目に見える暴力
劉輝と劉鵬は顔も名前も似ているのだが、二人には血縁関係も無く赤の他人だという事らしい。ただ、二人ともフランソワーズさんと同じ人から格闘技を習っていたという事もあって動きは似ていたようだ。しかし、フランソワーズさんの話によると劉輝は一年ほどで逃げ出してしまったので技術も心も未熟なままらしい。
「劉輝の事でしたら劉鵬に伝えておいたので将浩さんは心配しなくても大丈夫ですよ。きっと来週には今この町で起こっている事件もおさまると思いますので。何の罪もない一般市民を襲っていたのはおそらく劉輝だと思うのですが、彼一人でこんな事をやろうと思うはずもないので裏で誰かが糸を引いていたと思うのです。それを確かめるためにも将浩さんに描いていただいた絵が欲しいのですが、その絵はどちらにありますか?」
「倉庫の中で見た時の絵なら綾乃と伸一さんに渡したよ。二人もみたいって言ってたから渡したんだけど、マズかったかな?」
「いえ、お二人に渡していただけたなら大丈夫です。私もそのままお二人にお見せするつもりだったので問題なんて無いですよ」
フランソワーズさんの話によると、港湾地区の倉庫には盗難防止のため監視カメラが無数に設置されているそうだ。いくつか監視カメラがあるなと思っていたのだが、実際には見えない場所にも無数のカメラが設置されているとのことだ。その話を聞いて俺はわざわざ絵を描かなくてもそのカメラの映像を確認したらいいのではないかと思って聞いていたのだが、ハッキリと顔が映っている映像というのものはほとんどないらしく、かろうじて輪郭がわかる程度の解像度になってしまうそうだ。
普通の倉庫の出入り口に設置されているカメラは顔を鮮明に確認することも出来るようなのだが、あいつらが使っている倉庫にそんなものがあるはずもなく、車やバイクに乗っている人物の顔を特定する事は監視カメラだけでは不十分なんだそうだ。
「将浩さんの似顔絵があって助かりますよ。これからリストに載っている人物と照らし合わせて特定していき、裏にいるのが誰なのか確認する作業に入ると思います。その合間を縫って飛鳥さんの相手をしようと思うのですが、今回の事は他の誰にも言わないようにお願いしますね。私の弟弟子がしでかしたことなのでソレを知られると飛鳥さんに会うのも気まずくなってしまいますので」
「わかりました。もちろん他の誰にも言わないんで安心してください。それで、その作業って俺も何か手伝いますか?」
「そこは結構ですよ。ここから先は色々とあまり知らない方が良いこともありますからね。それに、犯人じゃない方の個人情報に触れる可能性もありますから。将浩さんにはあまりそういう面に触れてほしくないって思うんですよ」
倉庫の時もそうだったのだが、フランソワーズさんはなるべく俺を巻き込まないように気を遣ってくれている。その優しさに応えたいとは思うのだが、俺に出来ることなんて限られているので今回のようにあの場にいた男たちの似顔絵を描いて欲しいと頼まれたのは正直嬉しかった。あの場にいても役に立てないと思っていた俺が力になれたのは普通に嬉しかった。
俺はそのまま部屋に戻って明日の準備をしていたのだが、明日期限の提出物があることを思い出して眠れない夜になってしまうのかとため息をついてしまった。
「お兄ちゃん眠そうだけどさ、昨日の夜は璃々に内緒で何かしてたの?」
「いや、内緒と言うわけではないんだけど、きょう提出の課題があったのを寝る前に思い出してやってたんだよ。おかげでちょっと寝不足かも」
「何それ。バカみたいじゃん。ほら、学校に行くまで少し時間があるから膝枕してあげるよ。遠慮しなくていいから」
