92・☆地下の魔物
「ジャン、私達と一緒にいてもかまわないが、これからここで起きることを絶対に他言しないでほしいんだ」
穴の中を進みながらカイルは親友に懇願していた。
「……というか、シリウス様がすることを秘密にしていてほしい」
「わかったわかった。そんなに必死に頼まなくても大丈夫だって。そもそも黒竜公さまがいらしていることだって秘密だろ。あと、あの蒼い狼も、言わないけど正体は想像つくぜ?」
「本当か?! ……お前カンがいいな」
カンの問題じゃないだろうと言いたかったジャンだったが、後ろからついてくる二名と一頭に気を使って黙っていた。
地下の穴はカイルが以前調べたときとまったく同じで、しばらく歩くと穴は土砂によってふさがっていた。
カイルの灯す炎で明るかったが、完全に埋まっている土砂の先を想像することはできない。
「進めるのはここまでです。これ以上は掘ろうとしてもすぐに崩れてしまう。実際結構な距離を掘り進めたのですが、一向に穴の向こうが見えてこないので、すべてが埋められているのだろうと結論を出しました。ま、危なかったので切り上げたともいえますが」
ジャンが説明すると、シリウスが前に出て、行き止まりになっている土の壁に手を当てた。
「確かにすごく遠くまで埋まってる。でもその向こうは空間になってるよ」
「本当におわかりになるのですか?」
ジャンの問いかけにシリウスは頷き、同行の全員に下がっているよう伝えた。
それからジャンをチラリと見て、ないしょにしておいてね、と改めて笑う。
「おいカイル、殿下はどうやって土をどけるつもりなんだ? さっきみたいな闇魔法なら黒竜公様がなさるだろうし、土砂を消すだけでは天井崩壊のおそれがあるぞ」
「いいから静かにしていろ」
「だが危険が……」
言い募ろうとするジャンに対して、蒼い狼が軽くうなって黙らせた。
集中するシリウスの体から金の輝きがあふれ始める。
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地中を伸びる通路は光で満たされていた。
太陽のように明るかったが、不思議なことにまぶしくない。
ホタルの光を集めたような、やわらかく心地よい、黄金の光だ。
通路をふさぐ土砂の壁は砂金のように輝いてはじけ、生じた空間の左右は焼き固められたレンガが壁を補強した。
天井は丈夫な樫の板が隙間なく嵌め込まれていく。
レンガの通路の進行はある程度進んだところで一旦止まり、シリウスが一瞬眉を寄せた。
今度は通路の左右に一定の間隔を置いて白い柱が並び、再び道を伸ばし始める。
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ジャンは目の前の光景に唖然としていた。
何を見ているのかまったく理解できない。
おだやかな黄金の光が周囲にあふれ、輝いてはじけると同時に土砂が消えていく。
消えていくだけでなく、単なる地下の穴倉だった場所に、しっかりとした通路がみるみる完成していくのだ。
このありえない光景を生み出しているらしいのは、ジャンの親友カイルが崇拝する少年、シリウス王子。
見ているものが信じられずクラクラめまいがしたが、同時に、少し前に港町サンターナで見た光景を思い出した。
「あっ、もしかしてあのときの……」
闇に満たされた港町、魔物に襲われた際、黒竜公に消し去られ、跡形もなくなったはずの建物が、黄金の輝きとともに復活した現象と同じなのではないか。
あのときは黒竜公の魔法によるものだと説明されて、不可能だとは思ったものの他に説明のつく方法もなく、もやもやするものを抱えながらも納得したのだった。
あの時、黒竜公は大きなマントを着ていた。
もしかしてあのマントの中に……。
そこまで考えたとき、周囲に満ちていた光が勢いを失い始めた。
見れば、いつのまにか遥か先まで進んでいた通路の先が闇に沈んでいる。
「開通した……?」
呆然とジャンが口に出すと、シリウスが頷いた。
「思ってたより土の成分がもろかったから途中で柱を追加したんだ。通路の部分はぼくが補強したから大丈夫だけど、その先は広い空間のままになってるから気をつけて。奥に何か変なのがいる」
穴の先は見事なまでに真っ暗で何も見えない。
アルファは前に立っていたシリウスをやさしく引き寄せると背後にまわした。
「確かにこの先に何かいます。ごくわずかな気配ですが、眠っているのかもしれない……。カイル、通路に明かりを。慎重にな」
アルファの言葉にカイルは頷くと、前に立って手を伸ばした。
シリウスの作った左右の柱に手前から灯がともっていく。
徐々に奥まで明かるくなっていき、空間へ続く最後の柱に炎のあかりが灯ったが、遠くて良く見えない。
けれど、闇に沈む空間を満たすように、ざわざわとうごめくものの影があった。
ジャンの鼓動が跳ね上がる。
何かがいる。
恐ろしい魔物の胃袋へと直結する口をあけてしまったのではないか。
ゾッとして一歩下がったが、一緒にいるメンバーは誰一人恐れていないようだった。
ほんの子供のシリウスさえも、後ろに引いたジャンを見て不思議そうな顔をしている。
ジャンは思わず咳払いして居住まいを正した。
竜人が二人、いやおそらく三人一緒にいて、魔物が怖いなどと言えば愚か者としか思われないだろう。
もっとも、ここにいる竜人たちは、すぐ傍で不思議な力を行使した金髪の少年を守ることに全力を傾けるだろうし、だからジャンの身の安全は必ずしも保障されるものではなかったけれど、それでも世界一安全な場所のひとつに違いない。
