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9話 長老の昔話

「ほう、この鯨は小さい方なのか」

「そうです。この小さな鯨では、私たちの誓いには不十分です!誇りをかけて獲ってくる鯨は何倍も大きいですよ!」

「そうだぞー。モグモグ」


 骨だけになった巨大な鯨を見ながら浪人は酒を片手に感嘆の息を漏らす。そんな声に反応し、焼き串を片手に声高々に言う結弦と、刺身を口いっぱいリスのように頬張りながら同調する貫弦。


「ほうら、次は揚げ物だ。たっぷり食えよー」

「たくさん食って、大きくなるんだぞー」

『あ、あの。もうお腹いっぱいで…助けて!葎さ…むぐぅ!?』


 取り囲まれ、二倍も体格差のある大人達から執拗な食べ物喰らわせに遭うドール。すでにお腹はわかりやすく丸く詰まっている。


「親方―、俺たちも参加しましょうよー」

「黙ってついて来い。鮮度が落ちたら氷川に申し訳が立たん!あとにしろい!」


 文句垂れる弟子に一喝し、内臓が詰まった大きな瓶を背負って氷川の住居へ急ぐ登喜。様々な喧騒が飛び交う中で、葎は長老と向き合う。お互いに料理を食べながら話しているが、二人の雰囲気は対称的だ。片や酒で気分上場に昔を意気揚々と語り、片や話半分で料理に舌鼓を打っている。


「へぇ、同じようなことが200年前にもあったのか」

「そうですじゃ。その時は赤の軍ではなく緑の軍相手でしたが、黒の軍は主力を打ち破り薙ぎ倒し、緑の軍の領地の奥深くへと進軍していました」


 長老は酒で喉を潤しながら、相手のことを忘れ一方的に話し続けている。葎は話に耳を傾けながら、5本目の串焼きに手を伸ばす。


「その時のワシは敵をズンバラリンと切り捨て、それはもう山のように敵の死体を積み上げたもんじゃ。戦友と共に戦果を競い、七日七晩前へ前へ猛進したその瞬間が、ワシの人生で一番楽しかったのぉ」


 酒によってなのか、熱弁の勢いなのか、顔を赤く火照らせてもなお話は止まらない。どこか遠くを見つめている長老に、適当に返事をしながら葎は鯨肉の煮込みのおかわりを頼み、腹一杯で眠ったズイの背中を撫でる。


「じゃが、快進撃は長く続かなかった。奥へ進んでいくたびに強力になる数々の要塞、必死に防衛する武士共。それらすら打ち砕いたワシらへの決定打となったのは…食糧じゃ」


 その言葉を聞いた葎は漬物を食べる手を止め、興味をはらんだ視線を向ける。


「進むたびに反比例して少なくなっていく食事。首都目前というところで、食べられるものは完全になくなっていた。そこからはただの敗走。腹の減った軍が腹を満たした軍に勝つ道理がない。ワシらの部隊は撤退したが、多くの部隊は背に傷を負うことを恐れてそこで散っていった。おかげでワシの同期はほとんどおらん」


 僅かに潤んだ目を地に落とし、トーンの落ちた声で段々と話す速度が落ちていく。長老をまっすぐ見据え、顎に手を当てている葎は話を促すように長老を見つめる。そんな様子の葎を見たわけではないが、長老はぽつりぽつりと話し続ける。


「ワシらの部隊は運良く撤退途中に輜重隊と遭遇し、餓死は免れることができた。命からがら逃げ延びたワシは、何度かの国境防衛戦を得て、故郷に帰り着くことができた。ようやく休めると、そこでみたのは…両親の遺体じゃった…」


 ついに目から決壊した雫が地面を濡らし始める。何か、懺悔でもするような声色で話す長老の体が、すごく小さく見える。


「ワシを救ってくれた輜重隊…あれは、軍が苦肉の策で出した食糧を調達する部隊…調達先は……村だった。ワシらが調子良く進んでいる後ろで、両親が飢えていることなど考えもしなかった」


