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シーン13!

 それから数日、特に怜に変わったことはなかった。……ように思えた。

 普通に登下校するし、愛莉と愚民とも普通に会話はする。そして、食卓で普通に俺と今まで通り痴話喧嘩もする。

 だが、やっぱり可笑しいのだ。例えば、俺が朝食を待っている時に、同じ境遇で暇そうにしていた愛莉の手を握り、お互い見つめあっていると、朝食に粘土を食わされた。(一応、食べ物の形にはなっていた。しかし、食わなかったら、次は石を食わされるということで、完食せざるを得なかった)

 なんか、変だ。俺はここまで危険を感じたことがあっただろうか。

 俺はある人物に相談することにした。

「アモルちゃん!」

「愛莉ちゃん!」

 俺へ手を振る愛莉に、思わず俺も手を振ってしまった。

 可愛いなあ。

「アモルちゃんはここに座って!」

「お、おう!」

 愛莉は空いていた前方の席を軽く叩き、そこが俺の居場所であるという合図を送る。教室は授業であるにも関わらず、静粛だった。テスト中でもなければ、みんなが黒板を一生懸命書き写しているからでもなく、こわもての教師が 『一言でも喋ったらこのクラス全員を今にでも停学にしてやるぜ』 みたいな感じで睨み付けているわけでもない。愛莉が独りでに喋り、椅子を譲り、そして、従うかのようにその椅子がゆっくり動いているその状態が彼らの口を封じたのだ。

「よく来たね、アモルちゃん! ほめて遣わすぞ!」

「愛莉ちゃんにあえて、俺も嬉しいさあ!」

「初めてでしょ、愛莉のクラス来るの! 最初、ドアが開いたときはゴキブリかと思ったよ!」

「ドアを開けることが出来るゴキブリがここにはいるのか!?」

「いるよ、ほら」

「なぜ、俺の方を指す!?」

「てへっ♪ ごめんね、間違えちゃった」

 何だ、この対話は。

 悪意が入り混じっているようにしか思えないのは、気のせいだろうか。

 今までの愛莉ちゃんとは似つかない毒舌っぷりだ。

 愛莉はポニーテールの髪の毛をいじりながら、集まっている周囲の目を気にせずに会話を続ける。

「でも、アモルちゃんどうやってここの場所が分かったの? すとーきんぐ?」

 そうなんだよねー、いやー、みんな教えてくれないからさ、実はこの数日愛莉ちゃんを尾行してたんだー! ストーカーまであと一歩だよ!

 なんて、言えたものではない。

「いやー…… まあ、なんというか、俺がキューピッドだからだよ」

「そっか! やっぱりアモルちゃんはすごいね!」

 俺のキューピッドというアイデンティティこそが、愛莉の話をうやむやにするためのワイルドカードであることを実感した瞬間だった。

「でもさ、お姉ちゃんとか、お兄ちゃんに聞けばもっと早く遊びに来られたんじゃない?」

「まあ、それもそうなんだがな……」

 愚民には一度聞いたことがあって、もう俺はとっくに知ってるだろうと思い込んでるし、その時点で俺が 「迷子になったんで今度は丁寧に教えてください」 なんて、自身の格を下げてまで教えを乞おうなんてこと、まずありえない。

 怜に聞いたら、その後、石を食わされるかもしれなかったので、最初の段階から没だ。

「ま、いいじゃねえか。結果オーライで」

「そうだね!」

 清々しいほど爽やかで、それでいて可愛らしい笑みだった。

 このときは。

 こんな可愛らしいロリペタ中学生が豹変するなど、誰が思っていただろう。

「ときに、アモルちゃん……」

 人間というものは愛するものを守るためなら時に鬼になるという。

 俺の目の前にいるのは朝の魔法少女アニメで出てくるヒロインの恰好がずば抜けて似合ってそうな女の子が、スタンガンを持っているという、そんな、現実的で、それでいて非現実的な鬼の様相だった。

「アモルちゃんはさあ、お姉ちゃんに何をしたのかなあ?」

「え」

「目玉焼きの味付けが塩コショウだったよねえ、洋食だよねえ、アモルちゃんが来る前まではこんなことなかったんだけどなあ。お姉ちゃんは今まで目玉焼きは醤油なんだよねえ。変なんだよねえ。単なる偶然かなあ、アモルちゃん?」

 本来、見えるはずのないスタンガンの電流が、見え隠れしていた。かなりの威力を有しているのだろう。目も、怪しいほどに輝いている。

 ていうか、目玉焼きに塩コショウは洋食なのか!?

