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学院2年サラサ編 第七十八章 サラサパーティー3人の異常⓻ 囲いの中の調律魔術

囲いの外に立ち、俺は目を閉じた。

剣や魔術で制圧することは難しくない。だが、それでは本質は見えない。必要なのは、外から抑えることではなく、内側を確かめることだ。


ゆっくりと意識を沈め、三人の魔力へと感覚を伸ばす。

まずはラティス。

土の囲いを拳で叩きつけるたびに、内部の魔力が激しく波打つ。その流れを追う。


……荒れている。

それは確かに魔力暴走状態だ。理性で制御できず、外へ外へと溢れ出している。しかし、ただ荒れているだけではない。

質が違う。


人間の魔力が暴走する時の波は、本来の流れが歪む形で現れる。芯は残る。だが、今感じているこれは、その芯そのものが変質しているようだった。


魔物のような魔力。

森で感じた、あの濃霧の中の気配に近い。粗く、獰猛で、排他的な圧。


次にノエル。

毒糸を吐き出すたびに、粘りつく魔力が周囲に広がる。その流れを探る。


こちらも同じだ。

魔力暴走状態であることは明らかだが、その暴走は内側から自然に崩れたものではなく、何か別の性質を帯びている。人間の波形に、異物が混ざっているような感覚。


ディラドも同様だった。

毒針のように変化した爪の周囲に漂う魔力は、刺すように鋭い。荒れ狂い、制御を失い、そしてやはり――魔物のようだ。


三人に共通している。

魔力暴走状態。

そして、その魔力は人のものとは思えない質へと変質している。


だが、完全に魔物の魔力かと言われれば、違和感もある。どこかに、人間の残滓のような揺らぎがある。完全に別物に置き換わっているわけではない。


大神官が低く問う。

「どう見る」

俺は目を開き、囲いの中の三人を見据えた。

「三人とも魔力暴走状態です。ただ……」

言葉を選ぶ。

「魔物のような魔力を帯びています。普通の暴走とは質が違う」


囲いの中でラティスが咆哮のような声を上げ、壁を殴る。ノエルの糸が絡みつき、ディラドの爪が土を抉る。


呼びかけても、意識は返ってこない。

調律だけで整う保証は薄い。だが、放置すれば学院に被害が出る。

俺は深く息を吸った。

まず止める。


原因の追及は、その後だ。

囲いの中の三人へ、意識を集中させた。


囲いの中では、ラティスがなおも土壁を殴り続けている。拳が叩きつけられるたびに、土の囲いが低く振動する。

ノエルは糸を吐き出し続け、まるで巣を張るように内側を覆っていく。

ディラドは低く唸り声をあげながら、爪を何度も地面に突き立てている。

三人とも、完全に理性が断たれている。


俺は囲いの縁に手を置き、慎重に魔力を伸ばした。直接触れれば反発が起きる可能性がある。だからまずは、外側から、荒れ狂う流れの縁に触れる。

魔力は暴れている。

だが、それだけではない。暴走の渦の中に、別の質の波が混ざっている。魔物のような、攻撃的で自己中心的な魔力の振動が、人間の本来の流れに絡みついている。


「まずは調律を試みます」

大神官にそう告げると、俺はラティスから順に、最小限の魔力で干渉を始めた。

暴走している波を、正しい周期へと引き戻す。荒れている流れを、均そうとする。外側から優しく、しかし確実に。


通常の魔力暴走状態であれば、これで反応があるはずだ。少なくとも、波は一瞬静まる。

だが……。反発。

調律の糸を差し入れた瞬間、ラティスの魔力が激しく逆流した。まるで異物を拒絶するように、俺の魔力を弾き返す。


ノエルも同じだ。ディラドも。

「……浅い」

小さく呟く。

表面を整えるだけでは届かない。荒れているのは表層ではなく、もっと深い部分だ。魔力の芯そのものが、異質な振動に巻き込まれている。


それでも、完全に無効というわけではない。わずかに、ほんのわずかにだが、波が揺らぐ。

だが、会話は成立しない。呼びかけにも反応はない。理性が戻る兆しもない。


このまま調律を続けても、時間だけが過ぎる。囲いがあるとはいえ、いつまで持つかは分からない。


大神官が低く言う。

「神位でも効かぬ。お主の調律も十分ではないか」

俺は首を振った。

「まだです。ただ、段階が違う」

調律は整える術だ。だが今必要なのは、整える前に、絡みついた異質な振動そのものを剥がすこと。


三人は魔力暴走状態にある。そして、その暴走は魔物のような性質を帯びている。ならば、ただ均すだけでは足りない。


再構築が必要だ。

深く息を吸う。

この術は負担が大きい。だが、他に道はない。

「順番にやります」

そう告げ、俺は意識を集中させた。


囲いの内側で荒れ狂うラティスの魔力に、俺は意識を深く潜らせた。外側から撫でるような調律では届かない。芯に触れなければ、この暴走は止まらない。


暴れているのは、人間の魔力だ。だがその波形は歪み、尖り、まるで魔物のような攻撃性を帯びている。衝動のままに膨れ上がり、理性を押し流している。


