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リリィ編 第五十二章 リリィ師匠と魔術の特訓⑧ 光魔術聖位

元に戻った草原を一望しながら、リリィ師匠は静かに頷いた。その視線は結果ではなく、そこへ至る過程を確かめるように、地形の継ぎ目や草の伏せ具合まで見渡している。


「これで、ルーメン君も、五属性すべて聖位ですね」

その言葉は、祝福の響きを帯びながらも、決して軽くはなかった。積み重ねた手応えがあるからこそ、淡々と告げられる重みがある。俺は思わず背筋を伸ばした。癒し、水、風、火、土。順に辿ってきたそれぞれの感覚が、頭の中で一つに結びついていく。


「習得が、かなり早いです」

続く評価にも、誇張はない。だが同時に、師匠は小さく首を振った。


「ただし、ここから先……神位は、こうはいきませんよ」

その一言で、空気が変わった。聖位に至るまでの道のりは険しかったが、まだ“理解できる範囲”だったのだと、改めて思い知らされる。


「聖位は“現象を広げ、制御する段階”。でも神位は、現象そのものの在り方に踏み込みます。魔力の量や精度だけでは届かない。世界の理屈と、あなた自身の感覚が一致しないと、成立しない領域です」

言葉は穏やかだが、示す先は遠い。俺は喉を鳴らし、正直に問い返した。


「……今の僕じゃ、まだ足りませんよね」

「ええ」

即答だった。けれど、その目に否定の色はない。


「でも、今日のところは十分です。五属性を“聖位として扱える身体”を作ることが、まず最優先でしたから」

胸の内に、確かな区切りが落ちた。到達したという実感と、次の壁の存在。その両方を、同時に受け取った感覚だった。



五属性すべてを聖位として扱えるようになった。その事実が胸に残る一方で、俺の中に浮かんでいた感覚は、達成感よりも冷静な違和感だった。確かに発動できた。指示された通りに、制御もできた。だが、それは“できる”という結果であって、“自在”とはまだ呼べない。


リリィ師匠は、そんな俺の沈黙を待つように、何も言わずに隣に立っていた。急かさない。その姿勢自体が、問いかけのようでもある。


「……正直な感想を聞かせてください」

師匠にそう促され、俺は少し考えてから口を開いた。

「どれも……まだ、何度も練習が必要だと思いました」

自分でも意外なほど、言葉は素直に出てきた。


「発動はできました。でも、リリィ先生ほどの威力や、あの細かい調整には、全然届いていない気がします。頭では分かっても、身体が追いついていないというか……」

言い終えてから、少しだけ不安になる。せっかく到達した直後に、足りない話をするのは、評価を下げることになるのではないか、と。だが、リリィ師匠は笑った。


それも、からかうような笑みではない。どこか安心したような、穏やかな微笑みだった。

「ええ。それでいいんです」

きっぱりと、肯定する声。

「もし今の段階で『完璧だ』と思っていたら、私は少し心配していました。自分の不足が分かるということは、それだけ感覚が育っている証拠ですから」

胸の奥が、じんわりと温かくなる。評価されたいというより、理解してもらえた、という感覚だった。


「今日教えたのは、あくまで入口です。あとは反復と経験。失敗も含めて、自分の中に落とし込んでいく作業になります」

そう言ってから、師匠はふっと冗談めかした口調に変わった。

「……これで、将来私の研究室も安泰ですね」

その一言に、思わず笑ってしまう。条件として提示された約束が、冗談とも本気ともつかない形で、ここに繋がったのだと思うと、不思議な気持ちだった。

「はい。約束、守ります」

そう答えた俺に、リリィ師匠は満足そうに頷いた。師弟という関係の中に、未来の時間が静かに組み込まれた瞬間だった。



五属性の特訓がひと段落したあと、リリィ師匠は、少しだけ表情を引き締めた。先ほどまでの達成感の余韻が残る草原で、その変化ははっきりと分かった。


「次は……闇魔術の話をしておきましょう」

その言葉に、背筋が自然と伸びる。リリィ師匠は闇属性を実戦で使わない。それは知っていた。だからこそ、“教える”という選択に、意味があるのだと直感した。


「ルーメン君は、闇魔術を使わないにしても、どういう現象をもたらす力なのかは、知っておいた方がいいわ」

それは警告ではなく、準備のための言葉だった。知らないから危険なのではない。知らないまま触れることが、最も危険なのだと。


師匠は、淡々と説明を始める。

「闇魔術の初位は《ポイズネスインプラント》。体内を含め、あらゆる物質に“毒”という性質を付与する魔術です。生物にも、植物にも、土や水にさえ作用する」

頭の中で、毒に侵される光景が浮かび、喉が少し渇く。


「中位は《ディスラプトマジック》。魔力の流れを乱し、制御不能にしたり、場合によっては魔力を吸い上げる効果を持ちます」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が微かにざわついた。……マナドレイン。最近経験した現象と、嫌でも重なってしまう。


