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エアリス編 第十章 梅の花の能力の修練③ リジェレネイトヒーリング

 しかし、運命は非情だった。その後も数日間修練を続けたが、大神官も糸口が見出せず、大神官との「調律魔術:ハーモニック・リコンストラクション」の試行錯誤は、厚い壁に突き当たっていた。既存の魔術の組み合わせでは、あの「梅の花」を再び引き出すことさえままならない。


俺は聖位の癒し魔術、リジェレネイトヒーリングの習得の最終段階にいた。何度も何度も繰り返し、大きな淡い光が傷や病の箇所を癒していく。5属性上位、聖位に到達している魔術は一つもない。聖位の癒し魔術は俺にとって未知の領域の魔術であった。聖位の魔術は、上位まで魔術に比べて、魔力を膨大に消費して、魔術を制御するのも難しい。ましてや発動の瞬間は少し集中が途切れただけでも失敗してしまう。俺は何度もそれを繰り返して、その失敗の中から、神官に指導を受けて、聖位n癒し魔術、リジェレネイトヒーリングに辿りつこうとしていた。

それは、ある小さな女の子が、道を渡っていて馬車に轢かれたという、残酷な光景であった。しかし、幸いにも命に別状はなかった。しかし、傷はかなり深い。その少女が意識朦朧の中「痛いよ、助けて」という言葉とその少女にエアリスを重ねて見えてしまっていた。俺は必死に集中し、そのエアリスに重ねた少女に、聖位の癒し魔術、リジェレネイトヒーリングを施した。その癒しの光は淡く優しい、しかし大きく力強かった。少女の傷は瞬く間に消えて、少女は痛みから解放された。そう、俺は聖位の癒し魔術、リジェレネイトヒーリングに成功したのだった。少女は癒し魔術直後ということもあり、しばらく自宅で安静にしながら大聖堂に通うことになった。俺はそこでリジェレネイトヒーリングの感覚を掴み、それから何度となく成功させて、リジェレネイトヒーリングを習得した。


一方、調律魔術は、進展がなかった。リジェレネイトヒーリングは習得できたが、「調律魔術:ハーモニック・リコンストラクション」は兆しすら見えなかった。俺はエアリスを救うために調律魔術をどうにか開花させるべく、大聖堂で修練しているが、何の手掛かりもつかめない。俺は前が見渡せないことに焦りと不安を感じていた。

大神官様が、俺の魔力回路がまだ五歳の幼い肉体によって制限されていることを危惧していた。そして何より、俺自身の心が、ルゼリアで消えゆく友人を想うあまり、平穏な「祈り」を失い始めていたのだ。

 「ルーメン君。今は一度、戻るべきかもしれません」

 大神官の言葉に、俺は強く反対しようとした。けれど、背後からリリィ先生が諭すように言った。

 「両親も心配するでしょうから、ルーメン君もまだ5歳ですし、ここは大神官様のいう通り、一旦家に帰って体を休めたほうがいいと思います」

 俺はリリィ先生の言葉に納得し、リリィ先生がルゼリアに行くのに同行して、家に帰った。

 イーストレイクの城壁を離れ、再び馬車に揺られる帰路。行きと同じ道のはずなのに、僕の心象風景は全く違っていた。初めての街、初めての魔物、そして「聖位」という高みへの到達。多くのものを得たはずなのに、僕の手の中に残っているのは、エアリスの「助けて」という消え入りそうな声の残響だけだった。

 窓の外、懐かしいルゼリアの丘が見えてくる。家に帰ると、両親とセリナとエレナが迎えてくれた。玄関を開けた瞬間、暖かい光とスープの香りが僕を包んだ。短い間だったけど、とても長い時間に感じた大聖堂での修練。

 母リオラが泣きながら俺を抱きしめ、父ランダルがその大きな手で俺の肩を叩く。セリナとエレナが僕の周りを跳ね回り、俺がいない間に起きた些細な出来事を一斉に話し始める。家族の時間はとても暖かかった。

 

 けれど、その暖かさが、俺の中の「抗うべき理由」をより鮮明に浮き彫りにした。この平穏を守るために。この輪の中に、あの風のように消えゆくエアリスの姿を再び呼び戻すために。

 俺は家族の輪の中で、そっと自分の右手を握りしめた。イレンティア大聖堂で習得した「リジェネレイトヒーリング」の清冽な魔力が、僕の意思に応えて静かに、けれど力強く脈打っていた。



