短い夏休み 3
8月27日(木) AM4時03分
「地震!?」
強い揺れを感じ深い眠りについていたマオは飛び起きる。
♬〜♬〜
間も無くしてマオの創造免許がメールを受信する。
「震度4か、震源が浅いな」
パジャマとして使っているネイビーのジャージ姿のマオは、地震速報メールを見て目を細める。
メールの内容は。
長野県北部で震度4の地震がありました。震源の深さは約10m、マグニチュード3、この地震による津波の心配はありません。
「まだ、4時か」
(最近、今みたいな震源の浅い地震が多いな)
マオは時計を確認して、もう一寝入りしよと布団を被り目を閉じた。
(寝れない……)
完全に覚醒してしまったマオは、諦めた様子でベットから降りた。
「よ〜し」
マオは伸びをしてからベランダへ続くガラス戸を開け、掛け布団を右手一本で抱えてベランダに出た。
「やっぱ、まだ早いか」
マオがベランダの柵に掛け布団を干し辺りを見ると、まだ夜の暗い静寂さと薄っすらと明るくなっている空がグラデーションのようになっていた。
「まっ、今日も晴れるからな」
マオはベランダから室内に戻り、洗面所に向かい歯を磨いた。
「……飲み物でも買いに行くか」
いつもより1時間以上早く起きたマオは、暇を持て余し学生寮1階の自動販売機コーナーへ向かった。
「マオ!?」
マオが1階に下りると紙コップ自動販売機の前にユウキが立っていた。
「おはよう、ユウキ」
マオはユウキに向かって右手を挙げる。
「っ〜〜〜ッ」
(こんな格好をマオに見られちゃった)
ユウキの顔が一気に赤くなっていく。
ユウキは上下黒で統一された半袖半ズボンのスポーツウエアに、寝癖のついた頭をしていた。
「地震びっくりしたね」
油断しきっていたユウキの姿を全く気にする様子のないマオは、自動販売機に創造免許証をタッチさせてペットボトルに入ったストレートティーを購入する。
「うん……」
頷いたユウキは、心ここにあらずといった様子だった。
「ん? どうしたの?」
マオはユウキの異変に気付き心配した様子で声を掛ける。
「なんでもない……」
ユウキは寝癖で跳ねた前髪を右手で抑えながら返した。
「ユウキもそこに寝癖がつくんだ!」
「!!!!」
マオの一言でユウキは更に赤面する。
「ほら、俺もここに寝癖がつくんだ!」
マオはそう言って、自分の前髪の右部分を指差す。
「本当だ」
ユウキがマオの頭を見ると、自分の寝癖と全く同じ寝癖がついていた。
「お揃いだね!」
マオは無邪気な笑顔でユウキを見る。
「そうだね!」
今まで表情の暗かったユウキは、嬉しそうに答える。
「昨日は楽しかったね」
ベンチに座ったマオは右隣に座るユウキに話し掛ける。
「うん。教会の子供たちと赤ちゃんが可愛かった……モールシティーではマオが色々なお店を案内してくれたから。楽しかったよ」
ユウキはホットココアを両手で持ち、満足した様子で返す。
「また、行こうね。もう5時半か、そろそろ部屋に戻るかな」
(ユウキ寝癖の事を気にしてるみたいだし、他の生徒に見られたら可愛そうだしね)
マオはペットボトルを持って立ち上がった。
「うん」
(もう少しだけ一緒にいたかったな)
ユウキも空になったコップを持って立ち上がる。
「じゃ、また朝食の時間に!」
マオはユウキに右手を挙げ、自室に向かって歩き出す。
「うん、またね」
ユウキはマオに手を振る。
「…………」
(新しいパジャマ買わないと)
マオが階段を上りきった後、ユウキは自分の着ているパジャマを見て心の中で呟いた。
AM8時20分 学生寮1階 フードコート
「今日、なんか予定あるか?」
猛は、ミートソースのパスタを右手で持ったフォークでくるくると巻きながら話す。
「俺は特に無いな」
晋二は味噌ラーメンの入った、どんぶりの上に箸を置き答える。
「俺も」
マオは唐揚げ定食を食べる手を止めて答える。
「私も無いよ」
ユウキはフレンチトーストをナイフとフォークで切る手を止めて答える。
