第四十八話 ~頂上決戦「黄泉」VS「傑」(その4)~
【現在の点数】
黄泉:25,400 雀ちゃん:31,900 傑:27,900 美乃理:14,800
『南一局 一本場』 親:『傑』 ドラ:『3』
続く南一局。六巡目に傑は、「西」を切って宣言した。
「リーチ」
このリーチに黄泉は、心の中で舌打ちする。続いて美乃理が切った「八」を受けて、黄泉が自分のツモ牌に腕を伸ばす。
(ダメだ、鳴けん。このまま奴のツモ番に回してしまっては……)
【黄泉の手牌】
一二七七④⑤34667778
黄泉は選択肢として、雀ちゃんの鳴けそうな牌を切る方法もあった。しかし手牌を見渡す限り、鳴いてくれそうな牌も見つからない。ただあてもなく手を崩すことは、流れを失うことにも繋がりかねないのだ。
やむを得ないと判断した黄泉は、不要牌である「7」を切った。
「ツモ。リーチ、一発、ツモ、東、ドラ二でハネマン。六千百オールだ。」
【傑の最終手】 裏ドラ:「⑦」
三四九九⑤⑥⑦234東東東五
自分の順番が回ってきた傑は、またしてもアッサリとツモあがりを見せた。傑のアガリを止めることが出来なかった黄泉は、悔しさに拳を握っていた。
★
「……ついに出たっすね。傑さんの伝家の宝刀『リーチ一発ツモ』が」
店のカウンターの横で恭介は、孝明と一緒に対局を観戦していた。この発言を受けて孝明が口を開く。
「傑は、長年の経験と卓越した感性を持って、ツモってくる牌を特定する。この能力の恐ろしいところは、『待ち牌を読まれても関係ない』ことと、『周囲の行動を予測した上でリーチをかけてくる』ことだ」
黄泉は卓越した感性を持って相手の手牌を読むが、極端な話、ツモられてしまえば関係ない。この力こそが、傑を裏麻雀界最強にのし上げた原動力であり、誰も止めることが出来ない絶対的な力だった。
再び目の前で見せられたその力に、孝明はため息をつくしかなかった。
「傑さんの場合、鳴いてツモ巡変えても、あっさり引きアガられるっすからねぇ。しまいには鳴くことすら、あの人に操られての行動に思えてしまうっすよ」
「それが、奴が『支配者』と言われる所以だ。果てしなく続くツモ地獄に、打つものは次第に自分の麻雀を見失っていく。過去の黄泉も決して例外ではなかった……」
最初に黄泉が傑と対戦した時、序盤は己のペースを快調に刻むことが出来た。しかし傑が、ツモあがりを繰り返すようになると、だんだん自分と周囲の手牌が見えなくなっていき、最終的にはアガリ牌を放出するようになってしまった。
傑のツモあがりは、孝明の技術や、恭介の感性ですら止めることが出来なかったのである。
「うーん、黄泉さん。このまま負けちゃうっすか……」
恭介は、卓の方を見て眉を顰めたのだが、そんな恭介に孝明は告げた。
「……いや、少なくともこのメンツでなら、傑の親を流す方法はある。黄泉ならその手段に、もう気づいているはずだ」
「え? そんな方法があるんすか?」
勢いよく振り向いた恭介に、孝明は自分の考えを述べたのであった。
★
【現在の点数】
黄泉:19,300 雀ちゃん:25,800 傑:46,200 美乃理:8,700
『南一局 二本場』 親:『傑』 ドラ:『①』
再び傑の親で始まる南一局。傑が牌を切るのを見ながら、黄泉は問いかけていた。
「……東場でだんまりを決め込んでいたのは、様子を見ていたのか?」
「ん? そういうわけじゃねえけどな。ただ、俺だけ皆の打ち筋を知ってるのが、フェアじゃねえかなーって。だから全員が、打ち方をある程度把握した南場から、勝負開始しようと思ってただけさ」
(……減らず口を!)
