第36話
一ヶ月――それは、隕石の残魂が銀河を旅するような一瞬にも等しい時間だった。
だが、新日本国の空には、風影事件の傷跡が深く刻まれていた。
侍忍学校の校門は、鉄の門翼を固く閉ざし、三重の警備網が張り巡らされていた。
かつての喧騒は失われ、生徒たちの足音はまばらで、重く、互いの視線を避けるように響いた。
マシロがキラリの隣でため息をつき、低く呟いた。
「……なんか、歩くのも気まずいよな」
七国評議会が、学校を静かな前線に変えていた。
荒野の国の中立地で開かれる首脳会談は、クラノの返還を餌に、キラリの身柄を巡る綱引きの始まりを告げようとしていた。
キラリは、石垣に寄りかかり、遠くの山並みを睨んでいた。
事件以来、学校の空気は淀み、他国生徒の影が薄れていた。
霧の生徒たちは、疫病神のように扱われていた。
トモエでさえ、食堂の隅で陰口を叩かれる日々を送っていた。
トモエが後ろから近づき、肩を叩いてきた。
「キラリ、さっき食堂でまただよ。『あいつも、絶対共犯だろ』ってさ。俺、笑って誤魔化したけど……いつまで続くんだろうな」
民の国生徒はもっと惨めで、寮の共同浴場でさえ避けられた。
一人の生徒は、事件後、刀を捨てて「帰国」を申請したが、拒否され、孤立の闇に沈んだ。
キラリが石垣から体を起こし、トモエとマシロに視線を向けた。
「……彼、昨日も一人で道場にいたよ。俺たち、もっと声かけないと。みんな、傷ついてるんだ」
学校の人口は二割減り、彼らは「共犯者」の烙印を押され、合同訓練から外された。
亀裂は、単なる外交の綱引きではなく、若者たちの心をも切り裂いていた。
キラリ班の面々は、いつものように円陣を組んでいた。
トモエの黒髪が風に揺れ、マシロの掌に微かな炎の残光が灯り、レヴナの拳が砂を軽く叩き、タケツの巨体が控え、テラサの気光の糸が空気を震わせた。
彼らは、苦しい中でも、着実に成長を重ねていた。
「――侍刀技『炎壁波』!」
マシロの叫びが、響き渡った。
掌から放たれた赤い奔流が、砂地を焦がし、仮想の敵を焼き払った。
一ヶ月前なら、胆力の枯渇で膝をついていた技が、今は三連続で放てるほど制御されていた。
「どうだ、キラリ! この目覚ましい成長を!」
トモエは、素早く動き、マシロの炎を避けながら短刀を閃かせた。
「――忍法『影纏』!」
残像が砂地を滑り、仮想の影を切り裂いた。
血の脆さを克服すべく、夜毎の瞑想が実を結び、彼女の動きは一ヶ月前より速くなっていた。
「マシロ、俺に当ててから喜びな!」
レヴナは、拳を握りしめ、砂を蹴って突進した。
「旦那様! 俺にも撃ってくれよ!」
雪の国の体術が、炎の壁を突破し、トモエを押し返した。
タケツは巨体を盾に立ち、テラサの気光の糸を援護に織り交ぜた。
二人はクラノの不在を胸に、連携を磨いていた。
キラリは、中央で刀を構え、光の手を微かに灯した。
青白い気光が、仲間たちの技を優しく受け止めた。
キラリは着実に成長していた。
「みんな……ありがとう。今日も、よくやったな」
円陣を解き、砂地に座り込む面々。
息を整え、互いの傷を気遣った。
トモエが水筒を回した。
「ほらっ、お前だってよくやってるよ」
マシロが笑った。
「次は俺の新技、試すか?」
レヴナが拳を突き上げた。
「負けねえよ!」
タケツとテラサが頷き合った。
「クラノ様の分まで……」
この絆は、着実に強さを増していた。
一ヶ月で、班はただの味方から、家族のような存在へ変わっていた。
夕陽が石垣を赤く染める頃、キラリは立ち上がり、仲間たちを一瞥した。
評議会は迫ったが、キラリの瞳には新たな光が宿っていた。
息を深く吸い、ゆっくりと告げた。
「みんな……俺は、自分の国を作ることを目指す。七つの均衡が崩れるなら、八人目の魂で、新しい秩序を築く。痛みも、棘も、すべてを糧に――クラノを連れ戻し、誰もが守られる国を、俺達たちで一緒に」
仲間たちの眼差しが、輝いた。
トモエの微笑が広がり、マシロの拳が握られ、レヴナの咆哮が上がり、タケツとテラサの涙が零れた。
宴は終わりを告げ、新たな旅路がゆっくりと幕を開けた。
キラリの光の手が、仲間たちを優しく包み込んだ。
星屑のように、未来を照らし始めた。




