第三十八話 ~三人目【久遠 恭介】(後編)~
『東一局』 親:『美乃理』 ドラ:『⑦』
美乃理の親から始まった東一局。恭介は配牌を見ながら、胸を躍らせていた。
(楽しみっす! 一体何を仕掛けてくるつもりっすかねぇ……)
正面に座る美乃理を見た時、恭介は昨日とは違う「何か」を感じ取っていた。その要因が何かは恭介にもわからなかったが、明らかに自信に満ちた目をしていたのである。
【恭介の配牌】
二八⑦⑨⑨123677南東南
(これは……マンズが寄ってきそうな気配がするっすね……)
通常であれば二枚浮いた牌である「二」と「八」を切っていっても、おかしくはない。しかし自身の直感を信じて疑わない恭介は、あえてドラの「⑦」から切っていくことにした。
そして九巡目、有効牌を引いてきた恭介はテンパイになっていた。
【恭介の手牌】
二二二五七八九123南南東六
「……リーチっす」
不要牌の「東」を切り、恭介は迷わずリーチをかけていた。待ちの「四」「七」が近いうちにツモれる牌であることを感じていたからである。
(誰からもテンパイの気配はないっすからね。ここは真っすぐ行くっす!)
自信満々の恭介ではあったが、それから二巡後の十一巡目、右隣の巡が切った「5」を見た美乃理が宣言した。
「……ポン」
【美乃理の手牌】
三四⑦⑧⑨46789 555
持ってきた「5」を右側に晒し、美乃理はそのまま「4」を切った。
ちなみに美乃理のこのポンはメンツを崩す、明らかな「無理ポン」である。恭介は美乃理のこの動きに、強烈な違和感を感じていた。
(……おかしいっすね。あの鳴きで手が進んだ感じがしないっす。けど何故か、嫌な予感がするんすよね……)
美乃理は全く表情を変えず、次の巡のツモを横目で見ていた。
【巡の手牌】
二三八九⑦⑨⑨456789四
巡は一瞬どうすべきか考えたが、一呼吸置いた後、不要牌の「⑦」を切って宣言した。
「……リーチ!」
ちなみに巡が最後に引いた「四」は、本来恭介が引くはずのアガリ牌だった。美乃理が巡からポンをしたことで、ツモが一つずれ、恭介のツモ牌が巡に流れたのである。
そして十二巡目。ツモ牌の「七」を引いてきた巡が、そのまま卓へと置いた。
「リーチ、一発、ツモ、ドラ一で、四千と二千です」
【巡の最終手】
二三四八九⑨⑨456789七
巡のツモを見て、他の生徒達も驚いていたが、何より一番驚いていたのは恭介だった。自分のアガリ牌が、美乃理の鳴きによって「食い取られた」ことに気づいたからである。
(これは……偶然じゃないっすね)
美乃理がどんな形からポンしたかはわからないが、直後に恭介のアガリ牌を二枚も引いてのツモあがりは、どう考えても出来すぎである。
恐らく恭介のアガリを食い止めるために、意図的にポンを宣言したのであろう。美乃理は巡に四千点を支払った後、大きく息を吐きだした。
(まだ遅い。もっと速く……)
卓を囲んでいたメンバーは、自分達の手牌と山を崩した後、両手で牌をかき混ぜていた。全員が牌をかき混ぜた後、それぞれが自分の山を積み始めたその時、美乃理の両腕がもの凄い速度で卓上を交差する。
その時間、約四秒。誰よりも速く自分の山を積み終えた美乃理は、そのまま周囲のメンバーの手元を、目で追っていた。
【現在の点数】
美乃理:21,000 巡:34,000 恭介:22,000 良子:23,000
『東二局』 親:『巡』 ドラ:『①』
東二局が始まって五順が経過し、美乃理は引いた牌を手元へと引き寄せた。その様子を背後で見ていた佐緒里は、自分だったら何を切るかを考えていた。
【美乃理の手牌】
三四⑦⑦⑨1234568中7
(絶好のツモ……。ここは「⑨」か「中」を切って、受けの広い「二」「五」「3」「6」「9」で待つべき……)
しかし美乃理は、佐緒里の予想を裏切り、「⑦」を手に取ると、そのまま河へと置いた。
(……え? どうして……)
佐緒里が理解できずに困惑する中、美乃理は六巡目に「三」。そして七巡目に「四」を切っていた。何が何だかわからない佐緒里は、茫然と戦況を眺めていた。
そして八巡目、テンパイに到達した美乃理は、手牌へと視線を落とした。
【美乃理の手牌】
⑦⑨1123456778中9
「……リーチ」
美乃理は不要牌の「中」を切ると、そのままリーチを宣言した。その様子を見ていた恭介の背筋に、ぞくりと冷たいものが走る。
(やばい。すげえ嫌な予感がするっす……)
【恭介の手牌】
一一一四五七⑥⑦⑧東東白発
強烈な悪寒を感じた恭介は、可能ならポンやチーを宣言して、美乃理のツモ牌をズラしたかった。しかし鳴ける牌を巡や良子が切ってくれなかったため、再び美乃理の順番が訪れてしまう。
次巡、ツモ牌を引き寄せた美乃理は、手牌を倒して宣言した。
「……リーチ、一発、ツモ。裏ドラ一でマンガン」
【美乃理の最終手】 裏ドラ:⑨
⑦⑨11234567789⑧
美乃理の手牌の進行を後ろで見ていた佐緒里は絶句していた。待ちの多さや一通を否定してまでの、カンチャン「⑧」を一発ツモ。この手作りは、明らかに不自然と言わざるをえなかった。
(まさか美乃理……ガン牌を?)
