67・☆アレスタの盗賊
おかげさまで予定通り、留学編スタートできました。
ペースを崩さずやっていきますので、よろしくおねがいします。
ルークはシリウスが出発してしまう日の朝、数名の部下を連れ城門で弟を見送った。
一応、おしのびなので、派手派手しい式典などはできない。
国王夫妻はすでに城の中でこっそり見送りをすませ、ここにいるシリウスの肉親はルークだけだ。
肌寒い朝もやの中だったので、その湿ったつめたい空気が、ルークには余計に寂しく感じられる。
「シリウス、ハンカチは持ったか? 着替えは……」
「大丈夫だよ、兄上」
「そ、そうか、じゃあもう一度……」
ルークはしゃがんで腕を広げ、シリウスを抱きしめた。
今日はもう何度もこうやって弟をハグしていたが、どうしても最後の一回にできない。
シリウスのほうも、面倒くさがらず何度でも兄の抱擁を受け入れていた。
兄が心配する気持ちも良くわかったからだ。
何でも賛成してくれるやさしい兄が、徹底的に反対していた留学。
けれど最終的には許してくれた。
自分が望んだこととはいえ、シリウス自身も、兄とのつかの間の別れが寂しかった。
生まれてからずっと、いや生まれる前から、ほとんど毎晩本を読んでもらってから眠っていたし、出かけるときも勉強するときも、兄は竜人たちの次に一緒にいる時間が長かった。
今日からしばらくは顔を見ることもできない。
「いいかシリウス、私は一ヵ月後にアレスタへ行くからな。必要なものがあったらすぐに連絡を……。アルファたちに言えばその日のうちに往復してくれる」
「うん」
「父上と母上とも、もう一度……」
「さっきお別れしたよ。楽しんで来なさいっていわれた。だから大丈夫」
「そうか、そうだったな……」
ルークは立ち上がり、シリウスの傍に控えている竜人三人を見た。
「シリウスは体が細いせいか冷えやすい。気をつけてやってくれ。あまり無茶をさせるな。馬車の旅は体力を使うから、もし到着日が遅れるようでも不調が見えたら気にせず休憩は多めにとるんだ。それから……」
「兄上」
「それから……絶対一人きりにするな。可能なら校舎の中も……」
「兄上ったら!」
「わかったわかった。でも心配で……」
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弟が馬車に乗りこむまで、長い間ルークはシリウスと別れられなかったが、ついに出発してしまうと、馬車の窓から手を振る弟を見えなくなるまで見送り、少し寂しげに笑みを浮かべる。
「楽しんでくるんだぞ……」
誰にも聞こえないようにつぶやくと、気持ちを切り替えるために小さく深呼吸した。
同じように見送っていた騎士たちに声をかけ、未練を一切感じさせない動作で歩き始める。
ルークには一ヵ月後に弟を追ってアレスタへ入るため、仕事をきりつめまくって休みを確保するという、重大な任務があった。
約束したのだから、絶対に達成しなければならない。
落ち込んでいる暇などないのだった。
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シリウスと竜人たち三名は、ウェスタリアのセントディオール城を出てから、馬車で2日ほどかけてアレスタの国境を抜けた。
車中で眠ったのは一泊だけだ。
本来は馬の足でも3~4日はかかる距離だったのだが、荷物は最小限だったし、なにより馬車を引く二頭の『馬』が普通ではなかった。
アルファが魔方陣で召還したナイトメアと呼ばれる闇の精霊の一種で、一見すると普通の黒馬だが、よく見ればたなびく鬣が闇色の雲か霧のように形を変えながらうごめいている。
瞳は赤く、闇が結実した体は影のようにひたすら黒かった。
通常の馬のように光を反射してつややかに輝くことがない。
蹄はわずかに大地から浮き上がり、精霊のひく馬車も魔力の影響を受け、同じだけ宙に浮かんでいた。
召還したアルファが魔力を与え続ければ疲労することもなく、浮いているのでどんな荒地でもすべるように走り、とても静かで快適だ。
