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天才たちとお嬢様  作者: 釧路太郎
危険な兄と妹編

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夢の中で会った美桜ちゃん

「使っちゃダメだって言われたんですけど、お兄さんで試してみてもいいですか?」

 美桜ちゃんは短刀を鞘から抜き出して俺に剣先を向けながらとんでもないことを言いだした。俺はもちろんそれを拒絶するのだが、笑顔を浮かべたまま美桜ちゃんはゆっくりと近付いてきていた。

「ねえ、少しくらいならいいですよね。ほんの五センチくらい刺しても死んだりしないと思いますし、お兄さんもそれくらいなら耐えられますよね?」

「無理でしょ。刺されたら痛いと思うし、そんな事をさせるわけないよ。大体、それは使っちゃダメだって言われてたでしょ。そもそも、人を刺していい理由なんて無いし」

「ええ、そんな事ないですよ。この短刀だってお兄さんの血が欲しいって言ってますよ。それに、こんな事頼めるのはお兄さんだけなんですから。あとで璃々にも伝えておくんでお兄さんは心配しなくてもいいですからね」

「そんなことしたら璃々に恨まれるぞ。璃々と友達でいられなくなると思うけど、それでもいいのか?」

「大丈夫です。私も璃々もそんな事で喧嘩したりなんかしないですから。じゃあ、ちょっとだけ刺しますね」

 刺された瞬間というのは痛みを感じないものらしい。離れたところから見ると美桜ちゃんが俺に抱き着いているように見えるのだろうが、実際には美桜ちゃんは俺の脇腹にあの店で買った短刀を突き刺しているのだ。どんな顔で俺を刺しに来たのか見てやろうと思って顔をじっと見ているのだが、美桜ちゃんが俺の方を向くことは無かったのだ。


 俺は慌てて飛び起きたのだが、いつもと変わらぬ部屋でいつもと変わらぬ朝を迎えていた。一応確認のため刺された脇腹を見てみるのだが、刺されているわけもなくいつも通りの俺の体がそこにあった。

 変な夢を見てしまったのだと思って頭の中を整理していると、すぐ隣からかすかな吐息が聞こえてきた。いったい誰がそこにいるのだろうと思って見てみたのだが、ベッドにもたれかかるようにして寝ている璃々の姿がそこにあった。

「璃々、起きなさい。起こしに来てくれたお前が寝ててどうするんだよ」

 寝ている璃々を驚かせないように優しく頭を押しながらそう言うと、璃々は少し恥ずかしそうにしながらこちらを見ていた。

「あ、お兄ちゃん。おはよう。気持ちよさそうに寝ているのを見てたら璃々も寝ちゃってたよ。でも、余裕をもって起こしに来て良かった。まだご飯まで少し時間あるよ」

「気持ちよさそうに寝てたって、俺はそんなに気持ちよさそうに寝てたのか?」

「うん、いつもよりも気持ちよさそうに寝てたよ。久しぶりに幸せそうな寝顔を見れたよ」

 俺は夢の中で刺されていたというのに寝ている時は幸せそうな顔をしていたのか。もしかしたら、俺は人に痛めつけられるのが好きなのかもしれないと思いながらも、そんな事は断じてないと自分の中で否定するのであった。

「あんまりいい夢じゃなかったんだけどな」

 俺がこぼしたその一言を璃々は聞き逃すはずもなく、どんな夢を見ていたのかしつこく聞いてきた。だが、俺は美桜ちゃんに夢の中で刺されたことなんて言えるはずもなく、適当に誤魔化しつつも夢の詳細は忘れてしまったことにしたのだ。璃々はなんだかんだ言いつつも納得はしてくれていた。夢は夢だと割り切ることにして俺の日常は再開したのだが、食事中も登校中も璃々は俺の見た夢の話をしつこく聞きだそうとしてきたのだ。

「あんなに幸せそうな寝顔って事はさ、きっとお兄ちゃんの願望が叶った夢だったんだろうね。璃々はそれが何なのか知りたいだけなんだけどな」

 車から降りて玄関に向かう時にそんなことを言われたのだが、璃々の話をずっと聞いていた綾乃も俺の夢に興味を持ってしまったようで、俺の見た夢の話について璃々と綾乃に一日中聞かれ続けることになってしまったのだった。


 翌日、俺は何事もなく目を覚まして朝の準備をしようとしていたのだが、昨日と同じように璃々が俺のベッドのわきで眠っていたのだ。今日は起こさないようにそのままにしておこうと思ったのだが、俺がベッドから体を起こすと璃々も目を覚まして俺の事をじっと見ていたのだ。

「今日は昨日と違って普通だったね。あんまりいい夢は見れなかったのかな?」

「そんな事ないと思うよ。覚えてないけどいい夢だったんじゃないかな」

「ふーん、そうなんだ。お兄ちゃんがどんな夢を見てたのかわからないけど、隠し事はしちゃダメだからね」

「隠し事なんてないけど。そもそも、璃々に隠すような事はしてないと思うけど」

「それならいいんだけどさ。お兄ちゃんって週末は予定無いよね?」

「週末だったら飛鳥君の家の手伝いに行こうかなって思ってたんだけど、今週は天気も悪いみたいだからその予定もなくなるかも。どうかした?」

「美桜ちゃんがまたお兄ちゃんに会いたいって言ってるんだよ。昌晃さんの事で相談したいことがあるとか言ってたけど、大丈夫そう?」

「時間にもよるけど、問題は無いよ」

「それなら良かった。璃々はお母さんと買い物に出かける約束してるから一緒に入れないけどさ、璃々がいないからって美桜ちゃんと変な事したらダメだからね」

「変な事ってなんだよ。そんな事をするわけないだろ」

「信じてるけどさ、本当に気を付けてね」

 昨日見た夢が正夢になると怖いなと思いつつも、そんなことは無いと思っている俺がいた。あまりにもリアルな夢ではあったが痛みも感覚も何も無かったことが現実ではないという事を教えてくれていたように思えた。

 それに、夢で見た美桜ちゃんはいつもと違って俺との距離が異常に近いように思えたのだ。現実の美桜ちゃんはギリギリ手の届くくらいの距離にいるのだが、夢の中ではそこからもう少し近い距離にいたと思う。手を伸ばせばそのまま抱きしめられるような距離にいたような気がしていた。

「ねえ、なんか変なこと考えてないよね?」

「別に考えてないけど。なんでそんな風に思うの?」

「理由なんてないけどさ、何となくそう感じただけ。お兄ちゃんってさ、わかりやすいのかわかりにくいのか全然わかんないよね」

 そんなことを言われても俺にはどうすることも出来ないのだ。わかりやすいのかわかりにくいのかわからないと言われても、それはほとんどの人がソレに当てはまるのではないかと思いつつも、現実の美桜ちゃんと夢で見た美桜ちゃんはどちらもある意味では分かりやすい人間だなと思ってしまっていた。

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