シーン5!
「アモルさん、僕、精神病棟に連れて行かれる気がします」
「そうだな」
「僕の妹達、本気ですよ。あ、今あいつら、裏庭の倉庫から縄持ってこようとしてます」
「みたいだな」
「あれ、愛莉の奴、縄と一緒に芝刈り機も持ってますね。一体何を切るんでしょうか」
「さあ、なんだろうな」
「あ、怜がハンカチに何か透明な液体たらしました。僕ピンチですよ」
「ヤバいな」
「愛莉、もう、包丁は台所から持ち出しちゃだめじゃないか。え? 『さようなら……』? はっはっは、もう、そんな冗談はダメじゃないか、愛莉」
「はっはっは、ホント愉快だなー、本庄家は」
「…………」
「…………」
「…………」
「さて、テレビでも見るか。今日は 『魔法少女! フレッシュもえりん!』 があるな」
「アーモールーさーん! タースーケーテー!」
愚民はそう叫んだ途端、膝を落とし、俺にすがりついた。廊下の奥から一歩一歩踏みしめるようにこちらに歩んでくる妹たちは独自の武器を手にしながら、目を不気味に輝かせている。ああ、これがヤンデレってやつなのか、と感得している俺に愚民は涙目で俺に話しかけた。
「アモルさん! 何感心しているんですか! 助けて下さいよ!」
「いや、俺、人間の生死には関わってないから。ほら、キューピッドだし」
「そんな無責任な! せめて最後に彼女を作ってやる、って言ってたじゃないですか!」
「そうなんだけどな、いやー人生って先がわからないものだな! はっはっは!」
「ほがらかに笑ってないで、助けて下さいよ!」
「多分大丈夫だ。今は死なないから」
「な、なんでわかるんですか!」
「いや、この前、データからお前の寿命を見たらこれから後四十年、六カ月と十日ぐらいは生きるみたいだからな」
「マジですか!? 微妙に短命じゃないですか、僕!」
「ま、まあ落ち込むな、愚民、助けてやるから、な?」
「あと四十年六カ月と十日…… 四十年六カ月と十日…… 四十年六カ月と十日……」
愚民は放心状態陥ってしまった。このままでは埒が明かないので俺が「さっきのは嘘だ、お前は軽く百歳までは生きられるぞ」というとても俺らしい、優しい嘘をついたらやっと活気づいたらしく、パワフルに立ち上がった。
ふっ、扱いやすい人間だな。
「簡単に彼女らに俺が見えればいいんだろ?」
「そうですね、それなら僕が一人で勝手にしゃべってない事が証明できますし」
「わかった、俺の温情に満ちた言葉に忠実に従うんだぞ、愚民」
「なんか突如殴りたくなる言い方ですね。まあ、良いです。それで僕は何すればいいんですか?」
「難しくないぞ。お前の妹たちの事を思い浮かべながら、『我、そして汝は、アモル様を主とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、下僕として忠実になり、他の者に依らず、自らの死をアモル様に奉げ、愛を誓い、アモル様を想い、アモル様のみに添うことを、神聖なる契約のもとに、誓います』 と言えばいい。ただ、それだけだ」
「純粋に長いですね。ていうか結婚式の牧師のセリフ思いっきりパクッてますよね?」
「神聖さが伝わるだろ」
「なんか神聖過ぎて言いづらいですよ! こんなセリフ」
「ただ言うだけであいつらに俺が見えるようになるんだぞ? 洗濯機をスイッチをポチッと押すだけの洗濯よりも簡単じゃないか」
「でもねぇ。キューピッドよりか悪魔との契約に近くないですか、これ」
「やるのか? やらないのか? 俺はどっちでもいいぞ。一応言っておくが、怜がお前の後ろでわけのわからん液体で湿らせたハンカチを構えている」
「も、もうわかりましたよ! でもフォローして下さいね、一気に覚えられませんから、そんな長いセリフ」
今やヤンデレ、というかメンヘラの典型的な姿となってしまった妹たちが、すでに腕を伸ばしたら届く距離にいたので、俺は彼女らの後ろ制服姿を堪能しながら服の先っぽを引っ張り、これ以上前に進めないようにした。俺は例の誓いのセリフを一句一句ゆっくり暗唱しながら、愚民がその契約の復唱を終えるのを待った。彼女らは訳も分からない言葉を淡々を呟いていく兄にますます危機感を感じ取ったらしく、今まで以上に力強く進もうとする。俺はさせずまい、と咄嗟に彼女らの腰に自分の腕を回す。
何ともやわらかくて、生温かい感触が腕から伝わってくる。このままで透明人間的な存在でもの方が得だったのでは…… このふくよかな感触、見えたらもう感じられなくなるんだろうな…… と過去の判断を後悔していると、とうとう愚民は言い終えてしまったようだ。
俺も渋々腕を離すことにする。
「アモルさん、終わりましたけど、これでいいんですか?」
「ああ、オーケーだ」
美少女たちは咄嗟に聞いたことのない声の発生源である俺の方向を向いた。
「あ、あんた誰だ! はっ! も、もしかしてあんたが! あんたが私のの拓兄に変な悟りを授けたのか!」
「グスッ…… お兄ちゃん、愛莉、お兄ちゃんの為なら、人一人殺しても、神様が許してくれるよね」
俺を 「人」 呼ばわりするのは気に食わないが、まあ、許してやろう。なんて俺は情味のあるキューピッドなのだろうか!