「……いくぞ」

小さく息を整え、術式を組む。

「ハーモニック・リコンストラクション」

暴走した魔力を無理やり押さえつけるのではなく、一度分解し、正しい調和へと組み直す。乱れた響きを、あるべき音階へ戻す術。


俺の魔力がラティスの中心へと滑り込む。触れた瞬間、激しい反発が走った。怒りのような衝動が、術を弾こうとする。

だが引かない。

波を一度ほどく。絡み合った振動を分離し、乱れた律動を切り離す。魔物のような尖った波形を削ぎ落とし、本来の人間の流れを探し出す。


一瞬、ラティスの身体が大きく跳ねた。

囲いの内側で拳が止まる。

荒れていた魔力の振動が、わずかに揺らぎ、そして……静まった。

力が抜ける。

ラティスはその場に崩れ落ち、動かなくなった。


「……成功です」

だが、油断はできない。まだ二人いる。


次にノエルへ意識を向ける。口元から垂れ下がっていた毒糸が、だらりと垂れている。だが魔力はなお不規則に震えている。


再び、術を重ねる。

「ハーモニック・リコンストラクション」

ノエルの魔力は、より粘着質だった。絡みつくような波が、術の侵入を拒む。だが構わず進める。乱れた糸のような流れを解きほぐし、正しい調和へと編み直す。


震えが止まる。毒糸が崩れ落ちる。

ノエルもまた、その場に力なく倒れ込んだ。


最後はディラド。

彼の魔力は、刺すように鋭い。細く、尖り、衝動的に跳ねる。触れた瞬間、痛みのような反動が走る。

だが同じだ。

分解し、整え、再構築する。

暴走の波を解き、あるべき形へ戻す。

「ハーモニック・リコンストラクション」

やがて、鋭い振動が収束する。爪の異形化も止まり、ディラドの身体が前のめりに崩れた。


三人とも、動かない。

囲いの中は、静まり返った。

俺は慎重に魔力の状態を確認する。荒れていた流れは落ち着き、暴走は止まっている。魔物のような尖った振動も消えている。


今は、ただ眠るように意識を失っているだけだ。

だが、原因が消えたわけではない。なぜ魔物のような魔力を帯びたのか、まだ分からない。


俺はゆっくりと立ち上がった。

三人は倒れたまま、静かに呼吸をしている。

嵐は止んだ。

だが、それが終わりなのか、それとも始まりなのかは、まだ判断できなかった。


囲いの中で倒れた三人は、もはや先ほどまでの狂乱が嘘のように静まり返っていた。荒れ狂っていた魔力は沈み、空気を震わせていた異様な圧迫感も消えている。残っているのは、重たい静寂だけだった。


大神官がゆっくりと囲いに近づく。

「……確かに、先ほどまでとは違うな」

その声音には安堵と困惑が混じっていた。神位の癒し魔術でも動じなかった異常が、今は収束している。だが、完全に理解できたわけではない。


「一時的な正常化です」

俺はそう告げた。

「魔力の暴走は止まりました。ただ、原因が取り除かれたのかどうかは分かりません。再発の可能性もあります」

大神官は深く頷いた。


「神位の癒しが効かぬ現象を、調律で収めたということか……。学院側には詳しく報告せねばならぬな」

教師陣も囲いの外から様子をうかがっている。誰もが慎重だった。ほんのわずかでも再び暴れ出す兆しがあれば、すぐに対応できるよう構えている。


だが三人は動かない。

呼吸は安定している。魔力も今は穏やかだ。

「……学院へ戻しますか」

魔術師教師の一人が、静かに言った。


大神官は俺を見た。

「ルーメン、どう判断する」

「今は大聖堂に留めても、できることは限られます。暴走は止まっていますし、意識が戻った時に本人たちから話を聞く必要があります。学院で厳重に管理するのが良いと思います」


少しの沈黙の後、大神官はうなずいた。

「よかろう。ただし、再発の兆しがあれば即座に連絡を寄越せ」

「はい」

三人は土魔術の囲いごと、慎重に運び出されることになった。囲いは簡易的なものに作り直され、移動可能な形へと整えられる。


サラサも、教師の付き添いのもとで同行することになった。彼女は最後まで三人を見つめていた。その瞳には不安が残っているが、先ほどまでの自責の色は少しだけ薄れている。


「……ありがとうございます、ルーメンさん」

小さな声でそう言った。

「まだ終わっていないよ」

俺はそれだけ返した。

感謝を受け取るには早い。

原因は不明。魔力は一度、魔物のような性質を帯びた。神位の癒しでも動かなかった異常だ。

それが何を意味するのか、まだ分からない。


大聖堂の石床に響いていた緊張は、ゆっくりと解けていく。だが完全な安堵には程遠い。

学院へ戻る馬車が、静かに動き出す。

倒れた三人は眠ったまま。サラサはその向かいに座り、目を閉じている。


俺は大聖堂の前に立ち尽くし、去っていく馬車を見送った。

暴走は止めた。

だが、あの霧の中で何が起きていたのか……。

まだ、何も解明できていない。

不安だけが、静かに残っていた。


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