第25話 初恋はレモン味、屋上にはブラックモンブラン_3
雲を流す風が弱まり、安田が煙草を吸いだした。手持無沙汰になった私はスマホをいじる。手元のスマホが絶えず振動する。先進的なものなど何もない、治外法権のような屋上にいても、SNSから絶えず干渉され続ける。
唯からは〝どこに行ったのー? 授業始まったよ〟とか、綾乃からは〝早く帰ってこないと、さとみちゃんが推薦入試を白紙に戻すって騒いでるよ。そんな権限ないくせに〟といったメッセージの内容が、スマホの画面に表示される。返信なんてしなかった。
「前さ、加藤がジュリエットを演じているのを見たことがあるって、伝えたよね」安田がしきりに目元を擦る。
「うん、聞いた」
「その時から加藤のこと」
リラックスして自分の話をしていた安田が、背筋を正す。興奮と緊張が声音に混じる。
「なに?」
「したかったことがあるの」
「だから、なに?」
スマホで、愛用の通販サイトを開く。お気に入りに追加していた定価一万五千円のワンピースが、七千円に値下げされている。
「こういうこと」
視界が急に暗くなる。唇に何かが触れた。驚いて安田の顔を見つめる。いたずらに成功した子供のように声を出して笑っている。
呆然と唇を触ると、人差し指に馴染みのないぬめりが移った。依然として笑い続ける安田の唇は、グラデーションの真っ赤なグロスで濡れている。けれど、下唇の真ん中だけが剥げている。
少しだけ、煽情的だった。
「どう?」
「なんか、現実味がない」
はじめてのキスは、煙草と汗と流れ落ちた日焼け止めのにおいがした。
不健康で不本意で、拍子抜けするほどリアリティのある感触だった。
Haykey Kiyokoの ”Girls Like Girls” も名曲。
Youtube でMVを流しながらこの章を書いたのを鮮明に覚えてる。
あの年代にしか存在しない覚束ない雰囲気が素晴らしい。




