↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
442/442

学院3年ソアラ編 第八十七章 ソアラの魔導具師⑦ 報われない努力

私は席へ戻ると、すぐに一つ目の聖光石を手に取りました。

落ち着かなければいけません。泣いている場合ではありません。今必要なのは、謝ったことを後悔することでも、先輩の言葉に傷ついたまま立ち止まることでもなく、目の前の不具合を直すことでした。

けれど、そう頭で分かっていても、身体の方は思うようには動いてくれません。指先には余計な力が入っていましたし、視界の端はまだ少し熱を持っていました。私は一度だけ深呼吸をして、それから机の上へ設計図と聖光石を並べ直しました。順番を間違えないこと。焦って雑に扱わないこと。そう自分に言い聞かせながら、修正のための作業へ入ります。


聖光石の修正は、ただ付け足せば済むものではありません。問題があるのは接合部分ですから、そこへ辿り着くまでに、一度組み上げたものを慎重にほどいていかなければなりません。分解と言っても、乱暴に外せば魔石そのものを傷めますし、回路まで駄目にしてしまうこともあります。やっと作り上げたものを、自分の手で崩していく。その感覚は、思っていた以上に苦しいものでした。


一つ目を分解している間、私はずっと息を詰めていました。少しずつ。壊さないように。でも、遅すぎてもいけない。

その両方を同時に守ろうとすると、手元にばかり意識が集まって、肩も首もどんどん固くなっていきます。接合部分へ辿り着いた時には、もう指先の感覚が少し鈍くなっていました。それでも、ここで雑にやれば全部が終わります。私は設計図の注意書きを何度も見返しながら、先ほど教えられた通りの魔力の込め方を、今度は慎重すぎるくらい確かめました。


一つ終わった時、ほっとするより先に、あと十九個あることを思い出しました。

胸の奥が、少しだけ重くなります。一つずつやるしかありません。分かっているのに、数の多さがそのまま不安として積もっていくのです。

それでも、私は次の聖光石へ手を伸ばしました。一つ目より二つ目。二つ目より三つ目。少しずつ手順は身体へ馴染んでいくはずでした。けれど、修正作業は最初の制作とは違います。既に完成させた形を壊し、問題の箇所だけを直して、また元の均衡へ戻さなければならない。最初から作る時よりも神経を使うように感じました。どこまで力を入れていいか、どこで止めるべきか、少しでも判断を誤れば取り返しがつかなくなる。その緊張が、作業をするたびに私の身体を内側から固くしていきました。


工房の中では、他の人たちがいつも通り働いていました。

誰かが話す声。道具の触れ合う音。紙をめくる音。それらは確かに近くで鳴っているのに、私には遠く感じられました。私は自分の机の上だけを見ていましたし、誰も私の方を見ていないようでいて、でも本当は見られているような気もしました。余計なことは考えない方がいいと分かっているのに、一度そう思ってしまうと、どこかで誰かの視線を感じてしまうのです。


補助役の先輩は、もうこちらへ来ませんでした。他の仕事があるから、という言葉の通り、自分の持ち場で別の作業をしていました。私は途中で何度かそちらを見ましたが、また聞きに行こうとは思えませんでした。聞いたとしても、また叱られるだけかもしれない。あるいは、今度はもっと強い言葉が返ってくるかもしれない。そう思うと、足が動かなかったのです。

だから私は、設計図に書かれていることと、今の手元だけを信じることにしました。考えて、確認して、手を動かす。その繰り返しだけです。


時間が経つにつれて、窓の外の明るさが落ちていきました。工房の灯りが強くなり、机の上に落ちる影が濃くなります。周りの人たちも、一人、また一人と帰り支度を始めていました。けれど私は席を立てません。まだ今日の分として納得できるところまで進んでいなかったからです。

