27.バトンタッチ。
ザックスがライザの元婚約者だと知り、なぜか明らかに動揺しているヴォレーク様。だが、彼の口ぶりから、ザックスがミュード元伯爵令息だということは既にご存知のようだ。
そうすると、ここで一つ疑問が湧く。
なぜザックスは、こんな近い距離感でこの兄妹の側にいられるのだろう? さっきの話から、彼はセレスティーナ嬢を危険に晒した、犯人の子供ってことになるのに……。
「ライ……セレスティーナ様……」
頭で考えていたことが全部顔に出ていたのだろうか。私の困惑は当然とばかりに、ザックスが柔らかに微笑み、目の前にさっと跪く。
「貴女がお許しになって下さったから、今こうして私はここに生きております。ラグナット侯爵家に拾われた身ですが……貴女の為なら、この命を賭けることも厭いません。だって……私はセレスティーナ様の『犬』ですから……」
「い、犬⁉︎」
爽やかな笑顔の元婚約者の口から、とんでもないパワーワードが飛び出した。セレスティーナ嬢は屋敷の者達からもザックスからも、教祖様のように崇め奉られているのか⁉︎ すごいカリスマ美少女。そういえばアグウィにも、その寛大な心で手を差し伸べていたっけ。人間としての器が私とは違いすぎる。
ザックスの言葉を補足するように、ヴォレーク様が先を続ける。
「まぁ、セレナが許してるから、俺達がそれ以上口を挟めなかったのは確かだな。当時まだ未成年だったザックス自身が事件を起こしたわけではないし、それに……ミュード伯爵は助けを求めていたんじゃないかと、後になって思うんだ……」
「助け?」
思わず、彼に聞き返す。
「伯爵の人為的なミスが発覚したのは、手術後に取り違えた魔石を彼がうっかり落としたからだ。よく考えれば随分とお粗末な話だし、すり替えられた魔石も空っぽだったから、セレナは助かったようなもの……」
「?」
「もし、埋め込まれていたのが『水』属性の魔石だったら、セレナの命は確実に奪われていただろう。『土』『風』属性でも対応に苦慮したはず。あの時、裏で何者かに脅されていた状況下で……それでも医師である彼が、できうる最善を尽くした結果なのかもしれない……だから……」
「……今となっては、真相は闇の中ですよ」
「ザックス……」
少し投げやりな口調で、ザックスがこの話を雑に打ち切った。そんな彼に神妙な面持ちを向けていたヴォレーク様だったが……急にハッと何かに気づいたように、慌てて声を上げる。
「あっ! そ、それよりもザックス! 一体、どういうことだ⁉︎ お、俺は聞いてないぞ⁉︎」
「……私とライザの深い深い関係ですか?」
「なっ⁉︎ 呼び捨て⁉︎」
「ミュード伯爵家が取り潰され、婚約が白紙となった件を、普通わざわざ現婚約者様に言うことはしないでしょう?」
「ゔっ! た、確かにそれもそうなんだが……でも……以前、ザックスが言っていた婚約者とのあの話……あれは……」
「えぇ、全てライザのことですよ」
「そ、そんな……」
………………
えっと……あの話って……何? 相手が誰か実名を伏せて、自分の元婚約者の話を語ったのか? ザックス……私のこと彼に何て話したの⁇ ヴォレーク様がなんか、ものすごい顔してるんですけどーー⁉︎
いやーーっ! 本人不在で何を話しちゃってんのよ⁉︎ 知りたい……いや、やっぱり聞きたくなーーいっ‼︎
パチンッ!
その時、何かが切り替わるような音が、静かに……でもはっきりと耳の奥で聞こえた。
え? 何、今の音?
驚きで、パチパチと瞬きをしようとして……気づいた。瞼が動かない。声も出せない。顔面の器官を随意的に動かそうにも、もはや顔の感覚を感じ取ることができない。
………………
これは、もしかして……
「あっ、あぁーーっ、うん、ごほんっ! てすてすてすてす……」
努めて冷静に思考を働かせている私に、突如、聞き覚えのある可愛らしい声が響いてきた。どうやら彼女が早速、発声練習を始めたようだ。
だが、急に謎の行動に出た妹を見て、ヴォレーク様が目を丸くする。
「セ、セレナ⁉︎」
「よし! 愛しいライザお義姉様の話は、この件が片付いたら、たーーっぷりザックスに語ってもらいましょうか! まずは、ターニャを悲しませ、アグウィを罠に嵌め、私の命を狙った奴らに鉄鎚を下すのよ! さぁ、皆! 打倒クソ王女作戦会議ーーっ! あぁ、それと……全部まるっと片付いたら、お兄様にはガッツリお説教よーー‼︎」
ソファから立ち上がり、拳を振り上げ、言葉を一気に捲し立てる少女の姿を……身体の内側から見つめるという、なんとも不思議な感覚。
あぁ、そうか……ついに、セレスティーナ嬢に身体の機能が全て返還されたのね。本当に良かった……無事に意識を取り戻して……。
想像よりも何倍もパワフルなことに、ちょっとだけ驚いたけど。中身が全然違うの、バレなくて本当に良かったわ……むしろ、よくバレなかったものだ。
ほっと安堵し……でも、その余韻に浸ることもないまま、次に考えなければならないことが目の前にある。
この少女の身体の中で、私の意識は今どこにあるのだろう? どうやったら、元の身体に戻れるのだろう?
それとも、このまま……私は駆除されてしまうのだろうか?
ふと、彼女の映す視界の端……ザックスが浮かべた心配そうな表情、それが私のことを案じているのだと本能的に悟った。『ライザの魂は一体どこに行ったのか?』と。
自分以外の感情の煽りを受け、急速に不安が募る。落ち着いて考えたいのに、散らばった思考がうまくまとめられない。
ただ一つ言えるのは……それでもまだ、私の意識がここに存在しているということだけだ。