「ま、まて! 待てってば! イヤダ――――! ギャー――――!!」

 男とは思えない甲高い声がクラス中に響き渡った。正真正銘、俺の悲鳴だった。

 キューピッドは死んだ。

 いや、死んではいないが、逆に死ねたらいくらかは楽だったかもしれない。せめて、気絶ぐらいはしておきたかった。

 二度、三度と、スタンガンの襲来があったのだから。

 四度目を構えたとき、俺は力を振り絞り、叫んだ。

「ストップ! 愛莉ちゃん! ぜえ…… ぜえ…… 今俺がここで死んだら、お前のお兄ちゃんは童貞のままで、一生を過ごすことになってしまうぞ。それでもいいのか! 俺はお兄ちゃんを幸せにするためのキューピッドだぞ!」

「だったら、愛莉がそのどーてーをなくす手伝いするからいいもん!」

「マジすか!?」

 お前は幸せだな、愚民。

 絶対と言っていいほど、童貞がなんなのか愛莉には理解が及んでいないだろうが、こんなことを口に出してくれる妹なんぞ、そうそういたもんじゃない。しかも、それがクラスの中心で童貞喪失の手伝いを叫ぶなんて偉業、誰が成し遂げられただろう。

 しかし、ちょっとばかし落ち着いたようだ。スタンガンを机の中に入れたのがそのサイン。まず、なぜそこに置くのかは疑問なのだが、まあ、見過ごすのが自分の延命の処置だと心得た俺は、スルーした。

「でもさ、やっぱり、おかしいんだよね」

 人刺し指を顎にくっ付け、天井を見上げるようにして話し続ける。

「怜が……か?」

「そう。いつも私の胸をサワサワしてたのに、今ではもうしなくなったし、いつもはお兄ちゃんに毒舌吐いて、命令して、服従を命じてたのに」

「なんだか、今の怜の方が安全な感じがするな、聞く限り」

「大体、アモルちゃんはここに来てまだ何週間だから分からないかもしれないけど、実際、お姉ちゃんが料理すること自体が今まで滅多にないんだよ」

「でも、朝食はほとんど怜じゃないか」

「お姉ちゃんは、好きで台所に立ちたいわけじゃないんだよ」

「じゃあなんで」

「……切りたいから」

「…………は?」

 惚けるというか、純粋に意味が分からなかった。

「よくわからないんだけど、包丁持つと落ち着くんだって、お姉ちゃん。料理だと合法的に物々破壊が可能だから、溜めてたものを全てぶつけたいんだって。ほら、この前だってブロック肉をミンチにしたじゃない? 昨日の味噌汁に入ってたつくねがそうだよ」

 確かに考えたら、ほぼ全ての野菜がみじん切りだったような。

「人を幸せにするんだったら、ブロック肉もミンチにされて本望だろうよ」

 もしくは予想もしていなかった展開に腰を抜かしているかもしれないが。

「でもさ…… 愛莉はあんなお姉ちゃん、見たくないな…… あんな包丁を握ってにやにやしてるお姉ちゃん、見たくないな……」

 しょんぼりした様子で机を眺めながらそう言った。さっきの威勢がどこへすっ飛んだのやら。見る方も息が詰まる思いだ。今の愛莉も。加えれば 『包丁を握ってにやにやしてるお姉ちゃん』 も。

「知ってる? お姉ちゃんってさ、ビキニ着たことないんだよ」

「な、なんだよ、突然」

「アモルちゃん! お姉ちゃんの胸、見たことないでしょ!」

「ななな、何でそんな話になるんだよ!」

「きちんと答えて!」

 身を乗り出して、口をすぼめれば愛莉のファーストキスを奪えるだろうという至近距離からの問いかけはかなりのインパクトを放っていた。俺も応えざるを得ない。

「お、凹凸がきちんと浮き出てる体型してるから、み、見てないって言ったら嘘になるな」

「そんなの体格なんだから、誰も見たくなくとも見えちゃうじゃん! そんなんじゃなくて、愛莉が聞いてるのは服とか、そんなの取っ払った、すっぽんっぽんの時のお姉ちゃんの胸だよ! アモルちゃんは見たことある?」

「は、はい!?」

 余りに意外な展開に声が引きつってしまった。

「はああ…… これだから、アモルちゃんもお兄ちゃんも、どーてーなんだよ」

「いや、お前、絶対意味わかってないだろ」

「分かってなくても、分かるの! アモルちゃんはどーてーの中のどーてーだってことぐらい!」

 まず、俺たちキューピッドにそういった貞操概念など存在すること自体が分からないのだが、俺は童貞なのか。まあ、そうであるならば仕方がないっちゃ仕方がない。言うならば俺は男歴数週間なのだから。中には三十年間童貞を貫けば 『魔法使い』 になれるという空しい信教すら生まれているらしいじゃないか。

「よし! じゃあ、分かった!」

「一体、何が分かったんだ?」

 嫌な予感しかしない。

「お姉ちゃんの胸をアモルちゃんに見せてあげる!」

「なんだってえ!?」

「なんでもないよ、お姉ちゃんの胸をアモルちゃんに見せてあげたいの」

「何でもあるだろ、それは! っていうか、その前に、その行動の本義を俺に伝えるべきじゃないか!?」

 愛莉はすぐに答えずに、少しばかり間をおいて応えた。

「本義も何も ……見れば、わかるよ。今愛莉が口頭で説明しても、なんだからね」

 笑顔には間違いがないのに、声の覇気がなかった。

 俺が思っているよりも、この子が笑っているのは、そんなに単純な理由じゃないのかもしれない、そう感じた。

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