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18 探し物

 あろうことか、社の関係者が自ら手を出して被害者を生んだなど、知れ渡っていいものではない。しかしこのままにしておけば、次々と壷が割られかねない。


「母君に報告を?」


 沖島は轍に尋ねた。

 大きなため息で返される。


「できると思うか」

「いいや? しかし黙っているのも背任行為だ」

「どうしろって?」

「うーん、どうしたらいいかね」

「はあ?」


 のらりくらりと言う沖島に、轍は宙を仰いだ。めんどくせー、と愚痴をこぼして頭をがりがりと掻く。

 実際、こうして全貌が見えたからといって、何か策があるわけではなかった。あるならこちらが聞きたいくらいだ。


「出禁をくらっている私が何をできると思うんだい?」

「できねえな」

「だろう」

「かといって、おまえは無能じゃねえだろ」

「へえ」


 沖島は好奇心をむき出しにして隣を見つめた。泣き黒子の上から、しらじらしいという視線が向けられる。


「何するんだよ」

「じゃあ有紗くんを呼び戻そう」


 言うと、轍はきょとんとした。そんな顔をしていると、年相応に見える。不思議な心地だった。彼は子供の癖して老獪な顔をしている方がよっぽど似合う。

 しばたく躊躇ったあと、轍は顔をしかめた。


「有紗は無事なのか」

「生きてるよ。お守りが戻って来ていないだろう?」


 沖島は何でもないことのように返す。

 何を弱気になっているのやら。

 昔から面倒を見てきて距離が近かった分、私情が複雑に絡んで目が曇っているようだ。ある意味轍らしいと言えた。


「だって、有紗くんのお守りって、(かい)でしょうが」


 轍はさらに怪訝な顔で沖島をじろじろと見た。


「なんで知ってるんだよ」

「簡単さ。外に一緒に連れて出るなら、普通のペットみたいで可愛い兎がいいって考えそうだからだよ。有紗くんは可愛い物好きで単純だから」


 背後で誰かが吹き出した。

 田淵が咳払いで誤魔化す。


「で、櫂は享楽的だ。あの二人が連れだって都会に行って、本当にお守りができてると思うかい? 有紗くんは兎に戻っていた櫂をゲージに閉じこめるだろうし、櫂は櫂で大人しいふりをして見計らって簡単に破って出てくるだろう。家の外はネオンきらめく喧噪に溢れてる。二人がバラバラに遊び尽くしてることしか目に浮かばないよ」


 隣から反応がないので、沖島はたらたらと続けた。


「けど、櫂も馬鹿ではないからね。有紗くんが無事かどうかは定期的に見ているはずだ。その隙をつかれたのだからどうしようもないけれど、主に何かあったとなれば血相変えて戻って、君らを引き連れて敵討ちに出るだろう。忠誠心は誰よりも強い。そうだろう?」

「あー、うん」


 低く呟いた轍が、眉間を揉んだ。


「俺も疲れてんのかな。年かな。考えればわかりそうなもんなのに」

「身内のこととなると冷静になれないものだよ」

「おまえに言われると説得力あるわ」

「それはどうも」

「一応言っとくけど、嫌味だぜ」

「もちろんわかっているさ」

「帰って来させるのはできけど、今日明日は無理だ」


 轍は冷静さを取り戻したようだ。

 彼らを強制送還するための算段をつけている。頼りがいのある顔つきだ。とりあえず、無視をするであろう有紗ではなく櫂から連絡を取るのだろう。それでも共闘関係を組んで遊び呆ける二人を捕まえるには、骨が折れそうだ。


「それで、呼び戻してどうするんだよ」

「有紗くんに動いてもらう」


 轍は、だろうな、とだけ呟いた。

 筒木には長男がいるが、彼はどうも穏和に穏和を重ねたような人柄で、カゲに対するには不向きであった。ふくよかな顔を見ていると、こちらまで毒気を抜かれるような、カゲには向かないが、人に自浄作用を与えるような人間だ。沖島にも、時々会いに来る。