 ルゼリアの夜は、イレンティア大聖堂の鋭い静寂とは異なり、虫の音や木々のざわめきが優しく家を包み込んでいた。食卓には母さんが腕を振るった温かな料理が並び、家族全員が俺の帰還を祝ってくれている。湯気の向こう側にある笑顔は、俺がこの二度目の人生で最も守りたいと願った宝物そのものだった。

 けれど、父さんだけは、俺の瞳の奥に淀む小さな影を見逃さなかった。

 父さんが「ルーメン、教会の修練は大変だっただろう、ゆっくり休みなさい。それと、聞きにくいんだが、エアリスちゃんは助け出せそうなのだろうか、父さんもエアリスちゃんの姿を全然見られていないんだよ」

 父ランダルの声は、気遣いと、同時に村の自警団の一員として事態を重く見る真剣さを帯びていた。俺は持っていたスプーンを一度置き、イーストレイクでの日々を振り返りながら、慎重に言葉を選んだ。

 「大変だったけど、色々と教えてもらったよ、癒し魔術も聖位まで習得できたし。悔しいけど、エアリスを助け出す方法は見つからなかったよ」

 「聖位」という言葉が漏れた瞬間、食卓の空気が一変した。魔術を嗜む者であれば、それがどれほど常軌を逸した到達点であるかがわかるからだ。



 母さんが「癒し魔術の聖位まで習得したの、母さんでも上位なのに、すごいわ。

 母リオラは、驚きのあまり口元を両手で覆った。彼女はこの村でも優れた治癒術師として知られているが、その彼女でさえ、上位の「ブライトヒーリング」を維持するのが精一杯なのだ。五歳の息子が、欠損再生さえ可能にする「リジェネレイトヒーリング」を操ると知り、その誇らしさと同時に、そこに至るまでの過酷な修行を想って瞳を潤ませた。

 「……本当に、頑張ったのね、ルーメン。エアリスちゃんのことは残念だけど、私たちも協力するから、解決の糸口を見つけていきましょう」

 母さんの言葉は、僕の焦燥を優しく溶かしていくようだった。一人で背負う必要はない。この家族という後ろ盾があるからこそ、僕は再び前を向けるのだ。



 重苦しくなりかけた空気を吹き飛ばしたのは、やはりセリナ姉さんだった。

 セリナは「ルーメンの魔術めきめき上達してるじゃない、すごいね、私は魔術はいまいちだけど、剣術ならルーメンに負けないわ、毎日父さんに習ってるんだもん、今度勝負しましょう」

 姉さんは立ち上がり、ほうきを剣に見立てるような仕草で笑った。彼女の純粋な闘争心と明るさは、僕にとって何よりの救いだ。前世では味わえなかった「兄弟との競い合い」。僕は少しだけ口角を上げ、挑発に乗ることにした。

 「剣術か~、セリナ姉には勝てる気がしないけど、勝負は受けて立つよ」

 そのやり取りを見ていた幼いエレナも、負けじと小さな拳を突き上げる。

 エレナは「私も早く学校行ってセリナ姉やルーメン兄に負けないぐらい強くなるもんね」

 家族全員の笑い声が、リビングに響き渡る。

 楽しく家族で食卓を囲んだ。



 食後の片付けを終え、僕は一人、自室の窓辺で月を見上げていた。

 聖都で習得した「聖位」の癒やし。けれど、それがエアリスの「魔石による暴走」という不条理を前にしては無力であることを、僕は知っている。

 右手の掌を広げると、月光に照らされて、あの「梅の花」の輪郭が浮かび上がるような錯覚に陥った。

(リジェネレイトヒーリングは、肉体を再生させる。でも、エアリスに必要なのは、彼女を取り巻く、世界の歪み、そのものの修復だ……)

 大神官と共に模索した「ハーモニック・リコンストラクション」

 今はまだ、その術式の端くれさえも掴めていない。けれど、家族の温もりの中で、僕の魂はかつてないほど澄み渡っていた。

 「待ってて、エアリス。次は必ず、君の『助けて』という声に、僕のこの手で応えてみせる」

 五歳の少年の瞳には、もはや迷いはなかった。ルゼリアの穏やかな夜、ルーメン・プラム・ブロッサムは、神童としての次なる覚醒を静かに誓う。

 家族の愛を糧に、彼は再び、世界の理を書き換えるための茨の道へと歩み出すのだった。


最後まで読んで頂きありがとうございます


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