第25話 重たい相談
「なんだか上機嫌ですね、湊」
翌日、登校途中に偶然出会ったのあに、感情を見透かされたようにそう言われる。
「えっ、分かる?」
少し嬉しくなりながら返す。自分でも分かるくらい、声が弾んでいるのを感じた。
「うん。わかるよ」
と相変わず、冷静な返答が返ってくる。それでも、嬉しい気持ちが押さえられず、つい口にする。
「実は、のあと話す中でさ、俺も彼女に救われていたことに気付けた。その感謝の気持ちをやっと伝えられて、なにより受け止めてもらえたことが嬉しかった」
「そうなんですか」
瑠璃は俺の事をまじまじと見つめる。何かを確かめるようにしばらく視線を送られる。それに対し、俺はふっと笑った。そう言えば、瑠璃にだって感謝の気持ちを伝えていなかったなと。
「瑠璃も、俺たちの仲間になってくれてありがとう。作曲からプロモーションまで手伝ってくれていつも助かってる。沢山の人に聞いてもらえるようになったのは、瑠璃のおかげだな。ありがと」
その言葉に、彼女は目を見開いいて驚いたようにこちらを見つめる。そして、目元を緩めて、笑った。
「こちらこそ、ありがと。私に居場所をくれて」
彼女はそうポツリと呟くのだった。
二人の間に、春の温かな風が吹いた。少しずつ縮まっていく距離感に、思わず笑みが零れる。そんな中、
「じゃあ、自分が湊だってことも伝えたんだね?」
純粋無垢な表情で瑠璃が俺を見つめてきた。
「…………」
問いかけられたその言葉に思わず固まってしまう……。浮かれていたせいか、それについてはほとんど進展がなかった。……いや、待て。男性に対して恐怖心がないと知れたことはプラスじゃないのか?
でも、直接伝えることへの進展はないわけで。もうオンライン上で伝える方向でもいいかな?……でも、失敗した時には、もう二度と話してもらえないというリスクを抱えることになるんだよな。
最悪そのままこのチームが解散なんてことも……
「まぁ、それはおいおいね」
「……進んでないんだね」
そうぴしゃりと言い切られるのだった。
***
迎えた昼休み。どうやら律花は委員会があるらしく、今日は瑠璃と二人で食べることになった。
昼下がりのざわめきの中、どこか空気が落ち着いて感じられるのは、一緒に遊んだことで距離感が縮まったからだろうな。二人で席に着くと、唐突に瑠璃がスマホを差し出してきた。
「これ、聞いてほしい」
画面に表示されているのは、とある音楽アカウント。登録者数は百人前後。数字だけ見れば、埋もれてしまいそうな規模だった。
(瑠璃がわざわざ俺に聞いてほしいって言うってことは……凄い人なのかな?)
実力はあるのに評価されていないタイプか。それとも、新しいチームメンバー候補? まさか「お前の曲はもういらない」と遠回しに示されているわけじゃないよね……。朝の返答が悪かったのかな?
なんて、勝手な想像が膨らみ、胸の奥がわずかにざわつく。不安な気持ちになり、顔を上げると瑠璃と目が合った。その瞳の奥には確かな意図があるように見えた。
少しだけ息を整えてから、俺はイヤホンを耳に差し込む。再生ボタンを押す指先が、ほんのわずかに重く感じた。
聞き終わって。イヤホンを外す。しばらく無言の時間が続いた中での、正直な感想は——つまらない、だった。
もちろん、技術はある。音程も安定しているし、アレンジも破綻していない。どこかが致命的に悪いわけじゃない。けれど、胸の奥に何も残らない。きれいに整えられたパーツを、流行の型にはめて繋ぎ合わせたような印象で、作り手自身の顔がまるで見えてこない。
過去にヒットした曲のエッセンスや、今まさに流行している要素が器用に組み込まれていて、知識量も豊富だと感じる。多分、俺以上にあるだろう。だからこそ余計にもったいないと思うし、そこに"この人じゃなきゃいけない理由"も見つけられなかった。
テーマも、衝動も、叫びもない。ただ雰囲気だけが整えられている——そんな曲に思えた。
「この曲、聴いてどう思った?」
瑠璃は静かに俺を見つめる。その瞳は、探るというより確かめるようだった。
正直に言っていいのか。もしこれが瑠璃の好きな曲だったら、俺は真正面から否定することになる。嫌われたくないという打算が、一瞬よぎる。言葉を選ぼうとして視線を落としかけたとき、瑠璃のまっすぐな視線が俺を捉えて離さなかった。
逃げちゃだめ。そう無言で言われている気がした。俺は覚悟を決めて、彼女をまっすぐ見つめる。
「正直に言っていいなら……」
一呼吸置く。
「技術的には、上手いと思ったよ」
瑠璃は小さく頷く。その表情は変わらない。ただ、続きを待っている。
「でも……つまらないって思ってしまった」
言葉にすると、思った以上に重い。作った人にも悪いとは思う。でも嘘は付けなかった。
「伝えたい思いが見えないっていうか。何のためにこの曲を書いてるんだろうって、疑問に思った。上手いけど、心に残らない……そんな感じ」
言い終えたあと、わずかに胸がざわつく。やっぱり言い過ぎたかもしれない。そんな後悔が胸の中に浮かぶ。そんな暗い雰囲気を破るように、瑠璃が口を開いた。
