第二十話 ~遥VS衿「前編」~
「にゃんにゃん、にゃーにゃにゃん!(堺北学園の勝利です!)」
何を言っているか全くわからないが、マスコットの雀ちゃんが、堺北学園の勝利を宣言したのだろう。最初は項垂れていた美緒だったが、スッと席を立つと顔を上げた。
「チッ、負けちまった……か」
「美緒、一つ聞かせてくれないか?」
「何だ? 負け犬に聞くことなんて、ねえだろ?」
ショックを受けている美緒を慰める……なんて気持ちはさらさらなかったが、志信は疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「どうして、すり替えを使わなかったんだい?」
「つまんねえこと聞くなよ。使おうとしてたら、お前に腕捕まれてただろ。隙がなかった。そんだけさ」
「……そうか」
美緒は志信に背を向けると、両手を上げて伸びをした。その様子は、意外にも元気そうに見えた。
「あーあ、負けちまった。と、いうわけで、アタシはとっとと退散するぜ。じゃあな」
美緒は上げた右手を軽く振ると、その場を去ろうとした。しかし途中で何か思い出したようで足を止めると、その場から振り返った。
「ああ、そうそう。忘れてた。本当は言うなって言われてたんだが、このまま帰るのもシャクなんで、言っちまうぜ。お前んとこの顧問、平田 黄泉……だっけか? 一体何考えてんだろうな」
「……どういうことだ?」
唐突に出てきた黄泉の名に、少なからず志信は驚いていた。どうやら美緒は黄泉のことを知っているらしい。
「実はアタシ、去年お前と戦った後、アイツに会ったんだよ。引きずられるように家に連れてかれてさ。そこで一局打たされたんだ」
「平田先生が美緒を? それでどうなったんだ!?」
この一件に関して完全に初耳だった志信は、問いかけるように美緒の元に詰め寄っていた。美緒はため息をつくと、やれやれという感じで両手を上げた。
「ボコボコにやられた。ムカつくから、すり替えも使ってやったんだけどよ……」
★
(くっそ、ムカつくぜ。こうなったら河拾いで……)
「ロン。一万二千点だ」
黄泉がロンを宣言し、裏ドラをめくろうと手を伸ばした時、美緒は黄泉の捨て牌を自分の牌とすり替えていた。
「あ? オバサンそれ、フリテンじゃねえの?」
「ん? どこがだ?」
「アタリ牌の『四』、5順目に切ってんじゃ……」
言いかけた美緒だったが、そこでギョッと目を見開く。すり替えたはず牌が、別の牌に変わっていたからだ。
(バカな! 『三』だと!? アタシは確かに『四』とすり変えた……)
「問題なさそうだな。ではアガらせてもらおう。逆転だ。私の勝ちだな」
★
「アイツはアタシに捨て牌をすりかえられた後、平然とアタシの河から『すり替え直した』のさ。そんなことが出来んなら、腕掴むくらい楽勝のはずなのにな」
(……先生らしいな)
志信は思わず苦笑してしまった。その時の様子が、容易に想像出来たからだ。
「で、その後、言われちまった。『そんな小細工は本物には通じない』ってな。あんなやられ方、初めてだったから、すげえショックでよ。今までやってきた麻雀が、全部ぶっ壊された気がした。どうしても打つ気になれなくて、次の試合に出るの止めたんだ」
「それで決勝には出なかったのか……」
この話を聞いて、志信は去年の美緒欠場の真相を知った。ショックを受けていたのは自分だけだと思っていたが、美緒は美緒で、色々あったらしい。
「言っとくけどよ。勘違いはすんなよ? 今日の対局、アタシは隙あらば仕掛けようと思ってた。けど出来なかったからしなかった。そんだけだ」
美緒は珍しく照れているようで、少しだけ顔を赤らめると、そっぽを向いてしまった。もしかしたら、それほど悪い人間というわけではないかもしれない。
「こっからは興味本位だけどよ。今年のお前んとこの麻雀部、作ったのはあのオバサンなんだろ? アタシにはどうにも、何か企んでるような気がしてしょうがないぜ」
「企む? 何をだい?」
「どっか似てる気がするから、わかんのさ。ちなみに、アタシだったら『自分のためになる行動』しかしない。もしそうだとしたら、あのオバサンの目的は何なんだろうな? 生徒や学校のために、優勝する……? 違う気がするぜ」
志信は美緒の発言を黙って聞いていた。美緒の言う通り、黄泉の行動に謎があるのは事実だ。志信も気にはなったものの、どうせはぐらかされるのがオチなので、ひとまず胸にしまっておくことにした。
「そんだけだ。んじゃな」
去っていく美緒の背中を見つめながら、志信はふぅと息を吐き出した。
