シーン3!
俺は不承不承と言った様子で準備をする。本来プロのキューピッドなら空に手をかざしただけで弓と矢が光とともに出てくるのだが、俺のようなひよっこがやるとなると、多少、いや多分に大袈裟で形式的な儀式が必要になる。しかも、キューピッドの俺が言うのも可笑しいがそれが相当恥ずかしいのだ。
俺は愚民の家の反対側、太陽の方向に向かって土下座した後、両手を大きく万歳する。そして、この国の言葉でゆっくり、一音ずつ噛みしめるかのように 「エロース様万歳、エロース様素敵、エロース様美人」 と唱えた後は、「ははー」 とでも言うように顔が地面にくっつくまで太陽に向かって数回ペコペコする。そして最後、矢が出るまでこの作業を繰り返し行わなければいけないのだ。
今、俺の後ろから愚民がすすり笑いをしているのが聞こえる。あれほど笑うなと言ったというのに! だ、だからイヤだったんだ! お、俺だって顔から火が出るほど恥ずかしいんだぞ、この儀式は! 出来れば俺だってどこかの魔法少女のように一瞬で何もなかった空間からふりふりした魔法の銃やら、剣やら、弓やらを作り出すみたいにカッコよく済ませたいじゃないか!
それはさておき、この作業を五回ほど繰り返した後、やっと一本の矢が出てきた。いつもは平均十八回ぐらいやらないといけないから、大幅な新記録更新ということで、本来なら今現在、自分自身を誇ってもいいはずなのだ。
「ほら、キューピッドの矢だ。わ、笑ってんじゃない、愚民! はぁ、はぁ…… 疲れた……」
愚民はまだ笑っていた。こ、こいつは人間だというのに、俺になんという屈辱を!
俺はこいつの足を一蹴りした。愚民は一生懸命口を閉ざして笑いを堪えたが、目がまだ笑っているし、体がまだ震えていた。せめて笑わない演技くらいは覚えてもらわないと、いつ俺がこの殺気を殺意に変えるかは、最早時間の問題だ。
愚民は目じりに溜まった笑い涙を右手で一払いした後、俺の矢を取った。
「あーなんか、ダサいですね…… 予想はずれっていうか、単なる薄い鉄筋見たいなもんじゃないですか、これ」
「……」
「しかも妙に脆くないですか? 見るからに鉛ですけど、プッ…… 普通の枯れ枝より折れやすいですよ、これ」
『プッ』 って…… 笑いやがった! クソ!
「あ、ああ、あああ……!」
「……ポキッ!」
この冷血メガネ愚民はいとも簡単に、しかも何の情の持たずまま、俺が苦労して太陽に土下座してまでも生み出した鉛の矢をへし折ってしまった。このとてつもない愛と性的情欲に満ちている俺の心が痛みを叫んでいる。む、胸が苦しい!
「わかりましたよ。 一応キューピッドとして認めてあげます。ちょ、ちょ、ちょっと泣かないでくださいよ!」
「グスッ……だって、俺の矢……」
「ああ、これですか。謝りますよ、もう折りませんから。それでいいでしょ」
「本当にもう折らない?」
「……折りませんから、上目づかいは止めて下さい」
「よし! さてお前の家に案内しろ、愚民。話は後だ」
俺は人差し指を高らかと空に挙げて叫んだ。
「ずいぶん開き直るの早いですね。わかった、わかりましたよ……」
愚民は渋々と右ポケットから家の鍵を出し、ドアを開けた。
「どうぞ」
「うむ」
言われるが前、もうすでに玄関に足を踏み入れていた俺だが、礼儀正しくされるのは決して悪い気がしない。愚民は、愚民らしく、高次元から来た俺にそれに似合う御もてなしをすればそれで良いのだ。
愚民の家の中は情報に有った通り、狭い廊下が真っすぐリビングまで伸びていた。壁紙の所々から見える乳色の部分から、この家が出来たてほやほやの頃は雪でさえも羨む白い壁紙一色だったことを示唆していたが、今では色あせてクリーム色になっている。それはそれで風景と調和しているからそれまた不思議だ。
愚民はこの廊下の大体真ん中辺りに位置する階段を上って俺を二階にある部屋に案内した。
部屋に入った途端、俺は言葉を失った。
「……ここ、お前の部屋か?」
「そうですよ、何か?」
「いや、大丈夫だ。最高だ。俺の初めてがお前で、本当に良かった」
「その発言は危険ですね」
俺の初めての人間界派遣がこいつで良かったという意味だが、おかしいのか? 人間等動向は時に訳がわからん。まあ、そんなのこの際どうでもいい! なぜなら、ここの空気を真直に吸うことが出来るだけで、炎天下の砂漠の中で、とうとうオアシスの湖で水浴びが出来たラクダようにどんどん俺の性的欲望が満たされていくのだ! ほかの物に集中が行き渡るわけがなかろう。
なにせ、壁一面に一人の美少女と一人の美女の写真数々がズラーっと貼られているいたのである。ふしだらな格好をしているわけではないし、制服姿やなんの変哲もない私服姿なのだが、無意識の内に鼻から赤い液体が出てきてしまった。
俺は本当のところもう少しこの写真の中で溺れ、見惚れていたかったが、エロース様からのご命令で本にしなくてはいけないので、データを取ることにするか。
その為にも、この清い心の持ち主であるこの大キューピッド、アモル様が、飾ってある写真を何枚か拝借するとしよう。特に制服姿と体操服姿は後に必ず持ち去らなければならない。
うむ。公私混合万歳!