「おお、マジか!! だったら今日は、一緒に体育館の格技場へ行かないか?」
テンションが上がった猛は勢いよく話す。
「いいよ! 俺も体動かしたかったし」
猛の提案に晋二は快く頷く。
「俺も構わないよ」
「うん」
マオとユウキは同時に頷く。
「じゃあ、決まりだな。10時に任務服に着替えて格技場な!」
猛は、そう話すと残ったパスタを勢いよくかき込んだ。
「早いね」
9時50分に格技場に入った特別筆頭司書長の制服姿のマオは、既に到着していたユウキに感心した様子で話し掛ける。
「昨日は、私が遅くなって待たせてしまったから、今日は少しだけ早く出たの」
司書の制服姿のユウキは照れたように笑う。
「集合時間には間に合ってたし、そこまで気にする必要はないと思うよ」
(やっぱり、ユウキって律儀だよな)
マオは優しく笑う。
「うん、ありがとう」
ユウキはクスリと笑う。
「おおす!」
「お待たせ!」
9時55分 猛と晋二は2人仲良く格技場へ入って来た。
「おお、すげぇ空いてる! 貸切みたいだ!」
猛は嬉しそうに自分たち以外、誰もいない格技場を見渡す。
「そうだね。ここはいつも混んでるイメージがあったけど、さすが夏休みだね」
マオも改めて誰もいない格技場を見渡して目を丸くする。
「でっマオのその任務服って何だ? 晋二やユウキのと色が違うぞ?」
猛はマオの制服を不思議そうに凝視する。
「ああ、これは何と言うか。色々あって」
(正式発表があるまでは口止めされてるんだよな)
マオはバツの悪そうな表情をする。
「ふ〜ん。まあいいや!」
猛はマオの表情から何かを察し、深くは追求しなかった。
「それで、猛が俺たちをここに呼んだって事は、目的はもちろん」
晋二は真剣な目つきで猛に話し掛ける。
「話が早くて助かる。晋二、俺と組手をしてくれ」
猛は物凄い目力で晋二の顔を見る。
「いいよ。猛の4ヶ月間を俺に見せてよ」
「おお!」
晋二と猛は格技場の中央へ向かう。
「ルールは相手に負けを認めさせるか、相手の武器を破壊する事。武器は相手に打撲以上の怪我を負わせない物に限る」
マオは猛と晋二の間に入ってルールを説明する。
「わかった」
晋二は右手に短剣を創造した。
「おし! 一丁頼むわ!」
猛は両手に日本刀を創造して下段の位置で構える。
「はじめ!!」
マオの掛け声で組手が開始する。
「こいよ」
両者が互いを探り見合ったまま動かない中、晋二は猛に先手を譲る。
「じゃあ、遠慮なく」
猛は下段から突きを繰り出す。
「!?」
(くっ! これが本当に猛なのか!? 4月の時とまるで別人じゃないか)
晋二は無駄の無い洗練された動きと、一切の迷いなく首元を狙う猛の突きを右手の短剣で辛うじて受け流す。
「まだまだ!」
(さすが、晋二だ。これを躱わせる奴はクラスにはいなかった)
猛は若干笑みを浮かべ、日本刀を上段から振り下ろす。
「ぐっ!?」
(もう、力任せだけの剣じゃない。俺の動きを見て力の入れにくい箇所を的確に狙ってくる)
晋二は体制を崩しながらも受け流す。
「今度は、俺の番だ!」
晋二は猛に接近し早いテンポで攻撃を仕掛ける。
「速っ!」
猛は晋二の息つく暇のない猛攻に、日本刀をまるで体の一部のように扱い防いでいく。
(すごいな、右手しか使ってないとは言え晋二と互角に戦ってる。たった4ヶ月でここまで)
4月に初めて行われた実戦授業で晋二に手も足も出せず、完膚無きまでに叩きのめされている猛を見ていたマオは、猛の成長に驚愕していた。
(猛、すごい)
ユウキは夢中になって猛と晋二の戦闘を見ていた。
「おおお!」
晋二は猛の足元を狙い、低い姿勢で突進する。
「うぁ」
意表を突かれた猛は無理な体勢で晋二の攻撃を避ける。
「ここだぁ!」
晋二はバランスを崩した猛に向かい、短剣を真横に振り抜く。
「!?」
尻餅をついた猛は、ギリギリで反応し日本刀を盾にして攻撃を防ぐ。
(なっ!? 刀を手放した?)
