第83話 会場をドン引きさせるさすがの淫乱ピーチ
「これを言うのは才斗で3人目になるんだけど……実は僕、近々【ウルフパック】を辞めようと思ってるんだ」
油断していた。
このままの日常がずっと続くと思っていた。
そんな俺を一気に現実に引き戻したのは、剣騎の爆弾発言だった。
「……【ウルフパック】を辞める?」
俺の再確認に、その通りだと頷く剣騎。
「冒険者を辞めるってことなのか? それとも、フリーの冒険者になるって――」
「後者が正解だよ。いや、厳密に言うと違うかな」
まだ楓香の試合は続いている。
思っていた以上に拮抗しているし、もしかしたら楓香が勝ってしまうかもしれないという流れが来ている。
とはいえ、申し訳ないが今はそれどころじゃない。
「独立して新しい会社を立ち上げる。所謂、起業がしてみたいんだよ」
「剣騎が起業? そういうタイプだったか……?」
「君からしたら……いや、普段の僕を知るほとんどの人からしたら、そんなイメージはないだろうね」
「だが……自由にやりたそうでもあった……だから不自然ってほどでもない」
「そうか。わかってくれているようで嬉しいよ。本当はもう少し早く伝えたかったんだけどね」
剣騎は苦笑いをした。
その苦笑いは、楓香に対しての苦笑いとは異なり、ほんの少し罪悪感を感じているような、儚いものに見えた。
「いつ独立するかは決まってるのか?」
「西園寺さんには闇派閥の問題が解決するまでは抜けないでほしいと頼まれていたけど……もうある程度解決したからね。準備はできてるんだ。あとは飛び立つだけだよ」
「知らぬ間に準備を済ませてたんだな」
「いやぁ、才斗には言っておけば良かったね。それに関しては後悔してる……のかもしれない」
いつもと様子が違う剣騎。
爽やかな好青年の姿とは違う、言葉に詰まる姿。
新鮮だと思うのと同時に、次から次へと疑問が湧いてくる。
「俺に言うのが3人目だと言ったが……社長ともう1人は……一ノ瀬とか?」
ここで、剣騎がププッと吹き出すように笑う。
これはいつもの剣騎の姿だ。
「そんなわけないじゃないか! 一ノ瀬君に言っても、ああそうかと流されるだけだと思うよ」
それはどうだろう。
一ノ瀬は特に西園寺に対して対抗心を燃やしているが、それは剣騎に対しても同じ。そんなライバルの剣騎が独立すると言い出したら、それなりに動揺しそうではある。
「もう1人の人物は鬼龍院君さ。名前くらいは知ってるだろう?」
「鬼龍院……【バトルホークス】の鬼龍院空心のことか!?」
剣騎は交友関係が広い。
どこで知り合ったんだっていうような冒険者と仲良さそうに話しているのを見ることがよくあった。
だが、ライバル企業である【バトルホークス】の冒険者とそこまで親しくしているとは知らなかった。
【ウルフパック】と【バトルホークス】は日本の二大冒険者企業。
関係が悪いわけじゃないものの、お互いに刺激を与え合いながら時代を作ってきた。
シルバーバックといえば、その【バトルホークス】に所属するSランク冒険者。組織の主力だ。
「空心君とは小学校と中学校が一緒だったんだ。僕の方が学年が1つ下だけどね」
「初耳だな」
「特に言う機会もなかったからね。でもここで言えて良かったよ」
「カミングアウト多すぎじゃないか?」
「そうかもしれないね。でも、独立するからといって才斗だったり西園寺さんとの関係が大きく変わるわけでもないし、相変わらず協力関係にあるから安心してほしい」
「そうか」
ほっと溜め息をつく。
認めるのは癪だが、ほんの少し心配していた。
剣騎は俺の中で、かなり重要な存在だ。
友人であり、先輩でもあり、組織の仲間でもあり、尊敬する上級冒険者。
そんな剣騎が組織を抜けてしまうことに、焦りを感じている自分がいたのだ。このまま、彼との交流が途絶えたらどうしよう……と、柄にもないことを思っていた。
――俺も変わったな。
楓香に出会って、より人と人との繋がりに敏感になったような気がする。
「才斗には幹部の中でも一ノ瀬君を超えるだけの実力者になってほしい。僕の思い残すことは、そんな感じかな」
「思い残すことって……」
悲しいだろ。
そんなこと言わないでくれ。
「冗談さ。むしろ今まで以上に才斗に絡むことが増えるかもしれないね。フリーだから、僕には与えられた任務もないし、好きな時に才斗に会いにいけるんだ」
「彼女みたいな言い方はやめてくれ」
「そうだね」
「それに、起業するなら社長ってことだから、忙しいんじゃないのか?」
「覚悟はしてるよ。最初は忙しいだろうけど、僕のことだからすぐ効率化して上手くやってるさ」
「……そうだな」
まったくその通りだと思う。
剣騎は優秀なので、起業もさらっとこなしそうだ。
「でもまあ、才斗に期待してるのは相変わらずだよ」
「それは嬉しいな」
剣騎は相変わらずだった。やっぱり剣騎は剣騎だ。
ひとまず安心した。
「おっと、そうこうしてる間に、試合が終わったみたいだね」
「まさか……」
会場は絶妙な雰囲気に包まれていた。
大歓声を上げている観客もいるが、ほとんどはドン引きしたような表情を浮かべている。
「才斗くーん! 勝ちました! えっちしましょーね!」
フィールドから聞こえる元気な声を聞いて、ああなるほどなと思った。