順番が回ってきた黄泉は、配牌を見て考えていた。
(これ以上奴にアガられたら、取返しがつかなくなる……)
【黄泉の配牌】
一一二二三四七②④⑦⑧白中三
黄泉の手は、配牌でイーペイコーが確定した良形だった。しかしこのまま手を進めても、傑に先にアガられてしまうと感じた黄泉は、ちらりと横に視線を移す。
(問題はこのぬいぐるみが、私の意図を察してくれるか……だが)
黄泉は一瞬考えたが、迷いを振り切って「中」を切った。この捨て牌を受けて、雀ちゃんが宣言する。
「ポンにゃん!」
雀ちゃんは「中」でポンを宣言すると、「北」を切った。
次の巡、更に黄泉が切った「七」を見て、雀ちゃんが再び動く。
「チーにゃん!」
【雀ちゃんの手牌】
五六56799 七六八中中中
二回の鳴きによって、雀ちゃんはテンパイに達していた。この動きを見て、黄泉は雀ちゃんの手牌を的確に読む。
(いいぞ。中々使えるぬいぐるみだ。どうやら私の意図は察しているようだな)
黄泉が考えたこと。それは雀ちゃんの鳴きを利用して、傑の親を蹴ることだった。いかな傑とは言え、自分がテンパイする前に速攻をかけられてしまえば止めようがない。最後にアガリ牌を止めることは出来ても、他者の差し込みには対応できないのである。
そして、黄泉が切った「四」を見て、雀ちゃんは宣言した。
「ロンにゃん! 中のみの二本場で千六百にゃ!」
【雀ちゃんの最終手】
五六56799 七六八中中中
このアガリを見た傑は何も言わなかった。無言で手牌を倒すと、そのまま牌を台の中央に流し込む。黄泉は小さく息を吐くと、同様に牌をまとめて流し入れた。
(親を蹴っただけで、奴のツモアガリを止めたわけではない。早い内に対策を練らねば……な)
【現在の点数】
黄泉:17,700 雀ちゃん:27,400 傑:46,200 美乃理:8,700
『南二局』 親:『美乃理』 ドラ:『⑧』
熱い対局が繰り広げられる最中、美乃理は一人疎外感を感じていた。アガリこそ一度取れているものの、明らかに「アガらせてもらった」感があり、まだ自分は何も出来ていない実感があったからである。
(なんとか、せめて一太刀でも返したい……)
焦りに身を焦がす美乃理だったが、五巡目に有効牌を引き、テンパイになっていた。
【美乃理の手牌】
五五①②②③④④⑥⑦⑦⑧⑨⑤
(恐らくダマで待っていても、このメンバーからアガリ牌は出ない……)
そう感じた美乃理はため息をつくと、仕方なくツモ狙いのリーチをかけることにした。不要牌の「②」を切って宣言する。
「リーチ」
美乃理がリーチ棒を置いて、テンパイ確認のため、再び手牌に視線を落とす。そこで美乃理が自分が犯した過ちに気づいていた。
(……! しまった。この形では「一通」がつかない……)
焦っていた美乃理は、自分が牌の切り間違いをしてしまったことに気づいた。
現在の形は【五五①②③④④ ⑤⑥⑦ ⑦⑧⑨】で待ちは「五」「④」であるが、「⑦」を切っていれば【五五①② ②③④ ④⑤⑥ ⑦⑧⑨】となり、「③」待ちで一通がつく形だった。
待ちが悪くなるとは言え、同じツモにかけるなら後者一択という状況だ。非常に美乃理らしからぬ、凡ミスだった。
それから二巡後の七巡目、傑がリーチ棒を取り出して宣言した。
「リーチだ」
そうして傑は手牌から不要牌を切り出したのだが、切られた「五」を見た美乃理は、慌てて宣言していた。
「ロ……ロン! リーチドラ一で二千九百です」
【美乃理の最終手】
五五①②③④④⑤⑥⑦⑦⑧⑨
倒された手牌を見て、何故か傑は一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに美乃理の切り間違いに気づいたのか、フッと笑って点棒を差し出した。