帰って休んだ方が、明日の手元は安定するかもしれません。

頭ではそう思います。でも、納期が迫っている以上、少しでも進めなければならない。その思いが、私を椅子へ縫い付けていました。


夜遅くまで残るようになってから、私は工房の静けさがあまり好きではなくなりました。昼間は音に紛れていた不安が、夜になるとはっきり聞こえてしまうからです。

間に合うでしょうか。また何か見落としていないでしょうか。今直しているこれで、本当に大丈夫なのでしょうか。そういう考えばかりが、静かな工房の中で大きくなっていきます。


私は時々、作業をしているふりをしたまま、数秒だけ手を止めました。肩が痛い。目も疲れています。魔力を込める加減を見続けているせいで、頭の奥までじんじんします。それでも、止まりたくありませんでした。止まってしまえば、その分だけ遅れが増えるからです。

一つ修正しては横へ置き、また次へ。慎重にほどいて、確認して、接合し直して、設計図と照らす。

その繰り返しの中で、私はだんだん、自分が何のためにここに座っているのか分からなくなりそうでした。認められたいと思って始めた仕事でした。役に立ちたいと思っていた仕事でした。なのに今は、ただ失敗を取り返すためだけに、夜遅くまで一人で机へ向かっている。

その事実が、少しずつ心を削っていきます。


それでも私は、やめませんでした。やめられませんでした。今ここで投げ出したら、本当に終わってしまう気がしたのです。聖光石の仕事だけではありません。工房で働くことそのものが、自分の手からこぼれていくような気がして、怖かったのです。

机の上に並ぶ修正済みの聖光石は、少しずつ増えていきました。

けれど、その数が増えても、安心は増えませんでした。終わりへ近づいているはずなのに、胸の中の重さは軽くならない。私はただ、遅い時間の工房で、一つ一つを丁寧に仕上げることだけにしがみついていました。それが、今の私にできる唯一のことだったのです。


修正作業に入ってから、時間の流れ方が変わってしまったように感じていました。

朝から机に向かい、設計図と聖光石を見比べながら、一つずつ慎重に直していく。昼になっても、夕方になっても、やっていることはあまり変わりません。変わるのは、身体の疲れと、心の余裕が少しずつ削れていくことくらいでした。

私は、できる限り急いでいました。けれど、急ぐことと雑にやることは違います。ここで焦って壊してしまえば、もっと時間がかかります。だから私は、怖いくらい慎重に、でも止まらないように手を動かし続けていました。

それでも、納期は待ってくれません。残りの日数を数えるたび、胸の奥がひやりと冷えました。一つ終えても、まだ次がある。二つ終えても、安心する前に残りの数が頭に浮かぶ。その繰り返しでした。


そんなある日、私は上司に呼ばれました。

名前を呼ばれた瞬間、胸の奥がぎゅっと縮むような感覚がありました。呼ばれる理由が、良いことでないのは分かっていたからです。修正が完了したという報告はまだできていませんし、納期が迫っていることは、私だけでなく工房の誰もが知っています。


私は手を止め、慌てて立ち上がりました。

少しだけ乱れていた髪を直し、エプロンの裾を整えてから上司のもとへ向かいます。歩いている間も、頭の中ではずっと同じことを考えていました。正直に言わなければ。今できているところまでを、ちゃんと伝えなければ。叱られるかもしれません。でも、嘘をついても仕方がありません。


上司の前に立つと、低い声で問われました。

「進捗状況は?」

たったそれだけの言葉なのに、私は一瞬、息を整えなければ答えられませんでした。

けれど、ここで詰まってはいけないと思い、すぐに口を開きます。


「二十個のうち、十二個は出来上がりました。あと残り八個です。頑張っていますが、必要なら徹夜してでも仕上げます」

自分の声が少しだけ硬くなっているのが分かりました。

必死でした。本当に、必死だったのです。数字をごまかさず、でもやる気がないと思われないように、今の自分に言える精一杯の言葉を選んだつもりでした。


けれど、返ってきた言葉は冷たく、短いものでした。

「これくらいもできないのか。仕事が遅すぎる」


その瞬間、胸の内側がずんと重くなりました。

これくらい。その言葉が、ひどく刺さったのです。

私にとっては、毎日遅くまで残って、一つずつ壊さないように直してきた重たい作業です。指先も肩も痛くなりながら、夜までかけて続けてきた仕事です。それが「これくらい」と言われてしまうと、自分が今までやってきたことが、急にとても小さく、価値のないもののように思えてしまいました。


