エアリス編 第四章 友達 ― 幼なじみとの出会い ―④ 幼なじみと魔術
遊びの合間、僕たちはよく「魔導の修練」を共に行った。
エアリスは家の手伝いで忙しい合間を縫って、僕の家へ遊びに来てくれる。彼女の家庭は、領主の端くれである僕の家に比べれば一般的か、あるいはやや貧しいと言わざるを得ない環境だった。姉と妹がおり、家族が多い彼女にとって、家の手伝いは生活を維持するための不可欠な義務だった。そんな彼女が、わずかな暇を見つけては僕の元へ走ってきてくれることが、どれほど特別なことか僕には痛いほど分かっていた。
「ルーメン、この本……。もう一度、ここの『魔力の循環』について教えてもらえるかな?」
エアリスは、僕が貸した母さんの古い魔導書を、まるで聖典のように大切に扱い、熱心に読み込んでいた。
彼女には、生まれ持った「風」の適性がある。けれど、彼女は自分の特性だけに満足することなく、僕の指導を受けながら「火・水・土・癒し」の各初位魔法を次々と自分のものにしていった。
特に、彼女の慈愛に満ちた性格が反映されたのか、癒しの魔術の習得速度は驚異的だった。
「我が御霊より、このものに、癒しの力を――ヒーリング」
彼女が祈るように掌をかざすと、清らかな風のような緑の光が溢れ、僕やセリナ姉が剣術の稽古で作った擦り傷を瞬時に塞いでいく。
その輝きは、五歳児が放つものとしてはあまりにも精緻で、温かかった。彼女は優しい心を持っているからこそ、誰かの痛みを和らげる術を、呼吸をするのと同じ速さで吸収していった。癒し属性に関して言えば、彼女は瞬く間に中位魔法を習得するに至ったのだ。
「凄いよ、エアリス。……僕も、うかうかしてられないな」
「ううん、ルーメンが丁寧に教えてくれるからだよ。……私、もっと強くなりたいの」
赤紫色の髪を揺らして微笑む彼女。その瞳の奥には、かつて自分をいじめた者たちへの恐怖を乗り越え、自らの手で大切な場所を守ろうとする、静かな決意が宿っているように見えた。
ある日の夕暮れ。修練を終え、ジャンヤ川を茜色に染める夕陽を眺めながら、エアリスがふと僕を見つめて問いかけてきた。
「ねぇ、ルーメン。……前から気になっていたんだけど、ルーメンはどうして詠唱しないで魔術が出せるの? 私にも、やり方を教えてほしいな」
その真っ直ぐな問いに、僕は少しだけ自分の茶色の髪をかき上げた。
無詠唱。それは僕にとって、いつの間にか当たり前のことになっていた。けれど、この世界の理、そしてリリィ先生の言葉を借りれば、それは常識を根底から覆す異能なのだ。
「そうだなぁ……。実は僕も、どうやってできるようになったか、完璧に説明するのは難しいんだ。……でも、感覚としてはね」
僕は彼女の視線の高さに合わせ、自分の掌を彼女の目の前に差し出した。
「出したい魔術の結果を、まずは頭の中で完璧にイメージするんだ。色、熱、形、それらがもたらす効果。それから、体の中を流れる魔力の熱を感じて……。……呪文を唱える代わりに、その魔力の奔流を一気に解き放って、イメージという型に流し込む。魔術を作り出す、というより、イメージした結果をそのまま現実に出力する、みたいな感じかな」
僕の説明に、エアリスは眉を寄せて真剣に考え込んだ。
「……イメージを流し込む……。魔力の流れを感じて、一気に放出する……」
彼女は自分の小さな掌を見つめ、無意識を意識化しようと、何度も精神を集中させた。だが、数分間の沈黙の後、彼女は困ったように微笑んで、首を横に振った。
「……うーん、やっぱり難しそうだね。……私、どうしても途中で言葉が欲しくなっちゃう」
「いいんだよ、エアリス。僕だって、たまたまできるようになっただけなんだから」
彼女は赤紫色の長い髪を指先でいじりながら、けれどその瞳には、決して諦めない強い意志を滲ませていた。
「……ううん、諦めないよ。ルーメンが教えてくれたこと、お家でも練習してみるね」
その笑顔は、かつて庭の隅で泣いていたあの少女のものとは思えないほど、凛としていて、眩しかった。
「ルーメン、今日もありがとう。……また明日、学校でね。……それから、またすぐに遊ぼうね!」
エアリスは大きく手を振りながら、夕闇が迫る通学路を、自分の家へと駆け出していった。
赤紫色の髪が、薄暗くなり始めた世界の中で、最後まで鮮やかな残り火のように揺れていた。
僕は一人、その場に残って自分の掌を見つめた。
無詠唱で現れる、小さな光の玉。
かつての孤独な闇は、もうどこにもない。
僕を導く家族がいて、切磋琢磨する姉がいて、僕の教えを糧に成長しようとする友がいる。
五歳の僕に与えられたこの時間は、何よりも重く、尊い。
僕は、エアリスが帰っていった道と、温かな夕食が待つ屋敷を、深い充実感と共に眺め続けていた。
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