この様子を見ていた黄泉は、今何が起こったのか、一瞬で把握していた。
(恐らく傑は、美乃理の待ちを「③」と読んだのだ。しかし美乃理が切り間違いをしたため、実際の待ちは「五」「④」だった。傑は、美乃理の凡ミスにより、待ちを『正しく読むことが出来なかった』のだろう……)
美乃理の待ちは、あくまで「偶然の結果」だ。しかしだからこそ傑は放銃してしまった。この結果を見た黄泉は、盛大にため息をついていた。
(負けを認めるようで、あまりやりたくはなかったのだがな。結局「これ」しかないのか……)
そして黄泉は、「賭け」に出る決心をしたのだった。
【現在の点数】
黄泉:17,700 雀ちゃん:27,400 傑:43,300 美乃理:11,600
『南二局』 親:『美乃理』 ドラ:『九』
一巡目、美乃理が「発」を見た黄泉が、宣言した。
「ポン」
更に二巡後、同じく美乃理が切った「②」を受けて、再び黄泉が動く。
「チーだ」
【黄泉の手牌】
三四五4567西 ②③④発発発
黄泉の手は、美乃理の親流しを目的とした速攻だった。テンパイを果たした黄泉だったが、チーの後に切った「西」に対して、雀ちゃんが口を開いた。
「ポンにゃん!」
ポンを宣言した雀ちゃんは、そのまま「九」を切った。これにより、雀ちゃんの方からもテンパイ気配が強烈に匂い立つ。
【雀ちゃんの手牌】
四五六七白白白東東東 西西西
雀ちゃんの手は、ホンイツ、白、西でマンガンの手だった。一見すると危険な状況だが、この形は黄泉の『予想通り』だった。
(このまま放っておけば、恐らく奴はツモあがるぞ。それを止めるには……わかっているだろうな)
雀ちゃんの動きを受けて、傑はため息をつくと、手牌の中から取り出した「4」を河に置いた。それを見た黄泉が、手牌をゆっくりと前に倒した。
「……ロン。発のみで千三百だ」
【黄泉の最終手】
三四五4567 ②③④発発発
傑は全く表情を変えず、黄泉に点棒を差し出した。傑は黄泉の待ち牌だけでなく、その狙いも読んではいたのだが、ここはその策に乗るしかなかった。
雀ちゃんにマンガンをツモられるよりは、マシだと判断したのだろう。こうして黄泉は、まんまと自分の親を持ってくることに成功したのである。
【現在の点数】
黄泉:19,000 雀ちゃん:27,400 傑:42,000 美乃理:11,600
『南三局』 親:『黄泉』 ドラ:『七』
【黄泉の配牌】
五五七八九九⑧⑨1366西①
配牌を確認した黄泉は、最初に引いてきた「①」を切ると、そのまま手牌を手元に倒し、伏せてしまった。その様子を見た傑が思わず尋ねる。
「おいおい、どういうつもりだ? まさか牌を見ずに、手を進めるつもりか?」
「……そのまさかだ。引いた牌を見て、順当に手を進めていけば、誰かさんに形を読まれてしまうからな」
これが黄泉が対「傑」用に考えていた「奇策」だった。本来であれば読み合いに勝利した上で叩き伏せたかったのだが、ここ数局でそれが無理であることを悟ったからである。
(私は美乃理のように、切り間違うことなどできんし……な)
黄泉くらいの熟練者となれば、牌を引いてくる前から次に切る牌を、ある程度予測している。そこはもはや「考える」というよりは「反射」レベルであり、それゆえ、ワザと以外に切り間違うことなど出来ないのである。
(今まで私が培ってきた「経験」と「感性」に……全てを賭ける)
そして黄泉は、ツモって来た牌を確認せずに、手牌を切っていくのだった。
(まったく、おもしれえ事してくれるぜ……)