 手に持っていた酒を零していることにも気付かずに俯いて静かになる長老。しばらくすると、無意識に固く握っていた拳を緩め、声色も戻っていく。


「それからワシは武士の座を売り渡し、その金でこの村…流血樹を立て直す商人として尽力したのじゃ。一番楽しかったのは間違いなく武士の時じゃが、一番輝いていたのは商人として奔走していた時じゃな」


 話に区切りがつき、手に持っていた盃を呷る。しかし酒がなくなったことに気づき、無くした水分を潤そうと瓶ごと一気に流し込む。プハァッと一息ついた長老。


 その目の前で、葎は考え込んでいた。戦いの術のみを学んできた葎にとって、長老の話は初めての歴史の授業である。戦場という舞台のたった一つの駒として生きてきた葎にとって、戦いとは地図上で雌雄を決するものだ。しかし、食糧問題という盤外のことによって撤退したというのは、葎にとって衝撃的であった。一進一退の攻防の中、少し戻れば豊富に食糧がある戦場しか経験したことがない。それは補給線が届かなくなるような快進撃などなく、また栄養と量だけを徹底した糧食によるものだと知るのはもう少し先の話。


それよりも、葎は自分のやるべきことが増えたことを自覚する。今までは、より上位の武士が用意した戦場で戦うだけであったが、この場では自分がそれらを用意せねばならない事を思い知った。


「…つまり今、黒が赤に調子良く攻め込んでいる状況で、200年前と同じようなことが起きうるってことか。同じことが起きるなら、そろそろ周辺の村々から食糧の収奪が始まるってことになる。…長老、俺のことを軍ではなく他の村に言いふらそうとしたのは、敵軍の有力武士の引き渡しによる免除だな?」

「ええ、ええ。全くその通りでございます」


 指示されたものを粉砕し目の前の者をぶちのめせば良かった葎にとって、初めての規模の大きな話だ。聞いて体験した限りの情報で考えた道筋は、長老によって肯定される。


「だが、それで納得してくれるとは思わんな。俺一人で軍の腹が膨れるわけでもない」

「…ええ。ですがやらない訳にもいかなかったからのぉ」


 長老が思っているよりも、葎の地位は高くない。確かに苗字持ちの強力な駒ではあるのだが、一人で戦略的な影響を与えるほどでもない。この手の手段が通じるのは戦闘の駒ではなく、駒を操る指揮官ほどの地位が無いといけない。


「それじゃあ、そんな悲劇を繰り返さないための俺の考えを聞いてくれるか?」

「あのような思いを回避できるのなら、喜んで聞きましょうとも」

「ああ、賛同するかは長老に任せるぞ」


 頭の中で将来図を組み立てながら話す内容は正直、あちこちに飛んで冗長になってしまったが、長老にとっては想定よりも価値のあるものだった。今の葎では、飛行艇の価値が戦闘だけでは収まらない、全くの別物に思える。そして説明された長老にとっても同じだ。そうして、喉の渇きを覚えた頃に話を終える。


「ふむ…ならば、その飛行艇を直すことが、輜重隊が来る前の一番の課題ですな」

「ああ、元々それが一番だったが…もっと早くしないとな」


 口に出して聞いてもらうことで、葎の中でも計画が組み立ちつつある。長老は聞かされた計画に、ある程度の有用性と将来性を強く感じた。しかし、その計画は飛行艇とグレイソン人達、そして周辺の村々が協力しないと成り立たないとも理解している。特に壊れている飛行艇という大きな不安要素は、長老をこの計画に気前よく乗らせる訳にはいかなかった。


