第9話 青天の霹靂は屋上に存在する
月日は真っ直ぐ、さらさら進む。気づけばすでに、暦の上では夏休み。
昼間の騒々しさが立ち消え、静まり返る草臥れた廊下を歩く。鼻歌の反響する午後の校舎は、どことなく虚しく他人行儀。
窓の向こうの校庭からはソフトボール部の軽やかな掛け声が、体育館からはブラスバンド部の聞き覚えのあるメロディーが、途切れ途切れに風に乗って届く。本来ならば登校の必要はないけれど、進学校の端くれでは課外授業が粛々と続く。
休暇中にも関わらず、誰も彼もが殊勝なものだ。そしてその頭数に、不本意ながら私も入っている。
「あなたたちのためになるから、絶対出席してね!」と終業式の日に笑顔で激励した新米教師、国語を担当する副担任のさとみちゃんは、課外初日から彼氏と婚前旅行へ旅立った。セブ島のお土産を買ってなんだろう。
私もさとみちゃんと同じように、中学の頃の友人と遊んだり家族旅行に行ったりして、学外で時間を潰していた。けれど、暇潰しも習慣になれば飽きてくる。登校した理由はきっと、不登校ぎみの生徒を励ますさとみちゃんに感激したからではなく、おそらく刺激のない毎日に飽きてしまったから。
廊下の突き当たりで足を止める。三年六組のドアを、三年生の夏に初めて開く。
「こんにちは。三年一組から来ました。加藤です」
教室中の視線を受け、会釈して入室する。掛け時計は開始時間の7分後を指し、黒板には簡単なタイムスケジュールが書かれていた。教壇に立つ進行役の真面目そうな生徒が、「どうぞ、空いているお席にお座りください」と手で示す。
「遅れてすみませーん」
申し訳程度に謝罪の言葉を口にしつつ、窓際の一番後ろの席を陣取った。
文化祭の係ごとの話し合いなんて、二ヶ月も前から何を話すことがあるのだろうと鼻で笑う。けれど、冗長な授業が潰れることは歓迎している。
進行役が要領を得ない話を続け、前の席に座る生徒がペン回しに熱中する。
「ねえ、これって何時まであんの?」
隣の席から肩を叩かれ、多少の驚きとともに顔を向ける。
左手でスマホをいじり、右手で頬杖をついた茶髪のショートカットの女子が、だるそうにあくびをしていた。
「知らない」
声のトーンを落として、小さく首を振る。
「まあ、そうだよね」
納得したように彼女が頷くと、大ぶりなピアスが不規則に揺れた。
水玉模様の青い爪。瞬く長い睫毛。流行りの濃いチーク。日本人離れした凹凸のある加工したような真っ黒の目元。透き通るように色素の薄い大きな瞳。
カラーコンタクトの選び方が、下手だと思った。
晴天の霹靂。
"霹"を"へき"と初見で読めるひとは本当にすごい。