ジェニファーさんが俺のシャツに手をかけてめくろうとしているのを止めることが出来なかった。見られるのが恥ずかしいという思いと、このまま何が起こってしまうのだろうという思いが俺の中でぶつかり合っていたのだ。
前屈みになっているジェニファーさんの髪が俺の目の前にあるのだが、いつも感じている甘い匂いとは別の匂いが俺の思考を狂わせているのかもしれない。同じようないい匂いではあるのだが、近くで嗅ぐとどちらもほんのりと違っていたのだ。俺はどちらの匂いも好きだと感じていた。
「ほら、私が脱がせてあげますから手をあげてくださいね。抵抗してもいいですけど、そうなると粗っぽくなっちゃうかもしれないですよ。将浩さんはそっちの方が好きですか?」
俺の目を真っすぐに見てそう言ってきたジェニファーさんと目を合わすことが出来なかったのだが、俺はそれにも答えることが出来なかった。
ただ、抵抗はせずにジェニファーさんのいう事を素直に聞く事だけしか出来なかったのだ。