次の瞬間、日本刀を捨てた猛に晋二は動揺する。
「はあああ!」
猛は尻餅をついたままの姿勢から、晋二の足元を狙って回転蹴りを繰り出す。
「がはぁ」
猛の回転蹴りが両足首に直撃し晋二はバランスを崩しその場で転ぶ。
「参った!」
立ち上がった猛は笑っていた。
「ええ?」
晋二は不満そうな表情で立ち上がる。
「これで十分だ。ありがと! 晋二もまだ本気を出していないようだし、続きは学園祭で」
猛は日本刀を拾い上げる。
「なるほどね、わかった。これで学園祭が、ますます楽しみになってきたよ」
晋二は納得した様子でコートに付いた汚れを払い落とす。
「じゃあ。次、マオいいかな」
猛はマオの方を見て話す。
「ああ! いいよ」
マオは晋二と入れ替わる様に猛の前に立った。
「じゃ、ルールはさっきと同じで。はじめ!!」
晋二の掛け声でマオと猛の組手が始まる。
「うおお!」
(マオの瞬間創造は、たしかに脅威だけど圧縮率が低い、今の俺が78%だから、確実にマオの武器を破壊できる。僅かな時間だがマオが武器を失った瞬間が唯一のチャンスだ)
猛は上段から日本刀を振り下ろす。
「……」
(本当に的確な狙いだ。一体、猛はどれだけの努力をしてきたのだろう)
マオは、猛の動きを冷静に見定め左腕を掴み一本背負いをした。
「がっ!!」
(なっ片手で俺を投げた!?)
猛は格技場の床に思い切り背中を打ち付けた。
「……」
(瞬間創造)
マオは右手にダガーナイフを創造し、猛に向かい振り下ろす。
(もらった。この角度なら俺の刀で、マオのナイフを防げる)
猛はマオの武器を破壊しようと、日本刀を盾にする。
「……」
マオのダガーナイフは猛の日本刀をあっさりと打ち砕き、刃先は猛の喉元に向けられていた。
「あっっあっっっっっあ」
(これが、マオの実力……すげぇーよ。格が違い過ぎる)
マオの圧倒的な強さに恐怖にも似た感情を覚えた猛は、声にならない声を出した。
「おつかれ!」
マオはダガーナイフをコートにしまい、猛に向かって右手を差し伸べる。
「サンキュー。やっぱマオはすごいわ。いつも俺の想像以上だもんな」
猛はマオの右手を掴み起き上がる。
「ありがとう。でも、猛もだよ。今日は本当にびっくりした」
マオは猛に笑顔を向ける。
「本当、本当。俺、途中まで負けると思ったからね」
晋二は頷きながら会話に入る。
「そんな煽てても何も出ないぞ」
猛はクスリと笑うと、マオと晋二も笑い出した。
「お疲れ様」
ユウキは歩いて来た3人にタオルを手渡す。
「サンキュー」
晋二はタオルで額の汗を拭く。
「おお! ありがと!」
猛はタオルで丸刈りの頭をゴシゴシと拭く。
「ありがとう」
マオは嬉しそうにタオルを受け取り顔を拭いた。
「会長〜!!」
「茂武サマ〜〜!」
「キャーーー! カッコいい!!」
マオたちが組手をしている最中に出来ていた、女子生徒30人ほどの集団から黄色い声援が聞こえる。
「ごめんね。今から実戦形式トレーニングをするんだ。少し離れてくれないかな」
(うっせなぁ。いつも俺の後を付け回しやがって)
茂武と呼ばれた少年は少し困ったように笑った。
ブルー系パステル色の短髪にすらりと伸びる手足、端整な顔立ちと華奢な茂武が人集りの中心にいた。
「きゃーーー! 今、笑ったわ!」
「はいはい〜 茂武サマの邪魔になるから下がりましょうね」
興奮した1人の女子生徒を他の女子生徒が後方へ引っ張る。
「うわぁ。てかいつの間に、あんな人集りが?」
猛は茂武の顔を見てあからさまに嫌そうな顔をする。
「あの真ん中にいる人は誰?」
晋二は猛に問い掛ける。
「ああ、晋二は転入生だから知らないか。あの人は茂武 謙太さん、夢図書館高等専門学校の生徒会長だよ」
猛は嫌そうな表情で答える。
「へぇ〜 あの人が生徒会長なんだ」
晋二は興味深そうに頷く。
「猛はあの人の事、嫌いなの?」
ユウキは不思議そうに話す。
「少し苦手なだけだ。あの人って、なんかいけすかないってか。なんて言うんだろう。とにかく苦手なんだ」
猛は困った様子で頭を掻く。
「でも、茂武会長は強いからね。1年の頃から飛び級の話が何度もあったけど、生徒会長をやりたいから断り続けてるって聞いた事があるよ」
マオは茂武を冷静に見る。
「そんなに強いの?」
「うん、去年の学園祭のトーナメント戦で当時2年生だった茂武会長は、3年生を全く寄せ付けない戦いで優勝しているんだ。それに学業も優秀で、司書志望のAクラスにいながら、総合テストで研究者志望のCクラスの生徒を抜いて1位を取ったりする程なんだ」
晋二の質問にマオは平然と答える。
「へぇ〜」
(マオがそこまで言うなんて)
晋二は少し驚いた様子で茂武を見る。
「そろそろ始まりそうだぞ。って3人!?」
一気に3人を相手するつもりの茂武を見て猛が驚愕する。
両手に鉄扇を創造している茂武の目の前には、3人の3年生と思われる男子生徒が立っており、ミドルブレードを装備していた。
「おい、本当にいいのか? 怪我しても知らないぞ」
茂武に対する男子生徒が心配そうに話す。
「大丈夫、全力できなよ」
(お前らのトロい攻撃が当たるか、バーカ)
茂武は余裕に満ち溢れた様子で答える。
「本人が言ってるんだ、行くぞ!」
別の男子生徒の一言を合図に3人は茂武を目掛け突撃する。
「うん、それでいい」
(才能の無いお前らは所詮、俺の引き立て役に過ぎないからな!)