俺のベッドに座っている璃々は自分の太ももを軽くパンパンと叩いてアピールしていたのだが、学校に行くまでの少しの時間と言われてももう五分もないのだ。俺達だけが歩いていくのであればもう少し時間もあると思うのだが、みんなが乗る車の出発時間をこんな事で遅らせるわけにもいかないのだ。璃々はきっとそれをわかった上でやっていると思うのだが、何か裏がありそうな予感がしていた。
「そうだね。今は時間無いかもね。仕方ないからさ、学校から帰ってきたら璃々が添い寝してあげるよ。何かを抱きしめながら寝た方が疲れも取れるっていう話だし、特別に璃々が抱き枕になってあげるよ」
「いや、それは遠慮しとく」
璃々は俺の反応に文句を言いながらもあまりしつこく食い下がったりはしなかった。少しだけ不機嫌そうにも見えるのだが、朝はわりと機嫌も良くないのでいつも通りと言えばいつも通りなのかもしれない。
俺も璃々も宇佐美さんに挨拶をして車に乗ったのだが、いつもの時間になっても綾乃は車に乗ってこなかったのだ。綾乃は食堂にもいなかったのだが、最近はまた朝に弱くなったようで見かけないことも多かったので気にしていなかったのだが、登校する時間になっても車に乗っていないという事は初めてであった。
「綾乃は体調でも悪いんですか?」
「今日はメイドさん達と一緒に少し遅れて学校に行くそうだよ。ちょっと気になることがあるみたいで、それを確かめたいって言ってたな。出来ることなら僕も一緒に調べたかったんだけど、今日は朝から生徒会の仕事もあるので遅れるわけにはいかないんだ。だから、今日は綾乃抜きで三人で仲良く登校しようね」
いつもだと俺と綾乃が一緒に教室に入ってみんなに挨拶をしているのだが、今日は俺一人だったという事もあってほんの少しだけ挨拶に間が出来ていた。綾乃とメイド三人の席がまるまる空いている状態なので俺の席から少し離れて沙緒莉さん達が座っているのだ。生徒数の少ないクラスで四人もいないとなると空席が目立って途端に寂しくなるものだ。
綾乃もメイドさん達も普段は自分たちから話しかけるタイプではないので賑やかさという面で見ると変わらないはずなのだが、綾乃たちがいないという事が影響してなのか沙緒莉さん達も正樹君たちも静かなまま昼休みを迎えようとしていた。
ちょっと気になる調べものが何なのか教えてもらってないのでわからないのだが、午前の授業を全て休むような事はちょっとではないように思えていた。
「今日はいつにも増して暗いな。元魔王のお前も大人しいし、誰か事件にでも巻き込まれたのか?」
綾乃たちがいなくて静かになっていたクラスの空気をぶち破ったのは久しぶりにやってきた天樹透だった。いつもはやってきても三人くらいで言いたいことを言ってさっさといなくなるのだが、今日は教室に入りきれないくらいの人数を引き連れてやってきたのである。他のクラスも学年も詳しくないので知らない人が多いのだが、明らかにこの学校の生徒ではないような人も混ざっていていつもだとそれなりに騒がしいはずなのに、誰も一言も話すことなく身動き一つとるものもいなかった。
「あれ、このクラスにいる外人メイドがいないな。みんなで見に来たってのに、これじゃ集めた意味無いじゃないか。外人メイドには劣るが、お前らでいいや、ちょっとこっち来い」
天樹透は愛華さんとみさきさんの腕を強引につかんで連れて行こうとしていた。もちろん昌晃君も正樹君も抵抗していたし、俺も飛鳥君も天樹透を止めようとした。止めようとはしたのだが、天樹透の後ろにいた男たちに押さえつけられてしまって動くことが出来ず見ていることしか出来なかった。
「あんまりカッコつけない方がいいぜ。お前らはただ痛い目を見るだけになっちゃうからな。いや、中には女よりも男が好きってやつもいるかもしれないからな。この中にいないとしても、他から探してくればいいだけだしな」