しかし、包丁を前かがみでこちらに向けないで欲しいな。いくらキューピッドは死なないと承知していながらも、やはりとてつもない命の危険を感じる。しかしなぜ、彼女達は俺をウサギを狙う虎のような目つきで見つめるのだ?
まあ、考えても仕方がないので、早速俺は人差し指を堂々と前に突き出し、自己紹介する。
「俺はアモル、キューピッドだ! ぐみ…… じゃなくて、お前たちのお兄ちゃんの発情期の思い出を作るお手伝いをしに来た、偉大なる天才キューピッドだ!」
「お姉ちゃん、手、縛って」
「わかったわ」
「えっ、何、な、なんで!? 拍手は!? ギャ―――――――! ぐーみーん! たーすーけーろー! コーローサーレールー!」
俺はすり抜けるために力を入れようとするが、時すでに遅し。見事この美少女タッグに手慣れた手つきで身柄を拘束されてしまった。なぜ愚民はこんな時に俺と言う主を助けに来ないのだ! ていうか、この二人、なんでこんなに手馴れているのだ!
何者!!?
俺は階段近くで笑っていた愚民と目が合った。
「愚民! 助けろ! これは命令だ!」
「助けて 『下さい』 でしょ? ア・モ・ル・さ・ま」
「う、うぅ……」
嫌味に俺の顔を覗いてくる。愚民め……!
「やるんですか? やらないんですか? 僕はどっちでもいいですよ。一応言っておきますけど、愛莉が泣きながら包丁持ち上げてます。あの目は本気ですよ」
「わ、わかった! 言えばいいんだろ! ……助けて下さい……」
「あれー、今までの威勢が全く無いですね。もう一回かな?」
「心まで腐った愚民め…… 後で見てろ! 助けて下さい! これでいいだろ!」
くそ、この人間の分際で、なんという辱めを!
「まあ、いいでしょう。合格点です。解放してあげますよ。あいりー、れいー、夜ご飯の時間だよー」
名前を呼ばれた美少女タッグは 「はーい」 と先ほどのドス暗い空気とは全く裏腹の、明るく活力に満ちた返事をした後、手と足が縄で縛られている俺を放り出して廊下の奥へ駆けて行った。
最早キューピッドと言うのは道端に落ちている、つぶれた空き缶程度の価値しか持たなくなってしまったのか。
俺は、自分のように廊下で世界中の誰からも忘れられたように捨てられた包丁を右手に取り、「お前も俺と一緒なんだな……」と心の中で異様なシンパシーを感じながら右手で器用に縄を切っていく。
美少女がここまで恐ろしく感じたのは初めてだ。今でさえ、もし、エロース様直々の特例任務ではなく、俺がただの駐在キューピッドであったなら、この廊下の奥で鬼畜兄弟姉妹三人団欒の食卓に交わるよりも、すでに向かい側の玄関から誰にも悟られないまま、無言で外に出ているはずだ。
俺は任務遂行のため、いやいやながらも皆が集まっているリビングに出ることにした。
どーも、はるまきです!
第五話ということで、前回の続きですね。
バッサリ言って漫才の続きです。
何はともあれ、楽しんでいただければ嬉しい限りです!
感想や評価も頂ければ幸いです!
読んでいただき、有難うございました!




