第四十七話 ~頂上決戦「黄泉」VS「傑」(その3)~
【現在の点数】
黄泉:23,500 雀ちゃん:45,000 傑:22,000 美乃理:9,500
『東三局 一本場』 親:『黄泉』 ドラ:『中』
【黄泉の配牌】
二四六八⑥⑧45799白中南
雀ちゃんのアガリを阻止した黄泉ではあったが、配牌はさほどよいという感じでもなかった。とりあえず黄泉は不要牌と思われる「南」を切ったのだが――。
「ポンにゃん!」
ポンを宣言した雀ちゃんが、黄泉の捨て牌である「南」を拾っていく。その様子を見ながら黄泉は考えていた。
(相変わらずの鳴き構成か。しっかり風牌の対子を持ってるだけでも、大したものだが……)
六巡目。今度は美乃理が切った「北」に対し、雀ちゃんが声を発した。
「ポンにゃん!」
このポンにより、雀ちゃんはテンパイに達していた。先ほど一度、黄泉にアガリを妨害されているにも関わらず、全く意に介さない。
己を貫き通す、雀ちゃんの信念にも似たフォームだった。
【雀ちゃんの手牌】
三三四四九九九 北北北南南南
(……まずいな)
黄泉は本能的に、雀ちゃんの手の高さを感じていた。待ち牌は予想出来ているので振り込むことはないが、ツモられたり、美乃理から直撃を取られてしまえば、点数上で独走されてしまいかねない。
黄泉がどうすべきか考えている時、美乃理が点棒入れへと腕を伸ばした。
「……リーチ」
【美乃理の手牌】
③④⑤⑥⑦⑨⑨234中中中
美乃理の「西」切りリーチを受けて、黄泉は思わず舌打ちしていた。
(……馬鹿が。自分がツモれない流れであることすら、わからないのか)
美乃理にしてみれば、点の高さと待ちの広さから、勝負を賭けたリーチなのだろう。だが、流れを手にしていない今の状態では、雀ちゃんのアガリ牌を掴んで放出するのがオチである。
何とかしたいものの、まだアガリが遠い黄泉は、仕方なく不要牌の「二」を切ることにした。
次巡、雀ちゃんが切った「⑦」を受けて、傑が初めて口を開いた。
「……チー」
傑はチーを宣言すると、そのまま「南」を切った。この鳴きの意図を、黄泉が考えていたその時――美乃理が引いてきた牌を、卓へと叩きつける。
「……ツモ! リーチ、ツモ、中、ドラ三でハネマン!」
【美乃理の手牌】
③④⑤⑥⑦⑨⑨234中中中②
会心のアガリを見せた美乃理は、大きく息を吐き出す。黄泉は六千百点を支払いながら、眉を顰めていた。
(傑の奴、チーすることで、自分のツモを美乃理に『流した』な……)
美乃理がアガリを宣言した「②」は、本来傑のツモだった。恐らく、自分のツモが美乃理のアガリ牌であることを察していたのだろう。
このアガリで傑も三千点を失うが、黄泉の親流しと雀ちゃんのアガリ封じ、この二つを同時に行うことが出来る。
特に親である黄泉は支払いが倍になるため、ダメージは決して軽くなかった。
(ついに、あの男が動き出した……か)
黄泉は山を崩しながら、嫌な予感を感じていたのだった。
【現在の点数】
黄泉:17,400 雀ちゃん:41,900 傑:18,900 美乃理:21,800
『東四局』 親:『雀ちゃん』 ドラ:『⑧』
「……リーチ!」
【黄泉の手牌】
五七⑤⑥⑦⑧⑧234567
東場の最後となるこの局。残り点棒から危機感を感じた黄泉は、四巡目にリーチを宣言していた。アガリ牌を引けると感じてのツモ狙いである。
三順後、黄泉は「六」を引き、見事にこの手をツモあがっていた。
「……ツモ。リー、タン、ヅモ、三色、ドラ二でハネマン」
【黄泉の手牌】
五七⑤⑥⑦⑧⑧234567六
黄泉は、全員から点棒を受け取りながらも、納得がいかない様子だった。傑がこのアガリを『妨害』してこなかったからである。
(私のリーチがツモ狙いであることは、奴も察していたはずだ。何故鳴きを入れてこない?)
