シーン7!
「ウグッ!?」
そして、俺は構わず愚民をそのままの体勢で廊下までリードした、というか引っ張った。廊下のドアを閉め、愚民に振り返った時には目が真っ白になっていたが、一発ビンタをかましたらすぐに愚民に黒眼が戻った。
「はぁ…… はぁ…… こ、殺す気ですか!? さっきの豆腐、噛まずに飲み込んじゃったじゃないですか!」
「豆腐を詰まらせただけで、いちいち五月蝿い男だな」
「襟首を引っ張るのが問題なんですよ! 軽く絞殺未遂ですよ!」
「撲殺の方が良かったか? そっち方面なら長けてるぞ」
「キューピッドがなんで鈍器の使用に慣れてるんですか!」
「すまん。暴走しまくりの上司をいつか破滅させる為に日々鍛錬しているなんて、とてもじゃないが俺の口からは言えない」
「いえいえ、ご丁寧に、ご説明有難うございます」
「お前、俺の練習相手になるか?」
お、丁度良いタイミングに空の花瓶が有るじゃないか。さてと、それを手に取って、強く握って、狙いを定めて、振り上げて……
「ちょちょちょちょっと!!何をしようとしてるんですか !?断じてお断りします! ていうか何でさりげなく僕を殺したいんですか!?」
「いや、大丈夫だ。お前を殺す気は、ない…… ふっ、まだな」
「『まだ』ってどういうことですか! 『ふっ、まだな』って!」
「後に…… わかる……」
「何、哀愁気味に言ってるんですか! 分かりたくないですよ!」
「親父…… グスン」
「僕たちどういう因縁で結びついてるんですか!?」
「…………」
「無言になるほど深刻なんですか!?」
さて、お遊戯はここでやめることにしよう。
閑話休題。
「こんなバカげたバカのじゃれあいよりも、それよりもだな、愚民」
「一応バカの行いってことは自覚してるんですね」
この愚民、逐一ツッコンでくるな。これはこれで、からかいがいが有る。
愚民いじりはここまでにして、さっさと要件を伝えることにしよう。
「さて、あの怜という美少女に俺がキューピッドであると説得しろ」
「またなんで僕がアモルさんを手伝わないといけないんですか」
「俺がお前の主だからだ」
「…………」
「無言で去るな!」
「グエッ!」
俺は容赦なしに愚民の襟首を再びグイッと引き、愚民の耳を俺の口に寄せ、とても大らかな、かつ脅しが加わったトーンで囁く。
「愚民よ…… お前の部屋の屋根裏に一体何があるか…… 妹たちに知れ渡っても良いのだな」
「!?」
「俺はな…… 女性の体に憧れ、草食系で理想の彼女をゲットするどころか、出会うきっかけすらもない愚民が、二次元でも、三次元でも、もうなんでもいいから色々なシチュエーションでウハウハしたいという気持ちはよぉくわかっているのだ。しっかし、お前がメイド好きだったとはなぁ! 趣味が合うじゃないか!」
「…………」
瞬間零度でそのまま永久保存されたのではないかと言うほどの真顔のまま、汗がアマゾン川のように果てしなく流れて行く。
「いや、別に俺を助けてくれなくても、いいんだ! お前が邪な心を持っていることがすべて事実無根であるなら! この機に今まで隠し持っていたその黒い秘密を打ち明けるためのきっかけを、俺は、お前の為に作って差し上げる、それだけだ」
俺は少しばかり愚民に考える時間を与えるため、静寂の間を与えよう。決して、こんな状況に立たされた人間を焦らすのが好き、とかでは無いぞ。うむ。
さて、三分たったか。俺はドア越しに聞こえるように叫ぶ。
「愛莉ちゃあん、怜い、実はこの愚民……」
「お手伝いをさせていただきます。アモル様」
勝った。
俺は今にも泣き出しそうな顔の愚民の肩に手を置き、笑顔でリビングへ繋がるドアを再び開けた。
「どうしたの、アモルちゃん? お兄ちゃんがどうかしたの?」
愛莉が可愛らしく小首を傾げながら、人差し指を口に当てている。
「なんでもないぞ、愛莉ちゃん、なぁ、愚民?」
「はい、なんでもありません。アモル様」
そうそう、これから俺の世話になる愚民はこのように従順であればよいのだ。
実のところ、データによればこの妹たちは屋根裏にあるブツの存在に気付いているので、この期に及んでその存在が公になったとしても何の支障もないのだが、愚民が俺の命令に忠実になるのなら多少のハッタリはしかるべき行動だっただろう。
しかし、今の愚民は傑作だな! 写真を取って適当にSNSで発信したい気分だ。
だが、俺も現時点で断じて悪魔ではないのでそんなことはしない。 ……後日、死神に転職をしたなら、保証はしないが。
俺と愚民はお互い自分の席に座った。俺は愛莉がはてなマークでいっぱいになっている姿を温和に眺めていると、怜が話しかけてきた。
「おい! アモル! もう逃げられないわよ! 証明しなさい! あなたがキューピッドだってことを!」
まだ、そんなことを考えていたのか。
「ああ、そんなもん、愚民に説明してもらえ」
「えっ?」
愚民は首関節がないロボットのように、瞬きもせず真顔のまま隣にいる怜へ顔を向けた。愚民は普通の人間のはずなのに、今やB級ホラー映画に出てくるのっぺらぼうより遥かに恐ろしい。これまで強気だった巨乳美女でさえ 「ひぃ、な、何よこれ!」 とビビっている。
「アモル様はキューピッドである…… アモル様はキューピッドである……」
「た、拓兄、し、しっかりするのよ!」
怜はどこか悪霊、または頭の切れるキューピッドに洗脳された愚民の救命活動として、肩を激しく揺さぶっている。
「アモル様はキューピッドである…… アモル様はキューピッドである……」
機械的だとは言え、崇められるのは意外にも心地よいものだ。怜が 「拓兄ぃいい、正気に戻ってええええ!」 と叫んでいるが、別に気に留めることはない。ここまで奉られると、気がいいな。どこかの独裁者のように自分の権力を大々的に宣言をしたくなるものだ。俺は指を天高く掲げた。
「そうだ、俺はキューピッドだ! がーはっはっはっは!」
「おおー! アモルちゃんかっこいいー!」
どうやら愛莉もノッてきたようだ。両手を組みながら、眩しいほどキラキラした目で俺を見つめてくる。ふっ、カッコよさは罪だな。
さて。
「怜、俺はキューピッドだろ? な? メッチャキューピッドじゃね?」
「うぅ、だ、断じて認めないわ!」
ほぅ、周りの人間がすべて俺の支持者になっても断じて自己の考えを改めないとは。カップラーメンを三分きっちりで食べ始めないと気が済まないほどの強固たる意思を持っているようだな。しかし、腹が減った。
「まあいい、後に分かる。食うぞほら」
「なんであんたが仕切ってんのよ!」
「いいじゃないか、ねー愛莉!」
「ねー!」
か、かわいい! この純粋さは凶器だ!
「ったく……」
てなわけで、今日の食卓は9割方愛莉と俺の胃袋の中に入っていき、残りは怜だった。忘れていたが、愚民は俺を崇めていたおかげで全く食っていない。いやはや、信仰心は時に人を殺すのだよ。わーはっはっは!
いや、愉快だ!
本当……鍋を囲むって、いいな!
どーも、はるまきです!
今回で第七話です!
是非続きも読んでみてください!
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