まず俺の目についた美女は、先っぽに少しパーマが掛かった黒の長髪の美女。はっきり言って、申し分ないモデル体型の持ち主だ。メリとハリがきっちりしている。目はくっきりしているにも関わらず鋭い目つきをしている。
……なぜかエロース様に激似していることは伏せておこう。
ここにいてまであいつを思い出したくない。
そしてもう一人の美少女は、先ほど 「美」 をメインとした女とは対照的に、男子特有のお兄ちゃん精神をこれまでもか、とまでくすぐってくるほどの幼女だ。背は先ほどの美女と比べてはるかに低い。そのくりくりした目、ふっくらした頬、凹凸のないスレンダーな体、そして極めつけの桃色の唇は今すぐにでも抱きしめたいほど、萌える。
「あの、キューピッドさん」
「…………」
「キューピッドさん!」
「…… はっ! な、何だ愚民」
「……まあ、まず座って下さい。鼻血も拭いて」
全く愚民は天使を驚かせるのが好きだな。妄想の一つや二つ、邪魔してほしくないものだ。
俺はよだれ、もとい唾を飲み込んだ後、ティッシュで鼻血を拭き、勉強机の前にあった部屋唯一の椅子に座った。愚民は床に胡坐をかくように座る。
「よし、まず何が聞きたい! この大キューピッド、アモル様がドーンと聞いてやる」
「じゃあいつ帰るんですか?」
「言っただろ、お前が彼女を作るまでだ」
「えっ、なんでキューピッドさんに手伝ってもらうほどに僕彼女作らなきゃいけないんですか!」
「色々あってな、簡単に言えば、まあ、そういう訳だ」
「あの、僕全くわからないんですけど」
「わかった。説明してやる」
「はい、そうしてください」
「ヒラヒラした草食系男子のお前が、これからの人生に渡り一生彼女が出来そうにないから、せめて最後に女性のぬくもりを感じさせてやろうという愛の女神様のご慈悲で有能なキューピッドを一人送ってきた」
「酷い!」
「というのは嘘だ」
「良かった……」
「実際の所は愛の女神様の自己満足の為に、お前が彼女を作る過程を面白おかしく本にしたいからだ」
「もっと酷い!」
愚民はガックリと肩を落としていた。小声で 「なんで僕なんだ……」 と呟いている、その同じ愛の女神に勝手に捨てられた俺も同じ思いだったので、これに関しては俺も心から共感する。その気持ち、分かるぞ、愚民。
「安心しろ、キューピッドの俺が、お前がさっさと彼女出来るようにアドバイスしてやるんだから、彼女の一人や二人ぐらいは簡単だ! わーはっはっは!」
「あ、別にいいです」
「え」
愚民は右の人差し指で眼鏡を持ち上げる。そして、「エンディングが見えた!」 と……は言わなかった。意外と似合うと思うんだがな、その台詞。
実際のところはこんな感じだ。
「だって彼女出来たらやたら面倒じゃないですか。出費とか絶対多くなっちゃうしー。あーやだやだ。あれダメ、これダメ、あれやっちゃダメ、これやっちゃダメで、自分の時間、自分のために使えなくなっちゃうじゃないですかー。ノーウェイですね。不要です」
ピーチクパーチク、何とも合理的な男なんだ、こいつは。俺はこの、大してそこまで彼女ゲットを熱望していない人間の面倒を見なければいけないのか? このままでは俺が美少女を紹介してもらうどころか、キューピッド界に帰る目処さえが立たなくなってしまうではないか!
いや! キューピッドと言うのは、相思相愛とはまでは無くてもせめて片思いのしている男女同士のかけ橋になる存在であるはずだ。絶対何らかの道は有るはず!
そ、そうだ!
「で、でもお前好きな人とかいないのか? ほら、せめて幼馴染とか、同級生アイドルとか、お隣さんの娘とか、誰でもいいから、一人くらいはいるだろ?」
「誰でも、ですか……」
「そうだ! もう、女なら最早誰でもいい!」
どーも、はるまきです。
これからも、よろしくお願いします!
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