「我が君、上へ参りましょう。休眠状態で気配が薄いですが、どうやらあれはプラント系の魔物です」
闇を凝視しながら探っていたアルファはシリウスを腕の中に抱いたまま一歩下がった。
カイルに目線で合図を送る。
カイルは頷くと通路を数歩前に出た。
闇に向けて放たれた明るい火球は、シリウスの作ったレンガの床のふちギリギリでまばゆく輝いて散った。
その花火のような輝きが、奥の空間を少しの間だけ照らし、毛糸玉のようにもつれてからまる巨大な蔦のかたまりを浮かび上がらせた。
蔦のかたまりはときどき冬眠中のヘビのようにわずかばかりうごめいたが、それ以外はじっとからまったまま動かない。
「どうするジャン、燃やすか?」
カイルが聞いたが、ジャンも困惑していた。
ジャンはこの場の責任者ではあったけれど、単なる瓦礫の片付け部隊のつもりだったのだ。
上役だって、部下たちだって、そのつもりだっただろう。
何度も調査し、危険がないのを確認した。
しかし実際は、屋敷を破壊し、その主人をさらったと思われる魔物の巣が地下に健在だったとは。
「も、燃やした場合、地上にも何か影響はあるだろうか」
急いで聞くとカイルは首をかしげた。
「魔物もおとなしく燃やさるままになってはいないだろうし、あの空間の天井は吹き飛ぶかもな」
今日はいい天気だ、ぐらいに普通の調子で恐ろしいことをいう親友を睨み、ジャンは顎に手を当てた。
位置的に魔物がからまりあっている空間の上は、屋敷の表側と、さらに街路にも面しているだろう。
見える範囲で予想しても、空間はかなり広く、魔物もなかなかに巨大だ。
丸まっているから毛糸玉のように小さく収まっているが、あれが目覚めて襲い掛かってきたら、そうとう長い蔦になるのではないだろうか。
悩んでいるジャンに声をかけたのはシリウスだ。
「燃やさないほうがいいんじゃない?」
「なぜそうお思いですか?」
思わず聞き返してしまったジャンに、シリウスはかわいらしく首を傾ける。
「だって、あの魔物が住人をさらったんでしょ? つかまってる人が生きて近くにいるかもしれないよ。燃やしたりしたら、人間は死んじゃうんじゃない?」
「そ、そうでした」
動揺するジャンにアルファは呆れた視線を向け、
「いずれにしても我が君、あとのことは兵士たちにまかせて我らは上に戻りましょう」
と、提案した。
これを聞いてあわてたのはジャンだ。
あんな巨大な魔物を放置しておくわけにはいかないけれど、簡単にどうにかできる相手にも見えなかったからだ。
竜人たちの手を借りなければ大惨事が起こる可能性もある。
「お、おいカイル、お前は残るよな?!」
「私はシリウス様に従う」
にべもない返事だったので、ジャンはついすがるような視線でシリウスを見てしまった。
すかさずアルファがその視線をさえぎるように立ったが、シリウス本人はそのどちらの行動も気にしていないようだった。
「魔物をあのままにしておいたら危ないよ。掘り出しちゃったのはぼくだし、ぼくの責任だ。もういっかい塞ぐにしても、浚われた人があそこに捕まってないか確かめないといけないし」
「我が君の責任なわけがございません。とりあえず安全な場所へ……」
眠っているらしいとはいえ、シリウスが魔物の傍にいることがアルファは落ち着かない。
フォウルの背の鬣も逆立ったままだ。
相談している間に魔物の気配がじわじわ濃くなっていく。
結構遠慮なく騒いでいるせいか、目覚めつつあるようだ。
カイルが振り向いてアルファに頷いた。
「このままではあいつが起きる。シリウス様を連れて上に戻っていてくれ。私が戦おう。ジャン、お前も上にいたほうがいい」
「そ、そうか?」
「カイル、危なくない? 天井が壊れたりしたら……」
シリウスは不安げに赤い髪の友人の裾を引っ張った。
心配してくれる主人に向け、カイルは愛情に満ちた笑みを向ける。
「心配ございません。シリウス様が安全な場所にいてくださったほうが私も心置きなく戦えます。もし囚われている人がいたら、必ず助けますから、上でアルファたちと待っていてください」
「……わかった。無理しないでね」
シリウスはカイルの手をしっかり握ってから、アルファとジャンをつれて地上へ戻った。
「フォウル、お前は戻らないのか?」
さりげなく残っている狼に向け、カイルが聞いた。
植物の魔物は炎に弱く、水に強い。
カイルにとって、プラント系の魔物など、どれだけ巨大でも苦労するような相手ではない。
一人で十分戦えるつもりだったのだが、フォウルは戻るつもりがないようだ。
「燃えすぎたら消す係りが必要」
「……」
そんなに分別なく燃やしたりしないと言いたかったカイルだが、実際カイルには燃やす以外に能がなく、消火係がいてくれると非常に助かるので反論もできない。
「お前がいるなら遠慮なくやるぞ」
「中央部は燃やすな」
「なぜだ?」
カイルが聞くと狼姿のフォウルは首を伸ばして匂いをかぐようなしぐさをした。
「中央部に人の気配がある」
「では炎だけではなく、熱にも気をつけないと蒸し焼きになってしまうじゃないか。面倒だな……」
「面倒なら全部燃やしちゃえば? 言わなきゃバレないし、ボクはどっちでもいいんだけど」
「……い、いや、燃やさないよう努力する」
カイルは気を取り直すように手のひらを軽く握った。
まだシリウスから励ましてもらったぬくもりが残っていたのだった。