七巡目、有効牌を引いた傑はテンパイになっていた。今回は一発ツモの予感があったわけではないが、それなりの形ではある。
【傑の手牌】
一二三九①②③⑨11123九
実のところ傑は、ここまでにスピード重視でアガリ切ることが可能ではあった。だが、真っ向勝負を挑んできた黄泉から、逃げるような真似は出来なかったのである。
(悪い癖だな。向かってくる相手に対しては、つい勝負したくなっちまう……)
覚悟を決めた傑は、不要牌の「⑨」を手に取り、そのまま横へと向けた。
「リーチだ」
傑の宣言を受けて、場の空気が一気に重たくなる。この重圧を受けた美乃理は、手を回すことを選択したらしい。傑の捨て牌に合わせて「⑨」を切っていた。
そしてツモ牌を引いてきた黄泉が、満を持して手牌を元通りに立て直していた。
【黄泉の手牌】
三四五七八九⑧⑧3456①6
引いてきた牌で、黄泉は見事にテンパイを果たしていた。大きく息を吐きだした黄泉は、どうすべきか考えていた。
(さすがに役を作るところまでは敵わなかったが、この手、一体どうなるか……)
今回は黄泉も、この手がアガれそうかの判断が全くつかなかった。手を作ることにのみ集中してきたため、そこまでの余裕がなかったからだ。
もっとも、意図的に作り上げた手であれば、傑に看破されていたのだろうが――。
「リーチ、オープン……」
黄泉の下した決断は、手を晒してリーチをかけることだった。不要牌の「①」を切って横に向けると、手牌を倒して全員に晒す。
これは「傑以外からアガる気はない」という、黄泉の強い決意宣言だった。
★
(これは……すごいことになりましたね)
状況を見ていた雀ちゃんは、どうすべきか考えていた。いつものように鳴いて、アガリを目指すことも出来たのだが、この局の結末を見てみたくなったのである。
(わかりました。この局は見届けさせていただきます。お二人の勝負が、どのような結末を迎えるのかを……)
そう判断した雀ちゃんは、美乃理と同様「①」を切って手を回す方法を選んでいた。
★
そこから数巡、静まり返った場に、牌を取って捨てる音が淡々と響く。
そんな中、河に切られた「⑧」を見た黄泉が、ゆっくりと宣言した。
「……ロン。オープンリーチ、ドラ二でマンガンだ」
【黄泉の最終手】 裏ドラ:「四」
三四五七八九⑧⑧34566
この局、アガリを取ったのは、黄泉だった。傑の切った「⑧」でロンを宣言した黄泉は、大きく息を吐きだした。直後、後方から歓声が上がる。
「すげえ! 黄泉さん、やったっすよ!!」
恭介は、両手を上げて喜んでいたのだが、黄泉に一切の喜びはなかった。戦いがまだ終わっていないことを知っていたからだ。
このアガリを受けた傑は、喜びにも驚きにもとれる複雑な笑みを浮かべていた。恐らく彼も、切迫した対局を受けて、少なからず興奮しているのであろう。
同時に顔を伏せた黄泉と傑は、持っていた牌を卓へと流し入れた。
【現在の点数】
黄泉:32,000 雀ちゃん:27,400 傑:29,000 美乃理:11,600
『南三局 一本場』 親:『黄泉』 ドラ:『⑦』
黄泉の親が続く南三局は、冷たく重い場になっていた。
通常鳴きを先行する雀ちゃんすら、一切の動きを見せず、結局その場は流局。その様子は、この対局を見守っている神が、勝者を決めかねているようでもあった。
結局、雀ちゃんと傑の二人テンパイだったため、若干の点棒の移動を行った後に、オーラスの南四局へと移行する。
【現在の点数】
黄泉:30,500 雀ちゃん:28,900 傑:30,500 美乃理:10,100
こうして黄泉と傑の頂上対決は、アガッたもの勝ちとなる、一触即発の最終局を迎えるのであった。




