72・☆街と魔物
昼休み、シリウスは座席が近い三人の新しいクラスメイトたちと中庭でサンドイッチを食べていた。
足元には蒼い狼が大人しく座っている。
授業中は校門で人の出入りを見張っているフォウルだけれど、昼休みは主人と一緒に過ごすつもりらしい。
「ワグナーって、本当はもっといい学校に行ってたはずなの。貴族のおぼっちゃんで取り巻きもいるし、いばってて感じ悪いのよ」
東洋系の少女オリエがクラスの子供たちについて解説をしてくれて、羊のような容姿のリッケルトもうなずいた。
「ワグナーの家、魔物にやられて修理中なんだ。その修理が終わるまでは別荘に近いこっちの学校に編入してるんだって」
「魔物?」
シリウスが聞くと、つんつん頭のマイクが口いっぱいにパンを頬張りながら証言する。
「1年ぐらい前から植物の魔物が夜中に現れるようになったんだ。家を壊して中の人間をさらったりしてるんだぜ」
「ワグナーの家は、お父さんが誘拐されたの。さらわれた人がどうなったのか、わからないんですって」
「見つかってないのかな?」
「今まで誘拐された人は一人も見つかってないの。騎士団の人が探してるみたいだけどみつからない」
シリウスはうなずいて、チラリとフォウルを見た。
一年前から魔物が現れているのなら、そのころフォウルはまだ魔人たちと行動を共にしていたはずだ。
もしかしたら何か知っているかもしれないと思ったのだけれど、狼はシリウスにぴったりと寄り添ったまま、特に何も反応を示さない。
同じようにフォウルを見ていたマイクが、うらやましそうにつぶやいた。
「そんなでっかい狼がいたら、きっと魔物も襲ってこないよな。うちも狼かいたいって言ってみよ」
「狼なんか、めったに使役獣にならないよ」
リッケルトに否定されて、マイクは口を尖らせる。
「でもシリウスは飼ってるじゃん」
「ものすごく高価だし、それにもしお金で買っても懐かない。ペットみたいに飼うのと、使役するのはぜんぜん違うって先生が言ってたじゃないか」
「そうよ、私は猫を飼ってるけど、猫を売ってくれたお店で狼についても聞いてみたことがあるの。使役するどころかペットにするのも難しいのよ。なかなか人には懐かなくて、逆に襲われることも多いって」
オリエは動物が好きで、使役獣について詳しい様子だ。
三人の視線がシリウスに集まったので、シリウスはごまかすように笑った。
「フォウルは友達だから、買ったわけじゃないんだ。飼ってるんでもない。一緒に暮らしているんだよ。友達だし、家族なんだ」
シリウスの言葉を聞いた狼は、緩やかに尾を振り、暖かな鼻先を主人の手のひらに押し付けた。
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学校での初日はそこそこうまくいったような気がして、シリウスは満足感を抱きながら帰宅の途についた。
普段は絶対見える範囲にいる竜人たちが傍にいないのは確かに違和感を感じたし、少しだけ心細かったけれど、なんとか大きな問題もなく一日を過ごせた。
親しくなった三人と校舎を抜けて歩いていくと、小等部の門の横に黒衣の青年が立っていて、その足元には門を守っていた大きな狼がきちんと座っている。
非常に目立っていたし、なおかつ近寄りがたい特殊な雰囲気もあったが、そんな空気はもちろん一切気にしていないシリウスが駆け寄り、一人と一匹がすかさず振り返る。
「アルファ! フォウル!」
「ご無事でなによりです、我が君。さあ帰りましょう」
学校に行っただけなのに、ご無事でなにより、などとかなり大げさな事を言われたが、黒竜の大げさな言動にはすっかり慣れっこなシリウスは気にしない。
「じゃあね、オリエ、マイク、リッケルト。また明日」
あっけにとられている三人の表情には気づかないまま、シリウスは元気よく手を振って、護衛たちと歩き始めた。
「あのね、それで、使役獣のことを勉強したんだけどね……」
一生懸命話し続けるシリウスを、アルファが愛しげに見下ろし、フォウルがその少し後をついて歩く。
「……アルファは先生をやったんでしょ? 授業どうだった?」
「お話しするような事はなにも。我が君の一日を、もっと教えてください」
おだやかに言って、アルファは微笑んだ。
実際のところ大学でアルファはかなり注目の的だったし、学生たちは突然現れた黒衣の青年のうわさで忙しい。
話すような事は何もない、などと思っているのはアルファ一人であった。
「うん。でも、家に帰ってからにしようか。カイルが一人で留守番しててかわいそうだし」
「そうですね……」
普段のアルファだったら、あいつのことなど放っておいて大丈夫、と言いそうなのだが、自分の身をカイルの境遇に置き換えて、若干身につまされていたので主人に同意した。
近くで守護することを許されず、一人帰宅を待っていなければならないなんて、生きている意味がない。
存在価値の喪失だ。
フォウルも同じように思っているらしく、見事な尾がしおしおと下がっていた。
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同僚の竜人たちに、とんでもない同情をされているカイル本人は、同情されるにふさわしい落ち込み具合だった。
茶会のあとエリカたちがベッドに放り込んでくれたおかげでアルコールはすっかり抜けていたが、いても立ってもいられず、用意していた例のあやしい変装セットをもう一度着込み、主人の帰りが待ちきれず下宿先の建物の前に立つ。
