エアリス編 第九章 能力の発見~梅の花の力~①梅の花、調律の託宣
第九章 能力の発見~梅の花の力
大神官の温かな、けれど魂を透かし見るような手が僕の額から離れた。応接室に流れていた緊張感は、もはや一介の子供を鑑定するというレベルを超え、何かもっと巨大な「真理」に触れてしまったかのような静謐な重みを帯びていた。
大神官は深く一度頷くと、僕とリリィ先生を促し、部屋のさらに奥にある重厚な扉を開いた。
大神官に連れられて、大聖堂の神の前にやってきた。
そこは、先程までの荘厳な礼拝堂とはまた違う、静寂が耳を刺すような極限の聖域だった。天井は遥か高く、天窓から降り注ぐ月光のような蒼い光が、部屋の中央に鎮座する「それ」を照らし出している。
直径3メートル程もある巨大水晶が鎮座していた。
それは、この世界の魔力の源泉と直接繋がっているかのように、深海のような静かな拍動を繰り返していた。滑らかな表面には、周囲の景色ではなく、宇宙の深淵を覗き込んでいるかのような星々の煌めきが映し出されている。
「これは、この帝国でも最も精緻な魔力鑑定を可能とする『天告の水晶』です。あなたの魂が持つ本当の色を、偽りなく映し出すでしょう」
大神官は「ルーメン君、君の力を見定めたいと思います、この大水晶に両手を当て、全力で魔力を注ぎ込んでください」
その言葉に、僕の喉が小さく鳴った。
何がどうなるか分からない、転生者とバレるかもしれない、
前世の自分。名前も、顔も、かつての人生の痕跡もすべて捨て去り、この世界で「ルーメン」として生きると決めた。けれど、この水晶が映し出すのが「魂そのもの」だとしたら、僕の意識の根底にある異世界の記憶は、どう処理されるのだろうか。
だがエアリスのことを考えると、そうする他無かった。
彼女の体が風に溶け、透明な涙を流していたあの光景が脳裏に蘇る。彼女を救うための「答え」がこの先にあるのなら、僕の正体が露見するリスクなど、差し出すべき代価に過ぎない。
俺は言われた通り、大水晶に両手を起き、魔力を一気に注ぎ込む。
冷たい水晶の表面に触れた瞬間、僕の体内の魔力回路が、飢えた獣のように水晶へと吸い寄せられた。
すると大水晶が眩いばかりの光を放ち、
部屋全体が、白銀の雷光に包まれたかのような輝きに満たされた。水晶の内部で魔力が激しく衝突し、光の奔流が渦を巻く。その光は、五歳の少年の許容量を遥かに超え、聖域の壁を震わせた。
やがて、光の中に幾つかの文字と紋章が浮かび上がる。
大水晶は光属性と魔力量A、そして、無詠唱魔術の魔術師と表した。
「魔力量A……! それに無詠唱まで……。五歳児として、あまりにも規格外だわ」
背後でリリィ先生の、驚愕に震える声が聞こえる。ルゼリアでの訓練で培った僕の「表向きの才能」が、公的な鑑定によって証明された瞬間だった。
だが、大神官の目はまだ納得していなかった。彼の視線は、表示された文字のさらに奥、水晶の核に潜む「未踏の闇」を捉えていた。
「……いや、まだ底が見えない。大神官がもっと魔力を注いでください、というので俺は力いっぱい魔力を注ぎ込んだ、」
僕は歯を食いしばり、意識の深淵に眠るすべての魔力を解放した。前世から持ち越した強固な精神の器が、魔力の激流に耐え、それを一点へと凝縮させる。僕の意識は、肉体の境界線を越えて水晶の深部へと沈み込んでいった。
すると、大水晶はさらに眩い光を放ち、
もはや直視できないほどの光の爆発が起きた。その白光の向こう側で、世界の色彩が一変する。
全面に満開の梅の花の映像が流れ、
それは、この世界ルシアークの植物学には存在しない、けれど僕が前世の記憶の中で、冬の終わりを告げる香りと共に愛していた、あの淡い紅と白の花びらだった。水晶の内部で、何千、何万という梅の花が狂い咲き、花吹雪となって吹き荒れる。
そして、その花の嵐を貫くように、見たこともない壮麗な神聖文字が刻まれた。
調律魔術「ハーモニック・リコンストラクション」と表示した。
その言葉が放つ重圧は、その場にいた全員の息を止めるに十分だった。
「調律……? そんな魔術、古代の伝承にさえ……」
大神官と周りの神官、リリィ先生は驚愕の声を上げる。
世界の理を調和させ、失われた形を再び組み上げる(リコンストラクション)力。それは、病を治す「癒やし」の次元を超え、崩壊した法則そのものを正常化する、神の領域に近い異能。
魔力を大量に注ぎ込みすぎたため、俺はその場に崩れるように倒れ込む。
視界が急速に暗転していく中、僕は鼻腔をくすぐる梅の香りと、あの不思議な庭で出会った「梅の花の主」の声を思い出していた。
「お前に、この世界の『調律者』としての役割を託そう……」
かつて授かったその言葉の本当の意味を、僕は意識を失う寸前に理解し始めていた。エアリスを救う力。それは僕の内に、最初から宿っていたのだ。
冷たい石の床に沈んでいく僕の身体を、誰かが必死に呼ぶ声が遠のいていく。
イレンティア大聖堂の深部で、一人の少年の真実が、世界の運命を塗り替えるための産声を上げていた。
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