「私もそう思う」
迷いのない瞳で応える。否定も動揺もない。ただ、事実を告げているのが分かる。その一言に、張り詰めていた緊張が少しだけほどける。同時に、なぜこの曲を俺に聴かせたのか、その本題がまだ先にあるのだと直感する。
「他も聞いてみて?」
彼女に促される中、俺は数曲聴いてみた。全体的な感想が変わることはない。だけど……
「なんか最初の方の曲は、惹かれる部分があるかも……」
「……そう、だよね」
そう伝えると、瑠璃は少しだけ嬉しそうに口元を緩める。驚くほど自然な微笑みに……え!?もしかして瑠璃の知り合いが作った曲?そんな疑惑が、頭をよぎる。自然と鼓動が早くなるのを感じる中、瑠璃は改めて、俺を見つめなおし、口を開いた。
「それで、相談があるの」
瑠璃は特に気にした様子もなく、淡々と続ける。
「相談って?」
内心の動揺を隠すように、俺はできるだけ自然に笑みを作って返す。
「実はこの曲、律花が作った曲。だから、作曲について律花にアドバイスするか、何もしない方がいいのかききたい」
その表情は真剣そのものだった。普段は静かな瞳に、今日ははっきりとした力が宿っている。のだが、
「待って、これ律花が作ったの!?」
その一言で、さっきまでの感情はふっとんだ。というか、知らずにめっちゃディスってしまった気がする。全体的につまらない。確かにそういってしまった。
さぁーと自分が青ざめていくのを感じるなか、瑠璃はこてんと首を傾げてこちら見つめる。
「そういった」
淡々と告げられた。——いやいやいや、それはマズいって。いや、瑠璃ならきっと何も言わないだろうけどさ。というか、あっぶな。律花がいなくて、本当に良かった~。そこはマジでナイス判断です、瑠璃さん。
——でも、待てよ。瑠璃も、普通に俺の意見に同意してなかったっけ?思い返すと、確かに同意はしていて。でもなぜだろう、仮に律花がこの場にいても、瑠璃だけ許される気がするのは……。
感情のジェットコースターを味わった、俺は一旦落ち着くべく、深呼吸をする。吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー。そうして落ち着いてから改めて問いかける。
「それで、律花の作曲にアドバイスするかどうかだよな?」
「うん」
確かに、アドバイスすること自体は可能かもしれない。多分、俺と同じかそれ以上に、誰かの心に届く曲になだろう。
——でも、それはAIが作ることと、どう違うんだろう?そんな疑問が、頭の中に浮んでくる。
何かに頼るということは、自分が考える機会を損失することと同義だ。汎用的な能力を身に付けることはできるかもしれない。けど、個性という大事なものが失われるリスクも大きいとも感じる。
俺は改めてスマホの画面に目を落とす。彼女のアカウント。その投稿数は、俺よりも圧倒的に多い。スクロールするたびに並ぶサムネイル。曲だけでなく、短いBGMもある。全部で四十八曲。
四十八回、何かを作り、公開し、誰かの反応を待ったということだ。
そこには、試行錯誤の跡がはっきりと残っている。再生数が伸びた曲もあれば、ほとんど反応のないものもある。それでも消さずに残しているあたりに、彼女の姿勢が見える。自分と向き合いながら、少しずつ形を変えてきたのだろう。
「……ちゃんと、考えてきたんだな」
思わず小さく漏れる。
ただ好きで作っているだけじゃない。聴き手の反応を追いながら、どう届くのかを試してきた。その積み重ねが、この四十八曲に詰まっている。
だからこそ、今の相談も軽いものじゃない。友達として言うのか。作り手として言うのか。その境界線に立っているから、瑠璃も俺に相談してきたのだと、ようやく理解した。
瑠璃も迷ったのだろうな。このアカウントを発見して、本人に伝えていいのか。それとも、このまま触れずにいた方がいいのかって。
だって、俺たちが律花にアドバイスするってことは、これまで積み重ねてきた曲の数々を、"根底から否定する"ことになるんだから。
再生されなかった曲の現実を突きつけ、作り直した方がいいと示唆する。それはきっと、残酷な響きを伴う。自分だったら言われたくない言葉だ。それを律花のためだと信じて差し出すかどうか——その選択を、今まさに迫られている。
胸の奥がざわつく。それでも俺は、迷いを抱えつつも、伝えた方がいいと思った。その思いを、できるだけまっすぐに言葉にする。
「俺は、律花に伝えた方がいいと思う」
ぽつりと零したその声に、瑠璃は俺の目を真っ直ぐに見つめて問いを重ねる。
「それは、今すぐにってこと?」
俺はゆっくりと首を横に振った。焦りは禁物だと、自分に言い聞かせるように。
「いや、タイミングは見ないといけないと思ってる」
一拍置いてから、彼女の目を覗き込む。
「瑠璃はどう思ってる?」
彼女の表情を慎重に伺いながら問うと、瑠璃は無表情のまま、しかし確かな意志を込めて頷いた。
「私もそう思う。律花の音はどこか捕らわれているように感じるから」
「……そうだな」
彼女の言葉に俺はこくりと頷く。その日の昼休みは、少し重い気持ちを抱いたまま終えた。