エリカたちは止めたのだが、あの格好で街をうろつくよりは、家の前に立っているだけのほうが遥かにマシだったので仕方なく見逃した。
そわそわとひたすらに主人を待っていたカイルは、ようやく遠くに目当ての人物を見つけ、激しく手を振る。
「ああ、シリウス様!」
「あっ、カイルだ。……カイルだよね?」
ほかに思い当たる人物はいないけれど、外見だけでは不審人物にしか見えない。
アルファは額を押さえている。
「そのようです……」
二人と一頭がゆっくり歩いてくるのが待ちきれなかったカイルは、駆け寄りすかさず膝をついて、うやうやしく頭を下げた。
「おかえりなさいませ……!」
「う、うん。カイル、ここだと目立つから、早く家に入ろ」
「はいっ!」
今にも泣き出しそうなカイルの手をとって、シリウスは、なんとかこの状況を解決してあげないといけないな、と悩み始めていた。
一人で留守番しているカイルがやっぱりかわいそうだったのだ。
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「植物の魔物が現れて、街の人をさらっているって話、みんなは聞いた?」
夕食後、シリウスの部屋に全員が集まり、おのおの今日の報告をしている場で、シリウスはそう話し出した。
「はい。俺は大学の職員たちから同じ話を聞きました。どうも高位の貴族や商人の家ばかりが襲われているようです」
アルファが答えたが、カイルは首をふる。
「私は留守番でしたので何も……、フォウルはどうだ?」
「魔物が現れるという話は知らない。でも、今聞いた限りでは心当たりがある」
人の姿に戻っているフォウルはそれっきり何も言わない。
「心当たりとは?」
自分から話さないフォウルに、カイルが仕方なく話の続きを促した。
「プラント系の魔物を操っているのは魔人ジオ。高位の職にある人間をその場で殺さずわざわざ浚うのは、洗脳するか人質にするか、何かに利用するつもりなんだと思う」
「助けてあげたほうがいいんじゃない?」
シリウスが提案したが、フォウルは首を振った。
「関わってはいけない。二ヶ月間の留学を楽しみ、何事もなくウェスタリアに戻ることを第一に考えてください。――ボクたちも、あなたを守る以外の事に意識を奪われている場合じゃない。これはアレスタの問題だし」
「でも……」
納得したくないシリウスはなんとか反論したかったのだけれど、事件を解決しようとするなら竜人の三人に協力を頼む他はない。
自分の力だけでは解決できないのに、無理を言うのはわがままでしかないとわかっていた。
そこへアルファが助け舟を出す。
「魔人が関わっているのであれば、我らも傍観するわけにはいかぬ。事は我が君の安全に関わる」
「どちらにしろ、魔人はそのうち自分たちから接触してくる。こちらから行動を起こす必要はない」
「しかし……」
言い募ろうとするアルファに、フォウルはさりげなく目配せをした。
シリウスのいる前でこれ以上話すなと、暗に伝えているのだった。
「私が明日、調べてまいりましょう」
ここでカイル手を上げ、
「私が学園に行けるのは明後日ですし、また明日一日、ここでシリウス様の帰宅を待っているだけだと頭がおかしくなりそうです。せめて何かのお役にたっていたいのです。アレスタの市民の事となれば、私にとって祖国の事件でもありますし、事件現場を調べるのであれば私を知っている人間に目撃されても大丈夫でしょう」
「ありがとうカイル。でも危ないことはしないでね」
なんとか話がまとまって、その日は解散となったのだった。
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ウェスタリアでは、シリウスの部屋に通じる扉の警護は竜人たちが順番を決めて行っていた。
だがここの廊下でそれをやると、同じ下宿の住人であるマイルズに不審がられるため、一番不自然ではないフォウルだけにその役目がまかされた。
狼の姿のまま、扉の前に丸まって眠るというのだ。
冷たい床に直接眠るフォウルを心配して、シリウスは最初の夜、こっそり起き出して自分の枕をフォウルに渡した。
クッションほどの大きさのあるシリウスの枕に寄り添って横になり、フォウルは主人の扉を守る。
「アルファ」
深夜、寝静まった下宿のアルファの部屋に、扉も開けずに進入した人物がいた。
「フォウルか」
寝台から上半身を起こし、入ってきた人物を確認したアルファは枕元のランプを灯す。
「あの人を事件に関わらせたくない」
「魔物のことか?」
フォウルは頷いて、静かに目を閉じた。
「カイルが調べるというのなら止めない。けれどその結果がどんなものであれ、次にあの人が事件に関わろうとしたらできるだけ止めてほしい。解決を目指すなら、ボクたちだけで気づかれないように進めたい」
「なぜだ」
「世界中で起きている」
「全部を助けられないからか?」
「それもあるけれど、どんな小さな事件も、すべては魔人が最終的にあの人を手に入れるためにやっていることだから」
アルファは思わず喉を鳴らしてうなった。
「極力近寄らせたくない。自分のせいだと、思ってほしくないんだ……」
それだけ言うと、蒼い髪がゆらめき足元から透明になっていく。
切なく現世から消え去る亡霊のようだった。
たちまち霧に変じた青年は、入ってきたときと同じ、音もなく部屋を去っていった。




