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私たちの未来

 パチパチパチパチ。

 拍手の音に、二人の世界から引き戻される私と徹平くん。

「未来が変わりました。ありがとうございます」

 そう言いながら猫山は何やら機械を取り出して確かめています。

「本当?」

「はい。学生結婚ルートに入れたようです」

「よかっ……」良かった、と言おうとして、様子がおかしいことに気づきます。「ねえ、その足、どうしたの?」

 猫山の足元が、半分透けて見えます。

「歴史が変わったので、私は消えるんですよ」

 至極当然のように、事務的に、猫山は答えました。

「どういうこと……?」

「徹平様は我々バイオロイドの核となる研究にも関わっていたので、存在しないことになるんです」

「そんなこと聞いてないよ!」

 取り乱す私を、徹平くんは不安げに見つめます。

「もとより、覚悟のうえで私はここへ送り込まれたのです。我々バイオロイドはすべてこの世からも未来からも消えるのです」

「すべて?」


 背筋がゾクリとします。

 猫山たちは、徹平くんだけを犠牲にしようとしたわけではなくて――。

 大好きな日本人にもう二度と会えなくても、それでも救いたいと――。


「我々の存在などどうでもいいのです。そもそも、処分されていてもおかしくなかったのですから」

「え?」

「なぜ日本だけでその死の病がそこまで蔓延したと思います?」

「え……」

「私たちが、ただの愛玩用人型ペットだったからです」


 猫山は語りました。

 死の病は人間だけではなく、バイオロイドも感染していた。バイオロイドは人間と違ってウィルスキャリアでも命に別状はなかったため、感染に気づくのが難しい状態だった。

 治療方法がない中、世界中でバイオロイドの生産と出荷は即刻中止され、速やかに回収処分されていったが、日本だけはバイオロイドの人権問題がどうのこうのと揉めてしまった。ただのロボットではなく、家族のように思っている人が多すぎた。そのために対応が後手後手になり、拡散が食い止められず、気が付いたら死の国となっていた。

 隔離され集められたバイオロイドたちで話し合い、ただ人間の決定を待つのではなく、自分たちで世界を変えることを決めた。そして、最後の新品だった猫山がこの時代に送り込まれたと――。


「私たちの存在も、問題を大きくした一因なんですよ」


 私はただ、呆然としながら聞いていました。

 存在などどうでもいい?

 猫山の、優しかったぬくもりを思い出します。

 あれを必要としていた人たちがいたであろうことを思います。

 これじゃあたとえ未来の日本人の命は救われても、心が救われない人たちがたくさんいるんじゃないの? 

 ……そんなのってないよ!!


「さようなら、小春様、徹平様。お世話になりました」

 そう言うや否や、猫山の姿がその場からフッと消え失せました。

「猫山……!」

 心の準備もする間もなく、こんな簡単に消えてしまうなんて。

「小春、これはいったい?」

 困惑した様子の徹平くんに問いかけられます。

「徹平くん、あのね……」 

 



 徹平くんに向き合い、今までのことを説明しようとした瞬間、視界の端で何かが強く光りました。

 眩しさが落ち着くと、そこには真新しいキラキラとしたスーツに身を包んだ猫山が立っていました。

 ……えっ? 猫山?


「……ただいま戻りました」

「ど、どうしたの?」

「いえ……どうも予想していた計算と違う未来になったようです」

「えっ!ダメになっちゃった!?」

「いえ、日本は救われました。第一の目的は果たせました」

 猫山は謎の機械で映像を空に結んで、なにやら確認しながらつらつらと語ります。

「そして例の問題の研究ですが、20年遅れで開発するのが徹平様になったようです。いろいろ一段落したのちにまた研究室に戻るようです。人生で成し遂げることに変わりはありません。どこかの女ではなく小春様と結ばれたこと、そしてそこまでの経緯によりだいぶルートが変わったようですね。計算外でした」

「よ、よかったあ……」

 ほっと胸をなでおろします。

 未来が救われた上に徹平くんが大好きな研究もできたなんて、これに勝ることはありません。

 しかもそれが私とくっついたからだなんて、嬉しすぎます。

「そして徹平様は、我々に関する研究も開発してくれたようです。20年遅れで。ここをひっぱって、ご覧ください」 

 スーツについた弁のようなものを指す猫山。

「ここ? なんだこれ?」

「て、徹平くんそれは……!」

 私が止めるより早く、好奇心に突き動かされた徹平くんによって、ちゅるっと全身スーツが剥けました。

 あまりのことに愕然として固まっている徹平くんをよそに、猫山はわき腹を私たちに見せつけてきます。

「あ。刻印の製造年月日が20年後になってる」

 猫山との生活にすっかり慣れたせいか、美青年の身体を割と冷静に見てしまった私。驚いた徹平くんが目を剥きます。

「スーツもパール状ではなくホログラムに光ってます。ほら」

 切れ端をひらひらとさせる猫山。

「間違い探し!?」

 思わずつっこんでしまいました。

 徹平くんは状況に置いて行かれて呆然としたままです。


 え……ええと……。なんでしょう、これ?


「と、とりあえずめでたしめでたし、なのかな?」

 場をまとめようとする私です。

「猫山はこれからどうするの?」

「すっぱり消えるつもりだったので、帰りのことは考えていませんでした。よって帰還する手段がありません」

 大真面目な顔で返してくる猫山。

 え、ええ~……。

「私のご主人様はここにいるので、死の未来が変更されても私はここにいるのが正しいのかもしれません」

「そういうもの? それじゃうちに住み続けるの?」

 嬉しいような、困るような。

「まあ、今のご主人様は徹平様ですが」

「えっ!? 僕!?」

 不意打ちに慌てる徹平くん。

 そうでした。人型ペットにとってスーツはラッピングであり、商品を開封した人のものになるのでした。

「というわけで、これから徹平様のところでお世話になります。改めまして、未来から来た愛玩用人型ペットです。よろしくお願いいたします」

「いやいやいやいや! 困るから!」

「徹平くん、これ、捨てたり出来ない仕組みなの……。私も大変だったんだから……」

「まじで」

 顔を引きつらせる徹平くん。空を仰ぎ、次に猫山を見つめを何度も繰り返します。

「ふ、複数入居可の物件を探しに行くか……」

「えっ。徹平くん、引っ越しちゃうの?」

「こんなの、ペットで通じるわけないだろう。うちは二人入居は不可なんだ」

 そりゃ、真面目な徹平くんはそう言うだろうけど。

 でも、それじゃあもうお隣には住めないの?

 一度に徹平くんも猫山も失うなんて、ちょっと寂しすぎます。

「でもな~……ご両親から小春のことを任されてるからなあ……。家賃も上がると困るし……」

「そ、そうだよ! 勝手に引っ越さないでよ」

 必死に食らいつく私。

「じゃあ……」

 徹平くんは少し逡巡したのち、照れくさそうにぽつりと言いました。


「小春も一緒に住む?」


 その言葉に、徹平くんと私は二人同時に顔を耳まで真っ赤にしました。


 しらじらと夜が明けはじめます。

 猫山は日の昇る方を見て、大きくあくびをしつつ言います。

「何をいまさら。もうすぐ結婚するんでしょう?」

「口実にさせて!!」



 新しい生活と新しい未来が、ここから始まるみたいです。





END

何とか完結することができました。

読んでくださった皆さんに感謝します。

感想を頂けるととても嬉しいです。

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