エアリス編 第四章 友達 ― 幼なじみとの出会い ―② いじめ
三人の少年たちが、獰猛な笑みを浮かべて距離を詰めてくる。
五歳の僕の視界から見れば、数歳年上の彼らの体躯は岩のように大きく、振り上げられた拳は理不尽な力の象徴そのものだった。
前世の僕なら、ここで目を背け、嵐が過ぎ去るのを待つように身を縮めていただろう。だが、今の僕の背後には、赤紫色の長い髪を震わせ、声もなく泣いているエアリスがいる。
(――もう、逃げない。この力は、誰かを傷つけるためじゃなく、大切な人を守るために授かったんだ!)
僕は茶色の髪を逆立たせるような魔力の高まりを感じながら、右手を天に掲げた。
無詠唱。言葉という枷を捨て、僕の意識は直接ルシアークの理へと干渉する。
脳裏に描くのは、闇夜を引き裂き、悪意を焼き払う清浄なる雷禍のイメージ。
「――っ!」
僕が拳を握りしめた瞬間、掌から眩いばかりの白銀の雷光が弾け飛んだ。
光魔術・中位――《ライトニングサンダー》。
ドォォォン!! という、大気を震わせる重厚な雷鳴が校庭の隅々にまで轟いた。
僕の指先から放たれた雷の矢は、いじめっ子たちの足元、わずか数センチの地面を真っ黒に焦がし、激しい火花を散らした。衝撃波が彼らの頬を叩き、強烈なオゾンの匂いが辺りに立ち込める。
「な、なんだぁっ!? 魔法……それも、中位魔法だと!?」
「う、うわあああっ! こいつ、本気で殺す気かよ!」
突進していた三人の足が、まるで目に見えない壁に衝突したかのように止まった。
彼らの顔からは血の気が失われ、代わりに隠しきれない恐怖がその瞳を支配する。五歳の子供が、詠唱もなしに、自分たちが聞いたこともないような高等魔術を放ったのだ。その事実は、彼らの浅薄な虚栄心を粉々に砕くには十分すぎた。
「……次は、外さないぞ。二度と彼女に手を出すな」
僕は冷徹なほどに落ち着いた声で、彼らを睨み据えた。
いじめっ子たちは、腰を抜かしそうになりながらも、互いの顔を見合わせ、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出していった。
静寂が戻った庭には、焦げた土の匂いと、僕の荒い呼吸の音だけが残っていた。
いじめっ子たちの姿が見えなくなったのを確認し、僕はゆっくりと振り返った。
エアリスはまだ、地面に伏せたまま震えていた。赤紫色の長い髪が泥に汚れ、引き裂かれかけた服の裾が痛々しく揺れている。
「……もう、大丈夫だよ。あいつら、逃げていったから」
僕はできるだけ優しい声を心がけ、彼女の隣に膝をついた。
彼女は恐る恐る顔を上げた。その瞳は、涙で潤んだ不思議な色をしていた。赤紫色の髪と同じく、どこか神秘的な、宝石のような色彩。
「……ルーメン、くん……?」
「うん。怪我はない? その服、ごめんね。僕がもっと早く気づいていれば……」
僕が彼女の服の裂け目に手を伸ばすと、彼女はビクッと身体を強張らせた。だが、僕の掌が攻撃のためのものではないと分かると、ふっと力を抜いた。
「……ううん……。いいの……。ありがとう……助けてくれて……」
彼女の声は、春の風に舞う花弁のように儚かった。
その時、僕は彼女の目の中に、かつての自分が抱えていた「孤独」と、それを誰かに見つけてもらえたことへの「戸惑い」を見た。
僕も前世で、同じような経験をした。誰にも助けを求められず、独りで震えていた日々。その痛みが分かるからこそ、僕は彼女を放っておけなかったのだ。
それから、彼女に対するいじめが完全に無くなったわけではなかった。
いじめっ子たちは執念深く、僕が目を離した隙を突いては彼女を囲もうとした。だがその度に、僕は彼女の前に立ちはだかった。
言葉で諭し、それでも引き下がらない時には、中位魔術による威嚇を繰り返した。
何度目かの「ライトニングサンダー」が空を割った頃、いじめっ子たちもようやく悟ったらしい。僕という存在が、彼女にとっての「絶対に壊れない盾」であることを。
面白くなくなったのか、やがて彼らは近寄らなくなり、エアリスの周囲には平穏が戻っていった。
それと反比例するように、エアリスは僕に少しずつ心を開いてくれるようになった。
放課後の教室で一緒に読み書きを復習したり、僕の得意な算術を教えたり。
時折見せる彼女の笑顔は、学校での大人しい印象とは正反対の、驚くほど無邪気で優しいものだった。
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