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シーン17!

 あれから数日が経った。

 いい加減朝食はもう作らなくていいぞ! と怒鳴りたくなるのだが、この家族にはそれほどの度胸を有している勇者いないようで、依然として、怜は包丁を片手に美味しい料理を次々と作っていく。しかしながら、俺にも目に見える変貌っぷりがそこにはあるわけで、愛莉の言っていた 「怜プラス洋食イコール精神的異常」 説が立証されたのだった。おでんの具で作ったピザやら、納豆のスパゲッティやら、醤油味のグラタンやら、チーズ入りの味噌汁等々、味がこれはこれは美味なので文句は言えないが、常識離れしたメニューを毎日口の中に入れていると、自分の中の食べ物の常識が狂ってしまいそうになる。いつか、俺のなかで『グラタンは醤油味』 が定着してしまうかもしれない。

 …………ったく! なんで俺もモヤモヤしなきゃならんのだ!

 こんなウジウジした状態、じれったいにもほどがある。怜には出るところ出て、黒白を争わないといない気がする。

 だからこそ、俺は怜の下駄箱の中に手紙を仕込んでおいたのだ。一途さんに代筆してもらった。抜かりはない。俺は怜がいつしかプライベートな事柄をこれでもかというほど暴露してくれた辺鄙な公園で待っていた。

「来たな、待っていたぞ」

 俺は仁王立ちをして、怜を迎えた。口には葉っぱの付いた小枝をくわえている。

「来たな、じゃないわよ! 何よこの手紙! 嫌がらせ!?」

「どうしたんだ?」

 怜は例の手紙を開いて、俺に突きつける。

「中身に両面 『愛してる』 だけを羅列した手紙を送っといて 『どうしたんだ』 じゃないわよ! しかも、用件が封筒に書いてあるってどういうことよ! 手紙の意味がないじゃない!」

「シンプルかつ、分かりやすいだろ」

「単なるバカで悪質なストーカーよ!」

「全く、『愛してる』 っていう俺の純粋な気持ちを手紙を通じて表現しただけで、ストーか呼ばわりとは、理不尽なもんだ」

「その表現の仕方が問題なのよ! ……ていうか、キューピッドが人間に告白するっていいの? 自由なのね」

「ギクッ」

 た、確かに過去に人間との恋愛で厄介なことになったりしているから、今ではタブーではある。でも、この欲望、耐えられるわけがないだろう! 高い壁があるからこぞ燃えるんだろ! 人間界も 『ロミオとジュリエット効果』 とでも言ってきちんと説明できてるんだから、俺のこの行動も理に適っているのだ!