当初はアレスタまで普通の馬でいく予定だったのだが、馬車も馬も、逗留予定の下宿には置いておく場所がないため、必要な時だけ呼び出せる召還魔法を使うことにしたのだった。
とはいえ、馬は精霊でも車は実物だ。
車の方はカイルの実家に預かってもらうことになった。
そもそも竜人のうち誰かが竜になれば一日かからず到着できるのだけれど、目立ちすぎるし、なによりシリウスが馬車での旅を楽しみにしていた。
馬車の中ではフォウルも人の姿で過ごし、アレスタに入ってからは普通の馬とかわらないほどに速度を落として、残りの路を雑談しながらのんびりと旅をした。
もう半日ほどいけば市街地につくというころ、郊外の林を抜ける途中、今日まで平穏に旅をしてきたシリウスたち一行はトラブルに見舞われた。
護衛もないまま一台きりで進む馬車を狙って盗賊の一団が現れたのだ。
普通、街道を抜ける旅人たちは、安全のため大人数で旅団を組むか、護衛や案内を雇う。
街道付近の都市には、旅人たちにパートナーを紹介する専門の店がたくさんあった。
だがシリウスたちの馬車は一台きりだったし、一見すると護衛もいない。
というか、御者すらいなかった。
代わりに乗っていたのは竜人たちとその主人だったわけだが、三名もの竜人が乗っている馬車を狙ってしまうなんて、彼らは世界一不幸な盗賊団であった。
無視して速度をあげ逃げ切ってしまってもよかったのだが、盗賊を放置してしまっては今後ここを通る旅人たちに被害が及ぶ。
シリウスは竜人たちに馬車をとめてくれるようお願いした。
「わかりました。私も祖国で盗賊団が放置されていては落ち着きません。ですがシリウス様は絶対に馬車からおりてはいけませんよ」
無頼漢どもにすっかり囲まれてしまった馬車から一人で降りたのはカイルだった。
「カイル、なるべく無傷で捕まえてね」
「努力します」
カイルを知っている人間だったら、その意味を察して青くなるような言葉だったが、盗賊たちはせせら笑った。
「なんだこいつ、頭がおかしいのか?」
「一人で降りてきやがったぞ、とっとと馬車ごと頂こうぜ」
「なあ、あの馬なんか変じゃ……」
盗賊たちの会話はたちまち寸断された。
馬車を中心にして、地を這うように青白い炎が円を描いて走ったからだ。
油をまいた床に炎を放ったかのように、それは一瞬で広がり盗賊たちの足元を覆った。
「ぎゃーっ?!」
「魔法使いがいるぞ!!」
山賊たちの会話をさえぎったのは、もちろんカイルの放った炎の魔法だ。
彼らの下品な脅しの口上を聞かせることは主人の教育に良くないと、何か言い出す前に魔法を放ったのだった。
威嚇する程度の低温の炎で足元を覆ったつもりだったのだが、盗賊たちの靴は乾燥した葦を編んで作られていたため、彼らは足元からたちまち全身燃え上がった。
彼らの中には水魔法の使える者もいたのだが、混乱状態に陥っていて、とても詠唱などできる状況ではない。
「カイル! みんな燃えてるよ!」
馬車の窓から顔をだしたシリウスを、アルファがそっと引き戻す。
「我が君、煤がつきますゆえ、もっと奥においでください」
「もーアルファ! そんな場合じゃないでしょ」
そんな場合ではないと言いつつもなんとなくのんきな馬車の中とは違い、馬車の外はわりと阿鼻叫喚の様相になりつつあった。
「こら、お前たち、動き回るな。消してやれないじゃないか」
カイルが若干あせったように言うのだが、自分が燃えている山賊たちに、そんな声がもちろん届くわけもない。
「フォウル、助けてあげて!」
このままでは本当に死人が出てしまうと見て、シリウスは急いでもう一人の竜人に声をかけた。
「はい」
主人の言葉に静かに返事をしたフォウルは、馬車から降りずにチラリと車外に視線をやった。
とたん、上空から水がめをひっくり返したように大量の水が落下し、山賊たちの衣服を燃やす炎はたちまち消火された。
外にいたカイルもずぶぬれだ。
「フォウル……」
全身水浸しのカイルが恨みがましく睨むと、フォウルは、わかっているといいたげにうなずいた。
