シーン18!
やたらモラルが欠落している俺のようなキューピッドが、言語という立派な歴史の産物であり、そして、芸術でもあるカテゴリーに口出しするのは単なるバカの悪ふざけのように思われるだろうが、今回ばかりは日本語を学ばなければいけないので、思う存分天才ぶらせてもらいたい。
日本語はやたら融通が利く言語らしい。日本語そのものはひらがなや漢字で賄えるし、英語やオランダ語みたいな非東洋言語がが入ってきたとしても、発音をカタカナで表せれば全て丸く収まる。
しかし、その分、頭に入れなければいけないものは多いのだ。その為、人間にとって日本語は最難関レベルの言語だとされているらしい。
忘れないでくれ、『人間にとって』 だ。
「あのさ、アモル聞きたいんだけど」
「俺はパンツを穿かない主義だ」
「そんな答えを導き出すことを聞きたいんじゃないわよ! つーか、穿きなさい!」
ったく、そう呟いた。
ついさっき、百円ショップで買ったひらがな・カタカナ表、数字表、そして、アルファベット表を指しながら向かい合って座っている俺の方を睨み付けて、続ける。
「あんたさ、なんで今まで書けなかったのよ」
「いや……、成行き? なんちゃって。…………ごめん」
「成行き、ねえ……」
タイトルが 『義務教育で学ぶ漢字全集』 という、辞書のような本の端をペラペラめくりながら、頬杖をしている。因みにタイトルは俺が読んだものだ。
「いや、私は逆に助かったのよ。ほら、これで駆け引きが終了したわけだし、次は私の番になるわけだから、いつものようにビックリマークを立ててまで追及をしようとは思わないのよ。うん、そうね、単なる好奇心よ」
俺たちが今いるのはとある喫茶店。チェーン店でもなくば、大きな道に展開しているわけでもない、細道にたたずんでいる、こじんまりとした、暇そうな店である。だからと言って、西部劇に出てくるような荒くれ者が罵詈雑言を絶え間なく吐き続けられるぐらいに腐れ切っているわけではない。ましてや、その逆だ。普通のチェーン店、いやそれ以上に綺麗に整理されており、入りずらい雰囲気では決してないのだ。
しかし、それでも暇なのは、客が俺たちしかいないのは仕方がないことなのだ。
なにせ、コーヒーも、料理も、やたらまずいのだから。
「で、どうなのよ。愛莉のつても借りて、分かりやすい本からこれまでかというぐらい難しい本をそろえてきたけど、いくらなんでも、三十分で終わるとは思わなかったわよ。ていうか、今日終わること自体、視野に入れてなかったんだから」
「面目ない……」
「私が働いたのってたったの十分よ。後は全部あんたが勝手に読んでいっただけだし」
「まあ、その、何ていうのか…… 完全記憶能力?」
「なんだか、かの十万三千冊丸暗記している小柄な少女を連想させるわね」
「訴えられないことを願うばかりだ」
とまあ、そういうわけだ。
費やした時間はひらがな、カタカナ、アルファベット、全部合わせて十分。それも取りすぎなくらいだ。勝手にキューピッドを見くびらないでほしい。自分でいうのは聊か自らを過大評価しすぎだと思われるかもしれないが、俺は真剣なときは真剣なのだ。
「因みに、全部のキューピッドがあんたみたいに、かん…… ああ、なんかパクってる感じがして、あまりいい気がしないわね…… うーん、ああ! 『瞬間』 記憶能力でいいわ。で、それを持ってるわけ?」
「もってるんじゃないか?」
「なんか関心のなさが伺えるわね。ったく……でも、ホント、早く終わって良かったわ。……さて、帰りましょうか」
「待て」
素早く立ち上がってそのまま帰ろうとした怜の腕を、俺はテーブルに乗り出して掴む。
「な、何よ?」
「まあ、いいから座れ」
俺の言うとおりに怜は座る。
「さっさと逃げたくなるのも分かるが、まあ、待てって。次は俺がお前に手を貸す番だろ。せめて、お前が何をしたいぐらいは伝えてくれないと、俺は何をすればいいかわからん」
「な、何をしたいって言われても……」
「恋のABCって知ってるか? 怜?」
「え?」
思いもよらぬ質問にフリーズしている。
「付き合うときのステップらしきものなんだが、お前はどこまで行きたい? あのワル男と? 基準が分からんと、俺も動けないぞ。ほら、基準はABCで答えてくれればいい」
「お願いします、やめてください」
おお! 面白いぞ!
「エーかな?」
「よし、アモル、そこでやめましょ? ね? あなたのためにならないわよ」
「ビー、かな?」
「ビーってあんた…… だめよ、そんな!」
「だめよ、だめよも好きのうちって、俺のおばあちゃんは言ってったなあ」
「あんたおばあちゃんいないでしょ!」
ご最も、空想の中のおばあちゃんである。
エアおばあちゃん。
しかしながら、汗も蒸発するほど顔を熱くなっている恋する乙女が拒否しても説得力に欠けるばかりだ。
「そうだな、ダメだ。そんなんじゃ物足りないもんな。全く俺も怜について知ったつもりだったが、まだまだだった…… すまなかった。怜がそこまでワル男との愛をそれ以上に真剣に考えていたとは…… よし、決意した! 俺がシーまで手伝ってやるから安心しろ」
「謝らないでえええええええ! ていうか、何を手伝うつもりなのよあんたは!?」
「へへ…… 色々…… かな」
「なんで意味深に笑いながら言うのよ! 嫌味!?」
「にやけながら言った方が好みだったか? じゃあ、こんな感じか? ……こほん。デヘへ…… 当たり前じゃないか、お嬢ちゃん、君のそのメリハリの入った体の隅々を美味しくいただくこと以外に…… ガへッ!?」
頭をグーで殴られた。脳内がジーンとする。
いや、分かっていたけどさ、ちょっと理不尽じゃないかな。
「はあ…… こういうのもなんだけど、私はこれといって行きたい域なんてものはないわ。ま、まあ、強いて言うならあんたが言ったように、お近づきになりたいぐらいよ」
「そうか、お任せコースでいいんだな」
「もう、なんでもいいわよ」
俺は胸を叩き、熱弁をふるう。
「よし、分かった! 全て俺に任せるんだ! タイタニック号に乗ったつもりで安心しろ!」
「沈んでるんですけど!?」
そんなこんなで、ワル男攻略をプロデュースを本格的に始めたのだ。