「『ギクッ』 て言ったわよね!? しかも、口に出して!」

「う……。 し、仕方がないな。怜……、いいことを教えてやるよ」

「な、何よ。ろくなことじゃないと思うけど」

「何でもかんでも、ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ」

「神様はいつでもどこでも見てんじゃないの?」

「いや、大丈夫だ。あいつが見ているのは次に落とす女だけだ」

「ああ…… そっか、ギリシャ神話の神って言ったらあいつだものね……」

 どうやら理解していただけたようである。

「フッ……」

 そうだよな。

 こんなやり取りが俺たちなんだよな。

 こんな風に新喜劇でもやっているような会話をエンドレスに続けて、暴力承知の上で俺は怜にちょっかい出して、そんで怜も赤面しながら突っ込んでくれて。

だから…… 沈黙とか、ギスギスした空気とか、そんなものあるべきではないし、あるはずないわけで。

 まだ知り合って短いってのに、こ気持ちが揺らいでしょうがない。

 いや、本当は自分でも分かってるんだ、何でこんな気持ちになってるかなんて。

 人はたまに 『自分のことは自分が一番分からない』 っていうけど、そんなことない。

 自分と面と向かって、自分から逃げなければ、何でも自分のことは分かるもんだ。

「何笑ってんのよ!」

 こいつが、初めて俺をキューピッドとして頼ってくれた。

 俺じゃなきゃ出来ないって信じて、俺に期待を寄せてくれたんだ。

 口にくわえた枝を適当に捨てて、怜に語りかける。

「あーあ! しゃーねーな!」

 全く俺もお人よしすぎるぜ。

「お前は何がしたいんだ」

「え?」

 突然の質問に不意を突かれたらしく、口をぽかんと開ける。

「だから、お前はどうしたいんだ? あいつが好きなのか」

「え、あいつって?」

「一之瀬奏とかいう男のことだ」

 いつものように、いや、いつも以上に頬を赤らめた。

 もう答えを聞かなくても恋する乙女モード全開なのであるが、言葉にしてもらわなくてはならない。

「い、いいいいいきなりなによ! 好きって言われちゃ、そりゃ一目ぼれだからそうかもしれないけど…… まあ、どちらかと言えば、尊敬のほうが適切かもしれないけどさ! でもやっぱり嫌いじゃないし……」

 ウジウジしてるなあ。これはこれで弄りがいがあるというものなのだが、じれったい。

「じゃあ、お近づきになりたい、てことで一件落着でいいな」

「な、なに勝手に結論付けてんのよ! バカじゃないの!」

「はあ…… ああ、バカだよ。 お前の手伝いをしようと思い立った時点で己のバカ加減を思い知った」

「え……」

 この流れを予想していなかったのだろう、目を丸く大きく開けたまま暫く立ち尽くしていた。

「手伝って…… くれるの?」

 恥ずかしそうにその澄み切った瞳を使った上目づかいで俺を見つめる。おいおい、追い打ちをかけるなんて反則だな。

 俺まで赤くなっちまうじゃないか。

「ま、まあ、精々光栄に思え」

 俺は誤魔化すので精いっぱいだった。

 赤くなった顔を隠すように立ち上がり、さっさと家に帰ろうとしたところ、いいアイデアが浮かんだ。このまま、ボランティアで働きかけるのは面白くないし、それ以前に怜が俺に対して余計な借りとか感じてしまうと、今まで怜の中の俺のイメージが変わってしまう。

「……よし、駆け引きをしよう」

「駆け引き? なんで突然そんな話になるのよ」

「そうだ。一つだけでいい。無償で働きかけるのは俺の存在意義を揺るがす」

「こんなとき無償で働くのがキューピッドじゃないの?」

「俺に文字を教えろ」

「きれいにスルーしたわね」

 こんな機会、逃すわけにいかない。さっさと、報告書 (エロース様曰く、売れる本) を書かなければいけないのである。

「アルファベット、ひらがな、カタカナ、漢字、数字…… ああ、あと、記号か。それだけでいいぞ。簡単だろ」

「いやいやいや、決して簡単ではないのは明らかでしょ!?どんだけ苦労して読めるようになってんのか自らそんじゅそこらの赤ちゃんにでも聞いてみなさいよ!」

「おいおい、考えてみろよ。そのあと、お前は愛を育むことが出来るんだぞ?」

「そんな、愛を育むだなんて……」

「そう、あのワル男とあーんなことや、こーんなこと。手作り弁当を 『あーん』 ってすることも出来るんだぞ?」

「『あーん』…… じゅる……」

 腹を空かした虎のように涎を垂らし、なんやら危ない空気が漂っていたが、俺の口車にうまく乗っているようだ。

「一緒に下校したり、手をつないだり…… もしそれ以上の関係になれた暁には……」

「暁には……?」

「どうなると思う?」

「……え? えええええええええええ!? キャ――――! そんなそんな! いやだいやだいやだ! ああ、ううううぅぅぅ! 嫌じゃないいんだけど! うへ、うへへ……」

 両手をぼっぺにあてて、くねくねしていた。想像力が豊かなのは良いことだ。

「俺に割に合わない駆け引きじゃないか? 俺には全く喜びを得る機会がないぞ? 勉強して、苦痛を味わい、そして、お前の手伝いに汗水流す……」

 あ、今真剣に考えたら、俺の特になるものは一つもなかったぞ。

 なんてこった。

 おら、選択肢間違えたべ。

「やるわ!」

 怜は声高らかに、目をキラキラさせながらそう宣言した。

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