(先生の目的……か)
堺北学園のメンバーは昼食を済ませた後、再び会場へと集まっていた。現在の時刻は、午後二時。予定では本日もう一試合行われ、明日改めて決勝戦が行われることになっている。
「さて、じきに二回戦(準決勝)が始まる。まずは、次のオーダーを発表するとしよう」
黄泉は先ほどと同様、ポケットからオーダー表を取り出すと、読み上げていく。
「先鋒「志信」、次鋒「良子」、副将「巡」……大将は「遥」で行く」
黄泉の宣告を受けて、遥は表情を引き締めていた。
「知っての通り、次の相手は『神代女子』だ。孝子の奴が大口叩くだけのことはある。沢田の奴、まさか大将戦で、三万点差をひっくり返すとはな」
遥も一回戦と戦っていたため、しっかりと見ることは出来なかったが、衿の対局の最後の方だけは何とか見ることが出来ていた。後半の南一局、何と衿は役満である四暗刻をツモあがりしたのだ。
「どうだ遥。あの沢田に対抗する策は思いついたか?」
「何も……ありません。思い切りやるだけです」
それは遥の本心だった。衿の強さは形のあるものではないだけに、生半可な対策は無意味だ。しいて言うなら、『揺れない心』。何が起ころうが、勝ちを諦めない揺るぎない『決意』であろう。
「策はなし……か。まあそれもいいだろう。孝子の話では、沢田は準決勝も変わらず大将で出すらしい。奴らの自信ごと、なぎ倒して来い!」
「……はい!」
第二回戦開始の五分前となり、堺北学園の面々は、対局が行われる卓の前へと向かっていった。
二時間後、戦況は意外にも神代女子が振るわず、各校の得点は以下のようになっていた。
【現在の点数】
堺北学園:124,800 清流高校:105,000 神代女子:68,000 百戸女子:102,200
「おはよう、遥。ここまでで結構差はつけられちゃってるけど……諦めずに頑張るから、今日はよろしくね」
「ええ、よろしく」
衿に差し出された右手を、遥はしっかりと握り返す。すると衿は、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「何か今日、うちの先生すごく気合入っててね。この試合に勝てれば、何でも好きなもの買ってくれる、って言ってるの。だからゴメン遥、今日は勝たせてもらうね!」
衿は五万点以上のビハインドを何とも思っていないらしい。彼女が楽観的ということもあったが、自分が負けることなど、これっぽっちも考えていないのだろう。
遥はそんな衿を見て、小さくため息をついた。
「私はいつも……大事なところでは、あなたに負け続けてきました。正直なところ、勝つ自信など、ありはしません。ですが私は、堺北学園の部長として、あなたに負けるわけにはいきません。勝たせて……いただきます」
「おおー、遥。すごい気合入ってるね! でも私だって、今日は負けるわけには行かないんだ」
真っ直ぐ向けられた気合もどこ吹く風で、衿は唇を舌でペロっと舐めた。
「絶対勝って、大きい熊のぬいぐるみ、買ってもらうんだから!!」
『東一局』 親:『衿』 ドラ:『二』
そうして始まった第二回戦の大将戦。起親が衿の東一局、誰もが予想しなかった事態が発生する。
「あっ、もしかしてこれって……」
配牌時、衿が鼻歌交じりに理牌を始める。並べ終えた手牌を再度確認した後、なんとそのまま倒したのだ。
「……天和! 一万六千オールだよ!!」
【衿の最終手】
五六①①④⑤⑥123南南南四
直後、周囲に大歓声が巻き起こる。貴子は拳を握り、一緒に卓を囲んでいたメンバーはありえないという表情で呆然となっている。しかし遥だけは別だった。
(まさか天和とは……。しかし私はこのくらいで驚きせん。点差的にはこれから仕切り直しになっただけ。何も問題はありません)
遥は意外にも落ち着いていた。以前の自分なら確実に浮足立っていただろう。そうならなかったのは、黄泉の激励と、何よりチームメイトのここまでの頑張りがあったからだった。
【現在の点数】
遥:108,800 清流高校大将:89,000 衿:116,000 百戸女子大将:86,200
『東一局 一本場』 親:『衿』 ドラ:『八』
【衿の配牌】
二二六②②⑤⑦3456南中
(うーん、どうしようっかなー)
前局、天和をアガった衿に、それなりの手が入っていた。本来なら飜牌にならない「南」から切るべきだが、衿は「中」をつまみ上げていた。
(中途半端なタイミングで切って、誰かに鳴かれても嫌だからね。先に切っちゃおう!)