「君だけ避けるのが面倒だったんだ。いま水分を抜く」
言うなりカイルの体から蒸気があがり、濡れた衣服も髪の毛も、瞬時にいつものとおりに戻る。
燃え上がった盗賊たちも、消火が早かったおかげでやけどはほとんどないようだったが、ずぶぬれのままだったし、衣服もほとんど燃え尽き、髪も髭もチリチリになって相当悲惨な有様だ。
それでもなんとか逃げようと走り出した山賊たちの周りを今度は炎の壁がさえぎる。
「おい、逃げるな。また燃やすぞ」
「いっておくけど、ボクはもう消火しないよ」
冷たく付け加えたフォウルの言葉は脅しではなく真実だ。
盗賊たちも馬車の中の人々が護衛もつれずにのんびり旅をしていた理由をようやく察した。
かくして不運な賊たちは、逃げることもできずに武装解除されてしまった。
「それで、この人たち、どうするの?」
シリウスのもっともな質問に、竜人たちは顔を見合わせる。
「ここに放置していきましょう」
アルファのなげやりな言葉にシリウスは苦笑した。
「そしたらまたほかの人を襲うんじゃない?」
「しかし連れて行くわけにはまいりませぬ。もし仮に馬車に縄で繋いで並走させたとしても、燃えカスしか身に着けていない盗賊どもなど、我が君の視界に長時間いれておくわけにはいきませぬ」
冗談で言っているのではなく、もちろん本気の発言だ。
「服がないのは別に気にしないけど、そんなに長い間走るのは無理だよ。馬じゃないんだから」
フォウルが首を振った。
「こいつらがこんな下品な格好になったのはカイルの責任だから、カイルがこいつらを背に乗せて先にアレスタに行ったらいい」
「えっ!?」
まさかそんな事を言われると思っていなかったカイルが慌て始める。
「わ、私がいなくなっては道案内が困りましょう」
だがアルファもフォウルの意見に賛成のようだった。
「道案内は大丈夫だ。心配せずこいつらを連れて行け。早く行けば早く戻ってこられるぞ」
「いやいや、人間を乗せて高速で飛んだりしたら、山賊たちは残らず落下する。落下せずとも上空の寒気で凍りつく」
「別に落ちたって凍ったって、どうだっていいじゃないか。こいつらはボクたちの馬車を襲ったんだから」
相変わらず、おとなしげなフォウルが過激な発言をし、賊たちは意味がわからないながらも震え上がっていた。
竜人たち三名にまかせていたら、盗賊たちとカイルに気の毒な方向で話がまとまりそうだったので、シリウスが手を上げる。
「はい」
「わ、我が君、手などあげずとも、発言なさってよろしいのですよ」
「だって、三人で楽しそうだったから。……あのね、せっかく話がまとまりそうなとこ三人には悪いんだけど、ぼくはカイルにいなくなってほしくない」
「シリウス様……!」
カイルが涙目になってシリウスに駆け寄る。
「みんなで旅をしているんだから、最後まで全員で一緒にいたいんだ。それに、カイルの背中から落ちたり凍ったりするのもかわいそうだし、そもそもそんなことになったらみんな死んじゃうよ。だからね……」
かくして、山賊たちは、アルファが闇魔法であけた深く四角い地面の穴に、一週間分の食料、燃えてしまった衣類の代わりの毛布などと一緒に押し込められた。
盗賊の中には治癒魔法を使えるものもいたが、一応やけどのための塗り薬まで用意してある。
ちなみに食料や薬、布類はシリウスが魔法で調達した。
ついでに、他の人の落下防止に穴は柵で囲い、もし万が一登ってきても逃げられないよう、上部は鉄格子で蓋をする。
衛兵が見つけやすくするため目印の看板も立て、降りるための縄梯子まで用意した。
床も壁も地下水が染み出さないようレンガで覆い、簡易なトイレまで準備して、快適な地下牢のようなできばえだった。
穴の上からシリウスが気の毒そうに声をかける。
「ごめんね、でも、空の上から落ちちゃったり凍ったりするよりずっとマシだから……。数日は雨が降らないみたいだし、今日中には街について報告するから、明日には出してもらえると思う」
出してくれるのはおそらくアレスタの兵士たちだろうが、その点は黙っていた。