「そして上位が、《ディザスターカース》。あらゆる“不幸”を引き寄せる呪いの魔術よ。直接的な破壊ではなく、連鎖的に状況を悪化させるタイプ。厄介で、陰湿で……だからこそ危険」

一つ一つの説明は冷静だったが、そこに含まれる重みは、今まで学んできた攻撃魔術とは明らかに違っていた。


「ただし」

師匠は、そこで言葉を切る。

「これらはすべて、癒し魔術で対応可能です。毒も、魔力の乱れも、呪いも……正しい知識と技術があれば、解除できる」

闇は、対処できる。だが、使うべきではない。そういう位置づけなのだと、はっきり理解した。


「闇魔術と光魔術の聖位については、今日は実演しません。学校に戻ったら、本を貸してあげるわ。理論と詠唱を、まずは頭で理解しなさい」

そう言ってから、リリィ師匠は真っ直ぐに俺を見た。

「ルーメン君。闇魔術は、決して人に対して使ってはいけません」

その声は、柔らかいが、揺るぎがなかった。

「……はい」

「私は、あなたを信じていますよ」

その一言は、制約であると同時に、信頼だった。闇を知る資格を与えられたのだと、静かに実感する。


その日のうちに学校へ戻り、師匠から借りた本で、闇魔術の独特な詠唱を覚えた。植物にだけ発動させ、効果を確認し、すぐに癒し魔術で解除する。破壊の余韻を残さないように、慎重に。

闇は、扱うものではない。理解し、止めるためのものだ。

その認識が、確かに胸の中に刻まれていた。



闇魔術の本を閉じたあと、胸の奥に残っていたのは、不安よりも静かな緊張感だった。知らなかった力を知ったという実感と同時に、それを“使わない”と決める責任を背負った感覚。リリィ師匠の「信じていますよ」という言葉が、何度も脳裏で反芻される。だからこそ、俺は闇の頁をそれ以上めくらず、次に向かうべき光へと意識を切り替えた。


光魔術の聖位ライトニングサンダーストーム。理論は理解しやすかった。広範囲に高電圧の雷を発生させ、稲妻を雨のように降らせる魔術。水や風、火の聖位で学んだ“広範囲に波及させ、渦や流れを設計する”考え方が、そのまま当てはまる。何より、俺自身が光属性であるという事実が、理解を一段深くしてくれた。


一人、草原へ向かう。人のいない場所を選ぶのは、もはや癖になっていた。深く息を吸い、詠唱を整える。空気が張りつめ、皮膚の表面が微かに痺れる感覚が走る。魔力を流すと、雲のない空にも関わらず、光が集まり始めた。


雷は、光の意思だ。

そう意識した瞬間、魔力の通り道が明確になる。


《ライトニングサンダーストーム》


発動と同時に、空から無数の稲妻が落ちた。一本一本が鋭く、速く、地面に叩きつけられるたび、乾いた音が連続する。雷の嵐は想像以上に制御しやすく、広がりも収束も、思った通りに動いた。聖位の魔術でありながら、身体が拒絶しない。理解と属性が噛み合った感覚に、確かな手応えを覚える。


だが、油断は一瞬だった。稲妻の一本が、草原の端に立つ木に直撃し、乾いた爆ぜる音とともに炎が上がる。胸が跳ね、即座に判断した。迷いなく水魔術を発動し、炎を包み込むように消火する。焦りはあったが、遅れはなかった。火は完全に鎮まり、草原は静けさを取り戻す。

危険は、制御できた。


その事実に、背筋が少し伸びる。聖位は力の誇示ではない。事故を未然に防ぎ、状況を収める判断まで含めて、ようやく“使える”と言えるのだと理解した。


家へ戻る道すがら、リリィ師匠の顔が浮かぶ。闇を禁じ、光を託した理由が、今なら分かる気がした。破壊の知識は、守るためにある。強さは、制御と倫理があってこそ意味を持つ。


五属性の聖位、そして光の聖位。辿り着いた場所は、ゴールではない。むしろ、ここから先が本当の学びなのだと、胸の奥で静かに確信していた。


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