天樹透に関しては一度も上品だと思ったことは無いのだが、下品すぎる笑い方を見せられて俺は今までにないくらい嫌悪感を抱いてしまった。
「そうだ、お前に聞こうと思ってたんだけどよ、お前は昨日メイドと一緒にドライブしてたよな?」
「それがどうかしたのか」
「どうかしたから聞いてんだろこのボケが」
三人の男に押さえられて身動きが取れない俺の顔を天樹透が殴りつけてきた。ヒトにこうして殴られたのは初めての経験だったのだが、思っていたよりも痛くないものなんだと思って天樹透を睨みつけていた。俺が睨んでいることに腹を立てたのか、天樹透はその後も二度俺の顔を殴ってきたのだが、やはり思っていたほど痛みは感じなかった。
「こんな事をしたいんじゃないんだった。お前は昨日港にある倉庫に行ってたよな?」
「行ってたけど、それが何か関係あるのか?」
「関係あるかどうかはどうでもいいし、お前は俺に質問をするな。質問をしていいのは俺だ。わかったら聞かれたことにだけ答えろボケが」
そう言いながらも俺の顔を殴る天樹透ではあった。ただ、何度殴られてもそこまでの痛みは感じなかったのだが、怯えながらも俺を見ていた真弓さんが小さく悲鳴をあげていた。それを聞いて俺はなんで急に悲鳴なんて上げたのだろうと思って不思議だったのだが、何かが顎をつたっていったのを感じて下を見ると、床には小さな血の跡がついていた。
俺が殴られていた時には騒いで天樹透に怒鳴られないように耐えていた真弓さんだったが、俺の鼻から血がたれているのを見て思わず悲鳴をあげてしまったのだろう。血を見ると気絶する人がいるそうなのだが、今この教室内には誰もいないようで、みんな天樹透たちに恐れながらも俺を見つめているのだった。
「もう一度聞くぞ。お前は港にある倉庫に行ってたよな?」
「行ってたけどそれがどうかしたのか」
「そこで何を見たのか言ってみろ」
「そこで見たのは、首に刺青がある男がいるのを見た。でも、そいつは俺らが捜している男とは別の男だった。その後は」
「その後は黙ってていいわ。別にお前が何を見て何をしたのかなんて関係ないからな。ただ、お前とメイドは余計な事に首を突っ込み過ぎたって事なんだよ。夜にこの辺を見回ってることで満足してればよかったんだよ。でもな、いらぬ正義感を振りかざすのは良くないと思うぜ。藪をつついて蛇が出る分にはまだ良かったと思うが、お前らのつついた藪はとんでもない悪魔が出てくるものだったって事なんだよ」
真弓さんだけではなく陽香さんも沙緒莉さんも声を出さないように押さえていたのだろう。だが、俺がは天樹透と話をしていると同時に俺の見えない場所で飛鳥君が刺青の入った男たちに顔面を何度も殴られていた。飛鳥君の鼻からは俺の比ではないくらい大量の鼻血が出ていた。あれだけの血を流しても意識を失わずに耐えている飛鳥君は強いんだと思っていたのだが、同じように殴られていた正樹君と昌晃君は体に力も入っておらずぐったりと頭が垂れていたのだ。
「お前と外人メイドが余計な事をしなければ良かったのにな。いまさら後悔しても遅いけどな」
天樹透に殴られても痛いとは思わないのだが、その下品な笑い方を見ていると思わず気を失ってしまいそうだった。こんな下品な男を至近距離で見ることになるのは耐えられるものではなく、俺は少しずつ視界を狭くしていった。
下品な笑い声も聞こえなくなるように音も遮断できればいいなと思っていたのだが、思えば何でも出来るようになっていて、視界に続いて音も遮ることが出来たのだ。
痛みは感じないのだが、頭が少し重くなってきたような気がする。何も見えず何も聞こえないのだからこのまま少し寝てしまおうかな。今日はちょっと寝不足なのでちょうどいいなと思っていた。
少し寝てしまおう。そう思っていた。




