93・☆地下の魔物2
カイルとフォウルを地下に残し、シリウスたちが地上に戻ってから数分経ったが、地面の下からは何の物音もしない。
「……カイルたち、大丈夫かな」
心配になったシリウスがアルファに聞いたときだ、床下からズシンと地響きが轟いた。
足元がぐらりと揺れる。
この場所も危険と判断したアルファはすかさずシリウスを抱き上げ建物の外に走った。
ジャンも慌ててあとに続く。
安全と思われる場所に移動してからアルファはシリウスをおろしたが、地鳴りは続いていて、特に地下の空間がある場所は、内側から突き上げられ、波打つようにゆれているのが目視で確認できた。
「あいつら……」
アルファが頭痛をこらえるように唸った。
どうも地下で盛大に魔物とやりあっているらしい。
「ね、ねえ、アルファ、大丈夫かな。二人ともすごく強いけど、地下は狭いし、天井が崩れたりしないかな」
「崩れてもあいつらは怪我なぞしません。我が君の心配などやつらには贅沢です」
キッパリと言い捨てる。
地面の鳴動は長く続いたが、ひときわ大きな地響きと共に隆起したあと静まった。
シリウスは確認するようにアルファの顔を見上げたあと、建物の中をそっと覗き込んだ。
床に開いた大穴はそのままだったが、モクモクと大量の煙が出ている。
煙突のようになってしまったそこから狼が飛び出してきた。
これだけ煙があふれているのに、狼の体には一切煤がついていない。
その代わり、穴から出たフォウルは二、三度、軽くセキをした。
「フォウル!」
駆け出そうとしたシリウスをアルファがすばやく捕まえる。
「煙はお体に良くありません。ここでお待ちを」
シリウスに気づいたフォウルはすかさず室内を霧で満たした。
煙と煤を水に吸着して集め、黒い水球にしていくと、たちまち室内は清浄な空気を取り戻す。
焦げ臭い匂いがなくなり、煙も消え、室内の安全を確認したアルファがうなずいてくれたので、シリウスは足元に気をつけながら屋敷の中に入った。
すかさずフォウルが駆け寄って、地下であったことの報告をする。
「魔物はあらかた消し炭になったけど、根っこの部分は逃げた。あとついでに人もいた。真ん中に人がいたせいで倒しきれなかった」
「人がいたのですか?!」
フォウルの「ついで」情報にジャンが食いついた。
「いまカイルがつれてくる」
その言葉通り、床の穴からカイルが中年男性と思われる人間を肩に担いで現れた。
カイルは狼のフォウルと違い煤だらけだ。
「カイル! 大丈夫だった!?」
「シリウス様!」
ハンサムな顔を煤で汚したカイルは、主人の呼び声を聞いて子供のように無邪気な笑顔を浮かべ駆け寄った。
危なく背中の人物を放り出しそうになる。
「その人は?」
「さっきの魔物の中央部に囚われていました」
「一人だけか?!」
この問いかけはジャンのものだ。
「一人だった」
カイルは背負っていた男性をそっと床におろす。
立派な身なりの、たくましい中年男性だったが、揃えられていたらしい髭も伸び放題だったし、全体的に煤まみれだ。
その上、髪の一部がこげている。
しかし確かな息があり、間違いなく生きていた。
眠っているのか気絶しているのか、土気色の顔のまま目を開かない。
救出された男性を見て、ジャンも顔色を変えた。
だがこちらは興奮して血色が良くなっている。
「間違いない、ロイド卿だ!」
その場にいるジャン以外の全員が「?」という表情になったので、ジャンはイライラと付け足した。
「この家の主人だよ! ここで浚われて行方不明になっていた」
「じゃあワグナーのお父さんだね」
シリウスはぐったりした様子の男性の顔を近くで見た。
確かにワグナーに似ている。
白くなりつつある金髪で、げっそりしてしまっているけれど、健康を取り戻せばかなりの美丈夫だろう。
ジャンは部下を呼び寄せロイド卿を運び出し、もう一度穴の探索をするための部隊を編成しはじめた。
にわかにあわただしい雰囲気になってきたのでシリウスは竜人たちを連れてそっと屋敷跡地を出ることにした。
とりあえず魔物はいなくなったし、ワグナーのお父さんも救出できた。
これ以上この場所にいても邪魔になるだけだと思ったのだ。
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荒れた屋敷を後にしながら、アルファは建物を振り返る。
魔物がなぜ、せっかく浚った男を、生かしたままあんな場所に監禁していたのか気になる。
浚った現場のすぐ真下。
何かに利用するのなら、もっとほかの見つかりにくい場所に移すだろう。
魔物はほぼ休眠状態で、カイルが強引に手を出さなければ、もしかしたら起こさずに救出も可能だったのではないか。
まるで、連れて帰れと言わんばかりではないか……。
「どうしたのアルファ? 何か気になる?」
「……いえ、なんでもございません。まいりましょう」
主に極上の笑みを浮かべ、歩き出す。
何か調べるにしても、シリウスに気づかれないよう、事を進めるつもりだった。
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屋敷を出た後、竜人たちとの約束どおり、のんびり公園を歩き、下宿に戻ってきたシリウスは、兄や両親への手紙を書いた。
それから、大事な友人であるバナードにも。
学校でどんな勉強をして、同級生とどんな会話をしたかとか、他愛のない日常のことだ。
授業で怪我をした件を書くかどうかは迷ったのだけれど、結局正直に書くことにした。
数日で直る怪我だったし、いいことばかりを書くのも不自然かなと思ったからだ。
「怖かったし、ウェスタリアのみんなに会いたくて寂しかったけれど、夜はカイルが兄上の代わりに本を読んでくれて……」
前髪が落ちかかってきたのでピンで留め、再び机に向かう。
「……ワグナーとは仲直りできたんだよ。友達になってくれると思う。でもフォウルもアルファも、ワグナーのことをまだ怒ってるのかも。二人は学園でワグナーと顔を合わせることもあるし、仲良くしてくれたらいいのにな」
シリウスは書きながら今日の事を思い出した。
あのやさしそうな紳士がワグナーのお父上。
きっとワグナーは喜ぶだろう。
でももしかしたら、父が帰ってきたことで前の学校に戻ってしまうかもしれない。
せっかく打ち解けかけてきたのにそれは少し寂しい気がした。
留学してきてからずっと親しくしているオリエたちよりも、うっかり殺されかけたワグナーの方により友情を感じるのはおかしな気がしたが、ワグナーとはバナードとのような絆を感じはじめていた。
「だから、ワグナーが転校しちゃったら寂しい。みんなにも紹介したいです」
サインを入れて、便箋五枚ほどの手紙を、それぞれの封にしまった。




