エアリス編 第十章 梅の花の能力の修練③ リジェレネイトヒーリング
しかし、運命は非情だった。
その後も数日間修練を続けたが、大神官も糸口が見出せず、
大神官との「ハーモニック・リコンストラクション」の試行錯誤は、厚い壁に突き当たっていた。既存の術式の組み合わせでは、あの「梅の映像」を再び引き出すことさえままならない。大神官は、僕の魔力回路がまだ五歳の幼い肉体によって制限されていることを危惧していた。
そして何より、僕自身の心が、ルゼリアで消えゆく友人を想うあまり、平穏な「祈り」を失い始めていたのだ。
「ルーメン君。今は一度、戻るべきかもしれません」
大神官の言葉に、僕は強く反対しようとした。けれど、背後からリリィ先生が諭すように言った。
「両親も心配するだろうからということで、リリィ先生がルゼリアに行くのに同行して、家に帰った。」
イーストレイクの城壁を離れ、再び馬車に揺られる帰路。
行きと同じ道のはずなのに、僕の心象風景は全く違っていた。
初めての街、初めての魔物、そして「聖位」という高みへの到達。多くのものを得たはずなのに、僕の手の中に残っているのは、親友の「助けて」という消え入りそうな声の残響だけだった。
窓の外、懐かしいルゼリアの丘が見えてくる。
家に帰ると、両親とセリナとエレナが迎えてくれた。
玄関を開けた瞬間、暖かい光とスープの香りが僕を包んだ。
短い間だったけど、とても長い時間に感じた教会での修練。
母リオラが泣きながら僕を抱きしめ、父ランダルがその大きな手で僕の肩を叩く。セリナ姉とエレナが僕の周りを跳ね回り、僕がいない間に起きた些細な出来事を一斉に話し始める。
家族の時間はとても暖かかった。
けれど、その暖かさが、僕の中の「戦うべき理由」をより鮮明に浮き彫りにした。この平穏を守るために。この輪の中に、あの赤紫色の髪の少女を再び呼び戻すために。
僕は家族の輪の中で、そっと自分の右手を握りしめた。
聖都で習得した《リジェネレイトヒーリング》の清冽な魔力が、僕の意思に応えて静かに、けれど力強く脈打っていた。
ルゼリアの夜は、聖都の鋭い静寂とは異なり、虫の音や木々のざわめきが優しく家を包み込んでいた。食卓には母さんが腕を振るった温かな料理が並び、家族全員が僕の帰還を祝ってくれている。湯気の向こう側にある笑顔は、僕がこの二度目の人生で最も守りたいと願った宝物そのものだった。
けれど、父さんだけは、僕の瞳の奥に淀む小さな影を見逃さなかった。
父さんが「ルーメン、教会の修練は大変だっただろう、ゆっくり休みな。それと、聞きにくいんだが、エアリスちゃんは助け出せそうか、父さんもエアリスちゃんの姿を見られていないんだ」
父ランダルの声は、気遣いと、同時に村の自警団の一員として事態を重く見る真剣さを帯びていた。僕は持っていたスプーンを一度置き、イーストレイクでの日々を振り返りながら、慎重に言葉を選んだ。
「大変だったけど、色々と教えてもらったよ、癒し魔術も聖位まで習得できたし。でも、エアリスを助け出す方法は見つからなかったよ」
「聖位」という言葉が漏れた瞬間、食卓の空気が一変した。魔術を嗜む者であれば、それがどれほど常軌を逸した到達点であるかがわかるからだ。
母さんが「癒し魔術の聖位まで習得したの、母さんでも上位なのに、すごいわ。
母リオラは、驚きのあまり口元を両手で覆った。彼女はこの村でも優れた治癒術師として知られているが、その彼女でさえ、上位の「ブライトヒーリング」を維持するのが精一杯なのだ。五歳の息子が、欠損再生さえ可能にする「リジェネレイトヒーリング」を操ると知り、その誇らしさと同時に、そこに至るまでの過酷な修行を想って瞳を潤ませた。
「……本当に、頑張ったのね、ルーメン。エアリスちゃんのことは残念だけど、私たちも協力するから、解決の糸口を見つけていきましょう」
母さんの言葉は、僕の焦燥を優しく溶かしていくようだった。一人で背負う必要はない。この家族という後ろ盾があるからこそ、僕は再び前を向けるのだ。
重苦しくなりかけた空気を吹き飛ばしたのは、やはりセリナ姉さんだった。
セリナは「ルーメンの魔術めきめき上達してるじゃない、すごいね、私は魔術はいまいちだけど、剣術ならルーメンに負けないわ、毎日父さんに習ってるんだもん、今度勝負しましょう」
姉さんは立ち上がり、ほうきを剣に見立てるような仕草で笑った。彼女の純粋な闘争心と明るさは、僕にとって何よりの救いだ。前世では味わえなかった「兄弟との競い合い」。僕は少しだけ口角を上げ、挑発に乗ることにした。
「剣術か~、セリナ姉には勝てる気がしないけど、勝負は受けて立つよ」
そのやり取りを見ていた幼いエレナも、負けじと小さな拳を突き上げる。
エレナは「私も早く学校行ってセリナ姉やルーメン兄に負けないぐらい強くなるもんね」
家族全員の笑い声が、リビングに響き渡る。
楽しく家族で食卓を囲んだ。
食後の片付けを終え、僕は一人、自室の窓辺で月を見上げていた。
聖都で習得した「聖位」の癒やし。けれど、それがエアリスの「魔石による暴走」という不条理を前にしては無力であることを、僕は知っている。
右手の掌を広げると、月光に照らされて、あの「梅の花」の輪郭が浮かび上がるような錯覚に陥った。
(リジェネレイトヒーリングは、肉体を再生させる。でも、エアリスに必要なのは、彼女を取り巻く、世界の歪み、そのものの修復だ……)
大神官と共に模索した「ハーモニック・リコンストラクション」
今はまだ、その術式の端くれさえも掴めていない。けれど、家族の温もりの中で、僕の魂はかつてないほど澄み渡っていた。
「待ってて、エアリス。次は必ず、君の『助けて』という声に、僕のこの手で応えてみせる」
五歳の少年の瞳には、もはや迷いはなかった。ルゼリアの穏やかな夜、ルーメン・プラム・ブロッサムは、神童としての次なる覚醒を静かに誓う。
家族の愛を糧に、彼は再び、世界の理を書き換えるための茨の道へと歩み出すのだった。
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