そうして放たれた「中」。しかし誰もポンを宣言することはなく、局は続行された。
【遥の配牌】
一⑤⑥⑦⑧⑨255西発中中9
(本来であれば「中」をポンして、早々に衿の親を流してしまうべきなのですが……)
最初から「中」を二枚持っていた遥は、衿の捨て牌をポンすることも出来た。しかし彼女は、あえてそうしなかったのである。
(恐らく衿の流れは、生半可なことでは崩せない。多少危険でもここは、このまま行く!)
「ポン!」
二巡目、遥の下家である清流高校の大将が、遥の捨てた「発」に対し、「ポン」を宣言した。恐らく厄介な親を流そうと動いたのだろう。更に四巡目、今度は遥の切った「9」に対し、「チー」を宣言する。
これにより、清流高校のテンパイ気配が濃厚になった。
「……リーチ!」
六巡目、不要牌の「一」を切った遥がリーチを宣言する。自分のツモ牌を引いてきた衿はどうするべきか考えていた。
【衿の配牌】
二二六②②⑤⑦23456中
(遥がリーチ、かぁ)
衿は手止め、考えていた。彼女が考えていたもの。それは「遥の性格」だ。
(最初に「中」を切ったときは、反応しなかったよね。大きな手をアガられてからの親の連荘。もし「中」を二枚持ってたなら、迷わずポンしてきたはず)
事実、清流高校はポンしてきた。消極的というよりは、常套手段である。誰だって親に突っ走られるのは嫌がるだろう。
(オッケー! このまま行きましょう! たぶん大丈夫だと思うしね)
結局衿はツモってきた「中」を捨てることにしたようだ。衿が河に「中」を置いた瞬間、遥が静かに宣言する。
「……ロン。リーチ、一発、中、ドラ二。マンガン」
【遥の最終形】
八八④⑤⑥⑦⑧⑨555中中
遥のアガリを見た衿は、一瞬表情を曇らせたものの、すぐに笑顔へと戻った。自分の点棒入れから八千三百点を取り出すと、対面の遥へと手渡した。
「すごいね遥! もしかして『中』って、ワザと鳴かなかったの?」
「……『中』を鳴けば、確かにアガりやすくはなるでしょう。けれど今の衿の状態ですと、ただ流すだけでは意味がないと思われます。だから私は、『力づく』で流れを止めにいったのです」
「……なるほどねぇ」
衿は、卓に両腕を立てた状態で頬杖をついていた。その表情にはまだ余裕があり、ニコニコと笑いながら遥の言葉を聞いているようだ。
「勝負はまだ始まったばかりだからね! 見てなよー。すぐにまた逆転しちゃうんだから!!」
衿は制服の上着を袖捲りすると、グルグルと右手を回した。空元気とも取れるこの行為だが、遥は衿の言葉がただのハッタリではないことを、よく知っていたのだ。
(確かに……本当の勝負はここからです!)
崩した手牌を台の中央へ落とした遥は、大きく深呼吸した後、気合を入れ直すのであった。




