学院2年サラサ編 第七十七章 魔物討伐訓練② サラサのパーティー
その頃、森の別の区域では、サラサ・ダランティスが先頭に立っていた。
職業判定で「魔術・宮廷魔術師」と示された彼女は、同学年の中でも一目置かれる存在だ。
男爵令嬢という立場に甘えることなく、常に落ち着いた振る舞いを崩さない。言葉遣いは柔らかいが、判断は速く、無駄がない。
属性は癒し。癒し魔術と水魔術が聖位。他の属性も上位に到達している。純粋な攻撃力だけで言えば冒険者判定の生徒に譲る場面もあるが、総合力と安定感では群を抜いている。
だからこそ、今回の四人一組の魔術パーティーでも、成績優秀者としてリーダーに選出された。
「隊列はこのまま維持してください。前衛二人、後衛二人。魔物が出た場合は距離を取ってから詠唱に入ります」
森へ入る前に、サラサは簡潔に指示を出していた。声は静かだが、通る。焦りも気負いもない。ただ、やるべきことを明確にする声音だ。
彼女の視線は常に森の奥へ向いている。木々の隙間、地面の歪み、風の流れ。魔力の濃淡を感じ取りながら、危険の芽を探していた。
宮廷魔術師という判定は、単なる戦闘能力だけで決まるものではない。守る力、支える力、場を整える力。混乱の中でも冷静でいられる資質。それらが総合されて初めて与えられる評価だ。
サラサ自身、その自覚はある。
だからこそ、今回の訓練を軽く見るつもりはなかった。魔物討伐訓練は形式的な行事ではない。森は常に変化する。想定外は、起こり得る。
「中央の大木は視認しても、近づかないこと。そこからは戻ります」
改めて確認する。規則を守ることは、命を守ることと同義だ。
彼女は決して強引に前へ出ない。だが、迷いもしない。冷静であることが、彼女の武器だった。
その背中を、三人が追う。
サラサの後ろを歩くのは、ラティス・グリアジーノとノエル・バーネクションだった。
二人とも職業判定は「魔術・冒険者」。戦闘を生業とする者としての資質を認められた生徒だ。攻撃魔術の威力、発動速度、実戦対応力。そのどれもが高水準で、学院内でも目立つ存在だった。
だが、その気質はサラサとは対照的だった。
「このぐらいの魔物しかいないのか?」
森に入ってしばらくして、ラティスが肩を鳴らすように言った。すでに数体のゴブリンを撃破し、軽くオークも倒している。魔術はまだ中位までしか使っていない。
「大したことないな。もっとこう、魔術をビシッと決めたくなるような魔物はいないのか。張り合いがないよなあ、ノエル」
「そうね」
ノエルも同調する。彼女もまた、攻撃魔術を得意とする実力者だ。火力の高さでは学年でも上位に入る。
「まだ中位までしか使ってないし。この森、弱い魔物しかいないのかしら。もっと強い魔物が出てこないと訓練にならないわ」
二人の声には、余裕とわずかな高揚が混じっている。戦闘を楽しむ者のそれだ。魔物を相手にすることに恐れはなく、むしろ実力を示す舞台と捉えている。
ゴブリンが飛び出せばラティスが瞬時に焼き払い、オークが現れればノエルが切り裂く。連携というより、競い合いに近い動きだった。
「今のは俺の方が速かったな」
「火力なら私の方が上よ」
そんな軽口も飛び交う。
実力があるからこそ生まれる慢心。彼らはそれを自覚していない。自分たちは強い。だから大丈夫だと、どこかで思っている。
サラサは振り返らずに言った。
「二人とも、気を抜かないでください。森では何が起こるか分かりません。突然強い魔物が出てきて、襲撃される可能性もあります」
声は穏やかだが、はっきりと釘を刺している。
「はいはい」
ラティスは軽く手を振る。
「分かってるって」
ノエルも肩をすくめるだけだった。
彼らに悪意はない。ただ、実力に裏打ちされた自信が、警戒心を薄めている。
その横で、もう一人はまったく違う様子だった。
ラティスとノエルの軽口が続く中、最後尾を歩くディラド・ミザクレントは、ほとんど声を発していなかった。
彼の職業判定は「魔術・魔導具師」。戦闘そのものよりも、理論と構築、補助と技術に適性を示した判定だ。魔術の扱いは決して不得手ではない。むしろ基礎は堅実で、上位魔術も扱える。ただし、土魔術と癒し魔術だけは中位止まり。それが彼の限界だった。
森に入ってからというもの、ディラドは終始肩を強張らせている。
ゴブリンが飛び出した時も、オークが姿を現した時も、反応は遅れがちだった。魔術を放とうとする前に、ラティスやノエルの攻撃が先に決まってしまう。
「……あ、」
彼は何度か詠唱を始めかけては、止めた。いや、止めざるを得なかった。出番がないのだ。
戦闘が終わるたび、安堵の息を吐く。その息は、勝利の充実ではなく、ただ「無事でよかった」という安堵だった。
サラサはその様子を横目で確認している。
ディラドは決して怠けているわけではない。怖いのだ。魔物と真正面から対峙することが。
「ディラド、大丈夫ですか?」
小さく問いかける。
「は、はい……大丈夫です」
だが声は明らかに硬い。
魔導具師という職業判定は、戦場で前に出る役割を意味しないことが多い。後方支援、構築、分析、補助。それが本来の適性だ。
今回の訓練は、あくまで「魔術討伐訓練」。実地経験としての場だが、ディラドにとっては試練の場でもある。
彼は森の奥を見つめることができず、足元ばかりを見ている。
それでも、逃げ出してはいない。
ラティスとノエルが笑い、サラサが警戒を保ち、ディラドが沈黙する。四人の温度差は、まだ決定的な亀裂にはなっていない。
だが、均衡はわずかに歪み始めていた。