「葎殿、あなたの話す計画は、とても魅力的だ。商人としても、投資して一枚噛みたいところじゃが…少し考えさせてくれんかの?」

「ああ、俺も即答できる程度に小さいもんだとは思っていない。それに、ここら一体を巻き込む大事になるからな。しっかり考えてくれよ」


 二人の話が終えたところで宴会も落ち着き、人々は仕事に戻っている。集落に取り置く分は倉庫へ、それ以外は周辺への取引用に加工されていく。肉は部位ごとに塩漬け燻製乾燥。骨は道具や工芸品に、内臓はすでに運びだされている。そして何人かは大きな桶を持ち、山の方へと走り去って行く。その通り道には、点々と赤黒いシミが続いていた。


「長老、あいつらは鯨の血をどうするんだ?」

「あれは森に撒きに行くところですな。鯨が獲れなかった時は山から採取して生活します。そのために、血を肥料として与えて育ててますのじゃ」

「なるほど、道理で木の実が豊富だったわけだ。それとこの集落の名前も」


 長老と別れた葎は寝ていたズイを起こし、飲んだくれている浪人と食い潰れているドールを回収して飛行艇へ向かう。その前に、今まで宴の調理担当となっていた伊佐那が話しかけてきた。


「武士さま、あたしもついて行ってもいいかい?」


 そう言う伊佐那の背中には大きな鍋が、両手には食材の詰まった籠がある。


「いいが、あいつらにはもう飯は与えて…いや、もう昼時を過ぎていたな。それじゃあ、これが初めての仕事になるな。よろしく頼む」

「ええ、気張って行くわよ。それと、和多流(わたる)が向こうにいるのさ」

「和多流?…ああ、伊佐那の子供か。見かけんと思ったら飛行艇にいたのか」


 宴には多数の子供が走り回って場を賑やかにしていたが、その中に見覚えのある子供の姿はなかった。飛行艇の方にいたのだと判明し、葎は腑に落ちた。


「どうして和多流は他の子といないんだ?それに力は弱いとはいえ、知らん奴に囲まれるような場所に置いて行くのは感心しないぞ」


 飛行艇までの道中、葎は伊佐那と話している。その横で、ドールはズイの背中で乗り物酔いと戦い、浪人はその様子に気を遣っている。


「あの子は同じ歳の子よりも成長が遅くてね、それが引け目に感じてるみたいなのさ。あの子にとって、その知らん奴といる方が良いらしい」


 そういう年頃によくある、不安定な時期だと笑って話す伊佐那。もっとも、葎も浪人もそういう経験は無いためしっくりこなかったが、そういうものだと曖昧に納得する。


「それと襲われることについては心配はいらないさ。今朝、そのグレイソンっていう奴らで一番でかいやつと相撲して勝っていたよ。それから仲良くなって肩を組んだりもしてたね。言ってる意味はわからなかったけど、害を与えるような雰囲気じゃなかったよ」

「そうか、なら心配ないか」


 それから飛行艇に着くまでの間、生活や鯨のことについて雑談して時間を潰した。酔っているドールは浪人に抱えられ、子供のように扱われている。そしてドールの運搬係から解放されたズイは上機嫌に葎に擦り寄り、若干歩きにくい思いもしたりした。そうして歩き、飛行艇がもうすぐと言った所でズイが足を止める。


「ズイ、どうした?」


 葎は何かの既視感を覚えながら問いかける。ズイは顔を空に向けて、何かを嗅ぎ分けるかのように鼻息を荒くしている。様子のおかしいズイに気を取られているうちにも、他の面々は飛行艇が見える位置へ歩いて行く。


「さ、ご飯の時間だ…!!和多流!」


 何かを見た伊佐那は、持っていた籠を放り出し血相を変えて走り出す。その様子に、葎も急いで駆け出す。そうして見たその先には、5人の武装した人が飛行艇へと勢いよく走り寄っているのが見える。飛行艇の元には多数のグレイソン人達が何かを守るように集まっている。その中心には、トーマスに抱えられている和多流の姿があった。


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