私は何か言い返したかったわけではありません。でも、せめて、簡単ではないことだけでも分かってもらえたらと思っていたのかもしれません。けれど、そんな気持ちは口に出す前に潰れてしまいました。

上司は、そのまま補助役の先輩を呼びました。

その時点で、私はもう嫌な予感しかしていませんでした。けれど、どうすることもできません。私はその場に立ったまま、先輩が来るのを待つしかありませんでした。

補助役の先輩は、相変わらず落ち着いた顔でこちらへ来ました。私の方は見ません。まるで、ただ状況の確認に呼ばれただけの第三者みたいな顔をしています。そのことが、逆に怖かったです。


上司が言いました。

「状況はどう見ている?」

先輩は、少しも迷わず答えました。


「この子は、私の教えた通りにきちんとできていません」


私は思わず顔を上げました。

また、それを言うのですか。そう思いました。けれど、声にはできませんでした。

先輩はそのまま続けます。


「失敗は繰り返しますし、仕事も遅いです。私も手を焼いています」


一つ一つの言葉が、まるで私の上に積み上げられていくようでした。

失敗を繰り返す。仕事が遅い。手を焼いている。それらは全部、私という人間を説明する言葉みたいに響きました。

私は、ただ立っていることしかできませんでした。

違います、と言いたかったです。繰り返しているのではなく、直しているのです。遅いのではなく、壊さないように慎重にやっているのです。

手を焼いていると言うなら、最初からちゃんと教えてほしかった。そういう言葉が、胸の内側で何度も跳ね返りました。でも、口までは上がってきません。


周りにいた人たちの気配が、急に近くなったように感じました。

実際に全員がこちらを見ていたわけではないのかもしれません。けれど、私にはそう感じられました。誰かが聞いている。誰かが見ている。その中で、私は「仕事ができない子」として話されている。そのことがひどく恥ずかしくて、情けなくて、足元から冷えていくようでした。


上司は私を見ました。その視線に、もう期待はありませんでした。確認でも、様子見でもなく、判断を下す前の目でした。

「このままでは間に合わないな」

静かに、そう言われました。

私は、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がすっと空っぽになるのを感じました。間に合わない。その判断が、とうとう口に出されたのです。

私はまだ「徹夜してでも仕上げます」と言ったばかりでした。本当に、そのつもりでした。眠らなくても、休めなくても、とにかく終わらせなければと思っていました。でも、その意思は、ここでは何の重さも持たなかったのです。


その場の空気が、私にとってひどく息苦しいものになっていました。

私は責められているのに、上手く言い返すこともできない。

頑張っているつもりなのに、それを頑張りとして扱ってもらえない。

ただ遅い、ただ駄目だ、ただ使えない、そんなふうに形を決められていく感覚がありました。


言葉そのものより、その場で私だけが“駄目な側”に置かれていることが苦しかったのです。

上司も、先輩も、私をかばいません。むしろ、私が悪いという話だけが、滑らかに進んでいきます。

私はそこに立っているのに、まるで自分のいないところで自分の評価が決められていくようでした。


その時、私ははっきり分かってしまいました。今この場にある空気は、私の味方ではありません。

私がどれだけ頑張っているかも、どれだけ遅くまで残っているかも、ここでは何の意味も持たないのです。

必要なのは結果だけで、しかもその結果さえ、私一人の責任として処理されていく。そのことが、胸の奥をじわじわと冷たくしました。

私は何も言えないまま、その場に立っていました。ただ、早くこの時間が終わってほしいと、それだけを思っていました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。