佐緒里が最初に思いついたのは、牌に印をつけて特定する「ガン牌」だった。自分の引いてくる牌がわかっていたのであれば、このようなアガリも、かろうじて納得は出来る。
(しかし美緒さんのすり替えすら、アッサリ感知するあの恭介さんが、ガン牌を仕掛けられて気づかないとも思えない。ガン牌でないとすると……まさか!?)
佐緒里は美乃理が「行っていること」に気づき、驚きを隠せなかった。しかし気づいたのは佐緒里だけでなく、対面の恭介も同様だったようだ。大きくため息をついた後、ペロッと舌で唇をなめる。
(やって……くれるっすね)
恭介は二千点を美乃理に支払うと、ゆっくりと手牌を崩した。
★
壁際で、戦況を眺めていた黄泉は、鋭く舌打ちした。そして隣に立っていた傑に向かって告げる。
「……貴様か。美乃理に余計なことを吹き込んだのは」
「さあて、何のことかな?」
黄泉と傑は、当然美乃理が「何をやっているのか」正しく理解していた。美乃理は山を積む際、どこにどの牌が積まれているかを記憶していたのだ。
対局が終わり、牌を全員でかき混ぜる際、美乃理は手にした牌を予め表向きに返しておく。そして山を積む際に、「表向きの牌だけを選んで」自分の山を積むのである。
この動作を誰よりも速く行うことで、更に残りのメンバーが積んだ牌も、ある程度記憶することに成功していたのだ。
「この技を成功させる重大な要素は二つ。牌を一瞬で覚える記憶力と、それを対局に利用できる処理能力だ。幸運にも美乃理は、この二つの能力を最初から保有していた」
これこそが、傑が美乃理に見出した「才能」だった。この力を最大限に生かすため、傑は牌の扱いと麻雀の知識を徹底的に叩き込んだのである。
そしてタイミングを見計らって、美乃理にこの技を伝えたのだ。
「『予測』で行動する恭介と、『確信』を持って動く美乃理。これがどれほどの違いか、お前ならわかるだろう?」
傑の発言に、黄泉はもう一度舌を鳴らした。黄泉とてこのことに気づいてはいたものの、出来れば『自分で気づいて欲しかった』のである。
「確かに恭介の不利は否めないな。だがあいつは……このままでは終わらん」
黄泉は目を細めると、厳しい視線で卓の方を眺めていた。
★
その後、傑の言う通り、美乃理と恭介の点差は徐々に離れていった。恭介も何とか美乃理の勢いを止めるべく器用にアガリはとっていたものの、突発的に作成する手牌では役が絡みにくく、どうしても点数が低くなってしまう。
逆に美乃理は、把握している牌情報を元に、『全員の手牌』を予測し、手を進めることが出来るのである。しかも、場合によっては巡や良子に支援する形も取れるため、状況だけ見ても、恭介の不利は圧倒的と言わざるをえなかった。
そうして戦いは、終盤の南三局を迎えていた。
【現在の点数】
美乃理:42,700 巡:17,800 恭介:27,200 良子:12,300
『南三局』 親:『恭介』 ドラ:『九』
親の恭介がサイコロを振って出た目は「11」。対面である美乃理の山から取り始める形になり、全員の手牌が揃った時点で、牌を取る山は恭介の山となる。
美乃理が牌の位置を記憶することに気づいていた恭介は、かろうじて自分の山だけは、美乃理の視線から隠すことに成功していた。
(長期戦になったらやられるっす。自分の山が残ってる間にケリをつけるしかないっすね……)
恭介は極限まで集中すると、自分がアガるための最短のルートを追った。次戦で自分の山の残る保証はどこにもないため、出来ればこの局で決着をつける必要がある……恭介はそう感じていた。
六巡目。自分の山をかろうじて五つ残した状態で、恭介はテンパイに達していた。
【恭介の手牌】
七八九①②②②②⑥⑥567⑥
「カンっす!」
恭介はそのままリーチはせず、カンを宣言すると、嶺上(カン実行時に引いてくる)牌を引いてくる。そして引いてきた「北」を切ると、そのまま宣言した。
「……リーチっす」
【恭介の手牌】 新ドラ:「⑥」
七八九①⑥⑥⑥567 ②②②②
恭介のこのリーチに対し、美乃理はどうすべきか考えていた。
(恭介は、もう一枚自分の山からツモを引くことが出来る。何の牌が積まれているかは把握出来てないけど、恐らく狙いは……)
