第80話 大恥をかいてでも約束を守るという誠実さ
レモンソーダの、約束を守る、という言葉は本当だった。
別にそこまでしろとは言ってないのだが、いきなりフィールドに戻ってきたかと思うと、会場の全視線が集まる中、俺に対して土下座をしたのだ。
『空の彼方に飛ばされたかと思った武田慎二ですが、猛ダッシュで戻ってきた! そしてなんと黒瀬才斗に土下座!』
なぜかさっき以上の歓声が上がる。
こういうのが好きな人が一定数いるから仕方ない。
「すみませんでした! 努力してないなんて失礼なことを言ってしまって……クソッ、俺様はなんてクズな男なんだ!」
「そこまでしなくても――」
「いや、俺様は間違ってた! あんたは凄いよ! 努力を積み重ねたからこそ、あれだけの力が手に入ったんだ!」
「……」
「俺様は……俺は最低だ! 嫉妬してただけなんだ! めっちゃ可愛い、俺の超タイプの女の子がブラックの彼女かもしれないって記事を見た時、ついかっとなっちまった! こんな未熟者な俺を許してくれ!」
「……頭を上げてください」
そこまで言われると、こちらも高圧的には出られない。
――思ったよりいい奴かもしれないな。
自分の敗北を認めることができる人は意外と少ないし、それを大恥をかきながら大勢の前で表明できることは尊敬に値する。
そう考えると、俺も自分が取った生意気な態度に関して謝った方がいいだろう。
冒険者である以前に、人として、彼に敬意を示したい。
「俺も生意気な態度を取ってしまって――」
「いやいや、あんたは生意気なんかじゃない! 俺みたいなゴミに対して取る、当然の態度だった! 頼むから謝らないでくれ!」
「え……」
どうやってこの流れを終わらせればいいのか。
かなり自分を蔑んでいるっぽいが、大丈夫か? むしろ心配になるレベルだ。
だが、ここは俺が考えることじゃなかった。
「次の冒険者も控えておりますので、フィールドからご退場ください」
複数人のスタッフが恐る恐るフィールドに出てきて、俺たちに声をかける。
レモンソーダが顔を上げると、よほど強く頭を打ち付けたのか、額からダラダラと血が流れ始めた。
「控え室で治癒師の方がお待ちしていますので……」
当然ながら、彼の怪我はそれだけじゃない。
Bランクかつ筋肉質な肉体は頑丈だったようで、致命的な怪我はないものの、出血箇所は多いし、打撲も大量にある。
冒戦には付き物の怪我だが、できるだけ痛め付けたくはない。
一応言っておくが、冒戦にて、殺しは禁止となっている。当たり前のことだ。
――次の試合からは相手の様子を見ながら戦うか。
最初のやりすぎた試合から学び、相手の実力に合わせて確実に勝っていこうと心に誓った。
***
「才斗くんっ! 凄いかっこよかったです! あの冒険者からは戦う前に何か言われてたんですか?」
観客席に戻ると、興奮した様子の楓香が拍手で迎えてくれた。
最後の土下座&謝罪の流れは、戦闘前の当事者間でのやり取りが聞き取れなかった観客からしたら意味不明である。
察しのいい人ならわかるだろう。
実際、楓香も俺の答えをほぼ察している感じだ。
「生意気だとか、調子に乗るなとか言われただけだ」
「最低ですね。でも、吹っ飛ばされて改心しちゃったんですね」
「そうかもしれない。しっかり謝られたし、責めないでやってくれ」
結果的に、俺のレモンソーダへの印象は良くなった。
最初が最悪でも、後の対応次第でひっくり返ることもあるということだ。
「それにしても、あの飛ばし方は気持ち良かったね。少しずつ超能も使いこなせてるってことかな」
「そうだな」
「僕も同じようなことをしようかと思ったけど、パクリよりオリジナルの方が絶対いいからね」
「まだ何も言われてないが、そのうち屋根の修理代を請求されるかもしれない。だからこれ以上会場を破壊しない方がいい」
「いいアドバイスだよ。経験者からの言葉は違うねぇ」
剣騎はヘッドホンを装着して映画を観ていた。
ポテトチップスは大量に持ってきていたらしく、なくなりそうになったら足す、という行為を繰り返しているらしい。
俺の試合を見終わった後、すぐに映画モードに切り替えたんだろう。
「次の試合に興味はないのか?」
「冒険者がフィールドに上がった瞬間、観戦すべきか観戦する必要がないか判断できるんだ。僕の目は特殊だからね」
「次の試合は観る価値がないってことか」
「難しいね。映画を観ていた方が価値があると思ったんだよ。常に映画と観戦の面白さを比較してるんだ」
「才斗くんの試合はどうでした? 最高でしたよね?」
「もちろん、才斗が出てる試合なら面白くなくても観るさ。でも、結局は期待以上のホームランが見れた」
剣騎が映画の視聴を一旦止め、楓香の方を向く。
「白桃君もそろそろ試合じゃないのかな」
「そうなんですけど、ギリギリまで才斗くんの近くにいたいんですよ。才斗くんの匂いを感じてたいんです」
「あ、なるほどね」
そうは言いつつも、少し引いている様子。
「でも……早めに行って準備しないと、勝てないかもしれないですね。この試合で勝ち残れば、えっちできるんです! だから絶対勝たないと!」
イェスと答えた覚えはない。
やっぱり剣騎は引いている。
剣騎本人は恋愛に興味がないというか、ダンジョン冒険者に恋愛は必要ない、という考えの冒険者だ。
「……それは良かったね。頑張って」
「はい!」
楓香は威勢良く返事をすると、俺の頬に軽くキスをして控え室に向かった。
楓香がいなくなったことがわかると、剣騎が本気のトーンで言ってくる。
「元々はあんな娘じゃなかったような気がするんだけど……」
「……」
「白桃君って……かなりクレイジーだよね」
……気付くのが遅い。




