表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/123

エアリス編 第十章 梅の花の能力の修練① 大聖堂での修練

第十章 梅の花の能力の修練


 イレンティア大聖堂の窓から差し込む朝陽は、ルゼリアの丘を照らすそれよりもどこか鋭く、荘厳な色を帯びていた。大気の端々に清冽な魔力が満ち、吸い込むだけで肺の奥が洗われるような感覚。けれど、僕の心は、故郷への郷愁と親友への焦燥で、千々に乱れていた。

 リリィ先生は再度大神官に俺のことをお願いし、帰って行った。

 馬車に乗り込む先生の、紺碧のローブが翻る背中を見送りながら、僕は胸の奥が少しだけチリつくような寂しさを感じていた。五歳の僕にとって、先生は魔道の導き手であり、この広大な魔都における唯一の拠り所だったからだ。けれど、先生の瞳に宿っていた「託す」という強い光が、僕をこの場に繋ぎ止めていた。僕は自分の小さすぎる掌を一度見つめ、大きく息を吸って、白亜の塔へと向き直った。

 大神官に挨拶に再度行き、明日からの修練の予定を伝えられた、

 大神官の私室は、朝の光の中でも重厚な静謐を保っていた。老いた賢者は、机の上に広げられた羊皮紙を指でなぞりながら、僕に課せられた過酷な日課を淡々と告げた。

 早朝の食事前に大聖堂で祈りの時間、朝食後は神官からの説法、昼食後主に癒し魔術の修練を神官と、そして大神官と調律再構築魔術の修練、夕食後は書籍を読みながら、調律魔術のヒントを探り、寝る前に再度大聖堂で祈りを捧げる。

 それは、遊び盛りの五歳児にはあまりに無慈悲な、そして前世の記憶を持つ僕にとっては、これ以上なく充実した「研鑽の檻」だった。

 「ルーメン君。あなたの内に眠る力は、まだ蕾の状態です。ここでの日々が、それを開花させるための土壌となるでしょう」

 大神官の問いに、僕は声を出さずに深く頷いた。



 翌日から修練が始まった、

 まだ夜の帳が降りている刻、石造りの床を裸足で踏み締め、僕は礼拝堂へと向かう。ひんやりとした冷気が肌を刺し、意識を強制的に覚醒させる。

 祈りに始まり、神官からの説法、

 若手の神官たちは最初、五歳の僕を物珍しそうに見ていたが、僕が一切の音を立てずに数時間の祈りを完遂する姿を見て、次第にその視線を「一人の修行者」への敬意へと変えていった。

 説法の時間は、僕にとってこの世界の構造を再定義する重要な講義となった。

 神官からは神の成り立ち・世界の成り立ち・魂の由来・魂の根源・祈ることの意味・癒し魔術の成り立ちとその効果・癒し魔術のかけ方とその効果を最大限に引き出す方法を学んだ。

 神官の声は、石造りの高い天井に反響し、僕の脳裏にこの世界の複雑な魔力循環図を描き出していく。

 「いいですか、ルーメン君。癒やしとは、単に傷を塞ぐことではありません。それは失われた魂の欠片を、本来あるべき座へと呼び戻す『調和』の儀式なのです」

 魂の由来――。前世の科学では説明のつかなかった精神の在り方が、ここでは魔学として体系化されていた。僕は貪欲にその知識を吸い込み、自分の内に流れる光魔術の質感を、より微細なレベルでコントロールする術を学んでいった。



 太陽が天頂を過ぎ、ステンドグラスの影が東へと伸び始める頃、僕の修行は座学から実践へと移行した。

 午後は癒し魔術の初位の基礎から学び直しと中位、上位と学んでいった。

 教会の訓練場には、怪我をした兵士や、病に苦しむ人々が運び込まれてくる。僕は神官の指導の下、その傷口に掌をかざし、新たに定義された癒しの言葉を紡いだ。

 初位の魔術。

「我が御霊より、このものに、癒しの力を、ヒーリング」

 僕の手から淡い光が溢れ、訓練兵の擦り傷が塞がっていく。これがすべての基礎。

 さらに中位、上位へと研鑽は進む。

「大いなる御霊により、このものに、癒し力と聖なる加護を与えたまえ、キュアヒーリング」癒し中位魔術が発動し、複雑な骨折を負った者の痛みが霧散する。

「大いなる神の力よ、魂の癒しを与え、聖なる加護の力をこの御霊に授けたまえ、ブライトヒーリング」癒し上位魔術の輝きが、深い絶望に沈んでいた病人の表情を和らげる。

 

 前世の医学的知識が、傷の修復をイメージする際の強力な助けとなった。細胞の再生、血管の結合、神経の再編。それらを魔術によって加速させる感覚を掴むたび、僕の癒しの光は、より深く、より鮮やかに輝きを増していった。

 そして、修行が数日を数える頃、僕はついに禁忌に近い領域、五歳の子供が到達するなど歴史上類を見ない高みへと手をかけた。

 何とか聖位の癒し魔術まで習得できた。

「聖なる神の力よ、御霊の力を取り戻し、この者の再生と聖なる加護の力を授けたまえ、さすればこの者の傷を大いに癒し再生への道を切り開きたまえ、リジェネレイトヒーリング」

 それは、失われた組織さえも再生させる、人知を超えた奇跡。五歳の小さな身体が、その膨大な魔力消費に悲鳴を上げる。視界に輝きが届き、血管が爆発しそうなほどの内圧。けれど、その度に僕は、風に消えそうになりながら「助けて」と縋ってきたエアリスの声を思い出した。


 「まだだ……。これくらいで、倒れるわけにはいかないんだ!」

 

 神官たちが跪き、驚愕の声を上げる中で、僕は自らの限界を塗り替え続けた。


最後まで読んで頂きありがとうございます


少しでもお気に召しましたら、ブックマークと☆の評価をお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