 この小料理屋で、隣に座ってくるのだ。

 つらつらと世間話をしつつ、沖島に歪みがないか確認をする。

 それは不快ではなく、むしろ彼に会うことで、沖島自身も安定を手に入れることができていた。


「筒木が使えないとすれば、誰かが壷に封じなきゃならないしな。有紗か。有紗なあ。あーあ、面倒くせえなあ」


 轍は本音をこぼして、冷めた湯飲みをあおった。

 気苦労が絶えないことに軽く同情した沖島が沈黙を貫いていると、突然空気を変えるガラリと乾いた音が響き渡った。

 三人揃って、入り口の引き戸に目を向ける。


「あれっ」


 開けたのは野瀬だった。

 精悍な顔つきは呆気にとられた表情で、店にいる三人に順に視線を走らせ、はたとする。


「なんかすみません」


 大きな身体を縮ませて引っ込もうとしたところを、沖島は軽やかに引き留めた。


「野瀬くん、ちょうどよかった。入って入って」


 ぎょっとして見上げてくる轍に、沖島はそっと目配せをする。

 訝しげではあるが、渋々納得したように子供らしい顔を装着して、足をぷらぷらと動かしてみせるまで、それはそれは自然な動きだった。


 田淵も沖島の意図は分からずとも、迎え入れることにしたようだ。布巾を手にカウンターへと戻ってきた。


 引っ込みのつかなくなったと察した野瀬は、そろそろと足を踏み入れる。

 左に曲がった蝶ネクタイに、黒いエプロンのまま。いつもとなんら変わりはない。店から何気なく足を向けたような、特にかしこまった用事もないようだった。


 沖島はだからこそ気になった。

 そんなふらっとした格好で「準備中」と立て札を掛けた店の戸をなんのアクションもなしに開けるのはどういうことなのだろうか?


「どうしたんや、野瀬」


 疑問は店主である田淵が投げかけた。

 拒絶は含まれておらず、居心地悪そうな野瀬を迎え入れるような暖かみさえ合った。どうやら、野瀬は田淵の懐にも入っているようだ。五年という月日は案外長いらしい。


「ああ、いや。田淵さんの所の椎名ちゃんとさっき会って。ふと定食が食べたくなったから寄ったんです」

「そうか。やけど準備中やぞ」

「えっ。見えませんでした、すみません」


 野瀬は顔を赤くしてぺこぺこと謝った。

 本当にそうだろうか。あんなにわかりやすく立てかけられている札が、見えない? そんなエプロンを掛けたままの格好で、定食を食べにくる客などいるだろうか?