黄泉がリーチをかけてから、三順の時間があったのである。傑であればその時間でツモをズラすくらいは容易だったはずだ。怪訝な表情を浮かべる黄泉だったが、当の傑は全く気にする様子もなく、無言のまま手牌を崩していた。
【現在の点数】
黄泉:29,400 雀ちゃん:35,900 傑:15,900 美乃理:18,800
『南一局』 親:『傑』 ドラ:『二』
「さて……と」
全員の配牌が揃ったのを確認した傑は、右腕をグルっと回すと、美乃理の方へと視線を向けた。
「どうだ美乃理? ここまでの対局、楽しんでるか?」
言葉の意味を、一瞬理解出来なかった美乃理は茫然としたが、すぐに慌てた様子で返事した。
「あっ、いえ。とてもそんな余裕は……」
美乃理は尻すぼみになりながら、最後には俯いてしまった。その様子を見た傑は、やれやれと首を横に振る。
「お前は自分の手牌を見て、考えすぎなんだよ。どうせ見るならそっちじゃない。河の方だ。全員の捨て牌をじっくり見ていると、なんとなく何をツモるかわかってくるもんさ」
傑は言いながら、第一打である「南」を切った。これにより、後半戦となる南一局が開始された。続いて、次の順番である美乃理が、ツモ牌へと手を伸ばす。
「……対局中に麻雀講座か? 随分余裕だな」
この様子を見た黄泉が、舌打ちしながら呟いていた。真剣な黄泉とは対照的に、傑は笑顔を浮かべている。
「別に余裕ってわけじゃねえさ。ただ、せっかくの対局だ。美乃理にも何かしら持って帰って欲しくてよ」
傑は言いながら、自分の次のツモ牌を取ってくる。そしてすぐに手牌から「②」を取り出して切った。
「俺は麻雀を『道』のようなものだと思ってる。対局者四人が四つの通路に並んで立ち、十五~十八枚のツモの上を、順番に一歩ずつ歩く。その中で『アガリ』という名の出口を、先に見つけたものの勝ちってわけだ」
「ポンにゃん!」
次の美乃理の捨て牌である「中」を受けて、雀ちゃんがポンを宣言した。雀ちゃんが「①」を切ったことで順番が回ってきた傑は、自分のツモへと手を伸ばす。
「常に一方通行だと楽なんだが、麻雀って奴はそうもいかねえ。誰かが鳴きを入れることで、立ち位置が頻繁に入れ替わっちまうからな」
それはツモ巡のことを言っているのだろう。美乃理は、傑の話に耳を傾けていたのだが、ツモ牌を手に収めた傑は、悠然と宣言した。
「……リーチ、だ」
傑の宣言を受けて、黄泉の全身が総毛立つ。傑の全身から発せられたオーラのような物が、自身に向かって放たれたような気がしたからだ。
「ポン!」
【黄泉の手牌】
②②⑤⑦⑧⑧34567 ⑥⑥⑥
気づくと黄泉は、「ポン」を宣言していた。この鳴きは、メンツを崩す「無理ポン」だ。本来は鳴くつもりはなかったのだが、全身を襲った「嫌な予感」によって、動かされたのである。
そして黄泉は、隣の牌である「⑤」を切る。
(恐らくこれで……大丈夫なはずだ……)
黄泉の脳裏に、嫌な記憶が浮かび上がる。初めて傑と対局した時、「散々同じこと」をやられたからだ。
黄泉がほんの少し弛緩した空気を見せる中――傑は悠然とツモ牌へと腕を伸ばした。
「麻雀の本質――それは、他者の動きと牌の流れを的確に読むことさ。それさえ出来れば、アガリって奴は自らすり寄ってくる」
傑はごく自然に持ってきた牌を卓へと置いた。そのまま手牌を倒して宣言する。
「ツモ。リー、ヅモ、イーペイコー、ドラ二、でマンガン。四千オールだ」
【傑の最終手】
二二⑤⑥⑨⑨⑨445566⑦
あまりにも……あまりにも自然なアガリだった。その静かさに黄泉はかえって驚きを隠せなかった。黄泉の妨害を物ともせず、傑はマンガンをツモあがってみせたのだ。
このことが示す驚くべき事柄に気づいていたのは、対局者の中では黄泉ただ一人だった。
「……さて、それじゃ次へ行こうか」
傑は百点棒を一本積むと、そのまま卓の中央へ牌を流し込んだのだった。