茂武はまるで踊っているかのような滑らかな動きで、両手の鉄扇を繰り出し3人の武器を瞬時に破壊する。
「キャーーーー! 茂武サマ! カッコいい!」
「素敵! こっちを向いて!!」
周りの女子生徒は茂武の戦闘を見て歓声をあげる。
「くそ!!」
「3人がかりで手も足も出ないなんて」
「っく!!」
武器を失った3人は床に膝をつき悔しさを滲み出す。
「ありがとう。みんな、確実に強くなってるよ。この調子で2学期も頑張ろう!」
(うわぁ、雑魚……マジで洒落にならねぇつ〜の。こんなが俺と同じ3年生? 冗談じゃねぇよ)
茂武は笑顔のまま3人に右手を差し伸べる。
「ああ、ありがとう」
「……」
「すまん」
3人は茂武の右手を掴み、立ち上がる。
「ほんとにステキ!」
「学年主席で才能もあってカッコよくて優しい。やだ、茂武サマ完璧過ぎる!」
周りの女子生徒たちは茂武を見てうっとりとする。
「たしかに、生徒会長ってだけあって強いね」
晋二は茂武の動きを見て呟いた。
「そうだね」
マオは冷静に頷く。
「あれ? あそこにいるのは」
茂武は遠目に、格技場にいるマオたちを発見する。
「ちょっと、ごめんね」
茂武は周りの女子生徒に一声を掛けてからマオたちに向かって歩き出す。
「あれ? こっちに来たぞ?」
猛は歩いて来る茂武を見て目を丸くする。
「さっき、こっちを見ていたから」
ユウキは冷静に返す。
「やあ! 瑠垣君に五木君に相川さん。はじめまして、僕は生徒会長の茂武といいます。よろしくね」
(あんなクズどもと一緒にいるよりも、現役司書といた方が俺の特だっつ〜の)
茂武は爽やかな笑顔で自己紹介をした。
―――茂武 謙太 身長180cm 体重70kg 夢図書館高等専門学校の生徒会長、容姿端麗で眉目秀麗、教員や生徒からの信頼も厚く、女子生徒から絶大な人気がある―――
「よろしくお願いします」
マオは会釈する。
「こちらこそ」
晋二は平然と返す。
「よろしくお願いします」
ユウキもマオ同様に会釈をした。
「まずは、お礼を言わないとね。5月の校内ランクC事件で学校を守ってくれて本当にありがとう。俺はあの時、見ている事しか出来なかったから、その悔しさを胸に今も頑張ってるよ」
茂武は切なそうに話した。
「いえ、僕らは当たり前の事をしただけです」
晋二は平然と返す。
「おお! 頼もしいよ! それにしても、あの時の瑠垣君にはびっくりしたな! 瞬間創造だっけ? あんなの聞いた事もなかったよ」
(このガキ、俺が下手に出れば調子こきやがって。テメェは大して活躍してねぇだろうが)
茂武は晋二からマオに目線を変えて話し始めた。
「ありがとうございます」
マオは軽く頭を下げる。
「僕の生徒会長任期が2学期で終わるんだ。そうしたら、5年生に飛び級する予定だから、そうなったら先輩司書として色々教えてよ」
(お前らなんざ、すぐに追い抜いてやるよ)
茂武はニッコリと笑った。
「はい」
マオは呆然と返事をする。
「じゃまたね!」
茂武は手を振ってマオたちから離れていった。
「俺は無視かよ」
茂武が女子生徒の集団を引き連れ格技場を後にした直後、猛はぼそりと呟く。
「猛の言ってた事の意味が少し分かったわ。俺もあの人苦手だな」
晋二は不機嫌そうに話す。
「多分、あの人は本心を話していない」
ユウキは冷静に話す。
「俺も、話したのは今日が初めてだけど、ちょっとね」
マオは引きつった笑顔を浮かべる。
「瑠垣マオ様……」
格技場の物陰から1人の女子生徒がマオを見ていた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
次回投稿は2月15日です!