 沖島に同調するようにふんと小さく笑った轍が、すぐに表情を引っ込める。


「ぼうっとしてるからや」

「出直します」

「まあまあ。お茶でも淹れてあげたらどうだい。ほら野瀬くんも突っ立ってないで座って」


 沖島は左隣の椅子を引いた。

 本格的に逃げ場のなくなった野瀬は、のろのろと席に着く。額に汗を掻いたまま、観念したのか、軽く肩の力を抜いてカウンターで腕を組んだ。太く、鍛えられた腕だ。


「椎名に会ったのか?」


 田淵が聞くと、野瀬はほっとしたように頷いた。


「世界の真ん中を取ったとか。喜んでいましたよ」

「やっとか。下手やからな、椎名は」

「面白い遊びですよねえ。瓦町に来て、初めて聞きましたけど、この町ならではの遊びですよね?」

「そうやな。おはじきを投げて、陣のなかにおはじきが一番多く入った所が、世界の真ん中、や。ほれ」


 湯呑みが渡された野瀬が、ゆっくりと口を付ける。

 沖島がくすくすと笑うと、野瀬は緊張した目でちらりと見た。


「いや、ね、思い出して」

「びっくりしたじゃないですか。僕変なこと言いました?」

「それ八百長だったなあ、と」

「沖島」


 轍が肘で突く。


「轍の仕業だよ」


 沖島は轍の「黙ってろ」を無視して告げた。田淵が合点がいったとばかりにしきりに頷いた。


「納得やわ。轍くんお世話掛けました」

「しいには言うなよ? ついでにこいつも八百長してるからな」

「そら言えんわ。先生にも担いでもらってたなんぞ」


 苦笑する田淵の顔は珍しく緩みきっている。椎名を思う穏やかな心が溶けだしているようだった。

 筒木もこんな顔で有紗を連れていた。

 いったい何があってこうなったんだか。

 有紗を呼び戻す事になった後の始末を考えると、沖島も轍のように気が重くなる気がした。


「あの」


 野瀬が間延びした声で、控えめに割って入る。腹を決めたらしい。


「うん?」


 沖島が促すと、野瀬は不思議そうに轍を見つめる。


「その子は?」

「おや。初めましてかい?」


 轍は気が向けば町に降りて子供たちの面倒を見ているが、こそこそ隠れてなどはいない。どちらかと言えば、そこここらにいる昔なじみの調子を見にふらついているというのに、野瀬が来て五年、まったく出くわしていないとは。


 轍を見てみれば、愛想のいい顔で野瀬をじっと見ていた。

 神気ある野性味のある影が消えておらず、野瀬はそれを瞬時に感じ取った。

 額の汗が引いていく。鍛え抜かれた猟犬のような目に、妙なざわつきがさっと差し込む。しかし、切り替えるのも早かった。


「ええと、椎名ちゃんの、お友達、ですか?」


 野瀬は場を和ませるような声で、この大人に囲まれても悠然とした少年に探りを入れてきた。


「兄のようなもんやわ」


 田淵が嘘偽りなく答える。淀みない答えとは、こうも疑う隙を与えないのかと沖島は内心敬服した。やはり正直者は強い。

 野瀬はその言葉を額縁通り受け止めた。腑に落ちたように、ぱっと表情が明るくなる。


「兄? 椎名ちゃんのですか? じゃあ田淵さんのお孫さん?」


 しかし、その答えに周りは沈黙した。

 三者三様揃って、野瀬の顔を見て押し黙る。

 野瀬は一瞬硬直し、それから繕うように眉を下げて見せた。


「え? あの、違いましたか?」

「おい」


 轍が身を乗り出すのを手でやんわりと制し、沖島は田淵に向かって和やかに話しかけた。


「アルバム、持ってきてくれるかい?」


 田淵は何も言わず、カウンター奥へと引っ込んだ。

 野瀬が状況を判断できぬまま、それを視線で追う。


「シロ。おいで」


 寝たふりをしていたシロは、すぐさま寄ってきてカウンターに静かに飛び乗ると、沖島の前にすっと座り、撫でてくれとばかりに目を瞑って顎を上に向けた。もちろん撫でてやる。彼女はそのままゆっくりと目を開き、野瀬を見て微笑むように目を細めた。

 沖島は鷹揚に頷く。わざとらしいと言ってもいいほどだ。現に隣の轍は遠慮なく鼻で笑っていた。


「ああ。それはよかった。ほら、シロの気が向いたようだよ。君から頼まれていた仕事をしようじゃないか」

「え。え」


 野瀬は目を白黒させたかと思うと、思い当たったようにハッとした。

 沖島は笑うのを寸前で堪え、結った髪の後れ毛を肩で揺らす。


「探し物は……祖父の時計。だったね?」

「そうです、はい」


 野瀬はしきりに指先を手のひらに握り込んでいた。

 なんのへまをしたのか、頭の中はフル回転しながら考えているのだろう。強固な外面は特殊な環境下に置かれて剥がれつつある。

 この居心地悪そうな姿も演技であるならば、相当な役者に違いない。


 沖島は笑みを絶やさぬまま、シロの背を撫でて促した。

 そっと白い足を前に出し、シロはずいっと野瀬の前に顔を突き出す。

 その藍色の瞳をカッと見開き、黒い満月のように瞳孔がじわじわと開いていく。



 野瀬はそれと目を合わせたまま時を止め、沖島はそうっと目を伏せた。



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