エアリス編 第三章 魔術の特訓 ~無詠唱魔術の開花~② 無詠唱魔術
それからの日々、僕の生活は魔術の特訓一色に染まった。
学校への往復でパンパンに張った足を癒やしながら、夜はひたすら光の玉を安定させることに心血を注いだ。
何百回、何千回という繰り返しの果てに、ようやく僕の手の上には、本を読めるほどに明るく、かつ長く持続する「光の球」が定着するようになった。
(基礎ができた。……次は、本に載っている他の属性だ)
僕は順番に、基本五属性の初位魔法へと挑戦の幅を広げていった。
母さんにコツを聞き、教本の行間を読み解きながら、僕は一歩ずつ「この世界の理」を掌の上で再現していった。
「火の力よ、我が所に集めたまえ、ファイヤーボール!」
掌の上に、拳大の赤い焔が渦巻く。その熱が、前世で凍りついていた僕の心を焼き払うように感じられた。
「大いなる水よ、我が元に集まりたまえ、ウォーターボール!」
空気中の湿気が凝縮され、透き通った水の球が浮かび上がる。セリナ姉がやっていたのと同じ術だが、僕が放つそれは、どこか静謐な重みを湛えていた。
「大地を駆け巡る風の力を今ここに、ウインドブリーズ!」
部屋の中に爽やかなそよ風が吹き荒れ、羊皮紙の端を揺らす。
「大地を作りしものよ、支える土の力を今ここに、サンドストーン!」
床の隙間から細かな砂が集まり、小さな石の塊が形作られた。
「我が御霊より、このものに、癒しの力を、ヒーリング!」
自身の擦り傷に手をかざすと、淡い緑の光が肌を包み、痛みが潮が引くように消えていく。
(……やった。ほぼ自力で、初位の五属性魔法をマスターできたぞ)
五歳の身体で、これほど多くの属性を、しかも短期間で現象化させる。それがどれほど異常なことか、当時の僕はまだ正確には理解していなかった。
ただ、一つ一つの魔法が形になるたびに、自分の魂がこの世界に深く根ざしていくような、確かな手応えだけを感じていた。
初位の魔術を一通りマスターしてわかったことがある。魔力の流れと発動の感覚・イメージだ。魔力は足元から押しあがるようにして心臓に集中し、そこから手を介して一気に放たれる。その放たれる瞬間の発動の感覚はそれぞれ違う、発動のイメージをいかに強く具体的に持てるかで、発動する魔術の形が変わってくるのだ。その感覚を大事に練習を積み重ねていった。
初位魔法を一通りマスターした僕は、再び自分の本質である「光魔法」の研鑽へと戻っていった。
さらなる高み、さらなる精密さを求めて。
深夜の静寂の中、茶色の髪を汗で滲ませながら、僕は光の粒子と対話し続けた。
その夜、僕は泥のような深い眠りの中にいた。
日中の過酷な剣術修行と、夜遅くまでの魔術の自主練。六歳になったばかりの僕の肉体は、常に成長痛に似た心地よい疲労と、魔力を絞り出した後の独特の虚脱感に包まれている。
(……ん、……トイレにいきたいな)
ふと意識が浮上したのは、日付が変わる頃だっただろうか。
静まり返った屋敷。窓の外からは、夜風に揺れる木々のざわめきと、時折聞こえる夜鳥の声だけが届く。僕は重い瞼をこじ開け、まずは手元のランプに手を伸ばした。
だが、カチカチと芯を回しても、火は灯らない。どうやら油が切れてしまったらしい。
(困ったな……。トイレに行きたいけど、この暗闇じゃ足元も見えないぞ)
寝ぼけ眼を擦りながら、僕は無意識に昨日まで何千回、何万回と繰り返してきた「光」のイメージを脳裏に描いた。
「この世を優しい光で包みたまえ、ライトニング」という、耳に馴染んだあの詠唱を頭の隅でなぞりながら。
すると、どうしたことだろう。
僕が呪文を口にするより速く、僕の右手の掌から、ぽうっと淡く温かな白光が溢れ出したのだ。
「――っ!?」
驚きで一気に目が覚めた。
掌の上には、一点の曇りもない完璧な光の玉が浮遊し、暗い自室を隅々まで照らし出している。
(今……僕、何も言ってない。詠唱をしていないのに、魔法が出た……?)
不思議に思いつつも、尿意には勝てない。僕はその不思議な光の玉を連れて廊下を歩き、用を足して部屋に戻った。その間も、光は僕の意思に従って一定の明るさを保ち続け、僕がベッドに潜り込むと同時に、スッと吸い込まれるように消えていった。
睡魔は再び僕を闇へと引きずり戻し、僕はその現象の異常さに深く踏み込む前に、再び深い眠りへと落ちていった。
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