「チー!」
美乃理は、左隣の良子が切った「4」に対し、チーを宣言した。恭介の狙いが「ツモあがり」と予測しての、ツモ牌ズラしだ。
(これで恭介のツモ牌は、良子さんに流れる。さすがに良子さんも、危険牌をおいそれとは切らないはず……)
次の巡、恭介はツモあがりは出来ず、そのまま引いてきた「南」を切った。そして自分のツモを引いてきた良子が、手牌へと視線を落とす。
【良子の手牌】
四六七①①①⑦⑧⑨2257二
(うーん、どうしようかなぁ……)
良子の手牌はイーシャンテンではあるが、すぐにアガリに迎える形ではない。何より恭介が親ということもあり、この場は彼に上がらせないことが重要だった。
(下手に勝負して振り込んじゃったら、美乃理さんに迷惑かけちゃう。ここは降りてでも振り込まないようにしなきゃ……)
良子は恭介の現物は持っていなかったが、恭介はリーチの前に「②」でカンを宣言している。つまり、自分が既に三枚持っている「①」で待っている可能性は極端に低いだろう。
そう考えた良子は、三枚揃っていた「①」を落とし、この局は降りる道を選んだ。
しかし、良子が切った「①」を見て、恭介がゆっくりと宣言する。
「……ロンっす」
恭介が倒した手牌を見て、美乃理が驚きに目を見開く。現在の時点で恭介の手はリーチドラ4で、マンガンが確定している。もし裏ドラが一つでも乗れば跳満になり、残り一万二千三百の良子が『飛んで』しまう。
恭介がゆっくりと裏ドラに向けて手を伸ばすその様子を、美乃理は固唾を飲んで見守っていた。
「……残念っす。裏ドラは乗らなかったっすか。リーチドラ4でマンガン。一万二千っす」
【恭介の最終手】 裏ドラ:「六」「北」
七八九①⑥⑥⑥567 ②②②②
結局恭介の手は、満貫止まりだった。かろうじてその場での決着を免れた美乃理は、安堵の息を漏らしていた。
(すごい……恭介さん)
現状を横目で見ていた巡は、不謹慎とは知りつつも、その打牌に感動を覚えていた。
恭介の手牌は、カンをかけない方が待ち牌の数は多かった。だがあえて、良子からの出アガリ一本に絞って逆転を狙い、それに賭けていたのである。
凄まじいばかりの感性と執念のなせる業だった。
(もし私も、あんな風に出来るなら……)
巡は自分と同じ性質を持つ恭介の打牌に、憧れの念すら抱き始めていた。
結局その後、残念ながら恭介にチャンスは訪れなかった。一直線にアガリに向かった美乃理が、ピンフツモによるの五百、八百を引きあがる。その結果、残り三百点だった良子の持ち点がマイナスとなり、対局は終了となったのである。
【最終得点】
美乃理:44,500 巡:17,300 恭介:38,400 良子:-200
こうして長く二日間に渡って行われた対局は、生徒達の勝利で幕を閉じたのであった。
プチ麻雀講座
・カンドラと裏ドラについて
カン(暗カン、明カン、加カン問わず)を行うと、ドラが追加されることは以前説明したのだけど、この時めくられた牌の下も裏ドラになるんだ!
例えば、場でカンが三回行われていた場合、初期のドラ1枚(+裏ドラ1枚)にカン3回分で追加ドラが3枚(+裏ドラ3枚)で、合計ドラは8枚になるよ! 裏ドラはリーチをかけて上がらないと見れないんだけど、それでも得点が高くなる可能性が爆発的にあがるんだ!
ただ、他の人に上がられた時のリスクも相応なので、カンを行うタイミングは、特に気をつけるようにしようね!
・一局で行えるカンの回数上限について
カンを行った後に引いてくる牌は、山に「4枚」配置されているのだけど、これだと5回目のカンが行われると、牌の数が足りなくなっちゃうよね? それを防ぐために、麻雀で一局の間に行えるカンの回数は「4回まで」と決まっているんだ!
唯一例外は、「一人でカンを4回行った場合」で、この状態でアガると「スーカンツ」という役満になるよ!(その後のカンは禁止になる)
複数人数でカンが4回行われた場合は、その時点で流局扱いになるんだ。これは「スーカイカン」といって、スーカンツとは別のルールになるんだよ。ほとんど行われないことだから、予備知識程度の内容だね!




