66・☆兄の日常
長かった(?)留学準備の閑話は今回でおしまいです。
閑話ラストはルークがわりと縁の下でがんばっている様子をご覧ください。
王太子なのに、雑用。
(ルークside)
シリウスの留学が間近に迫り、その準備も大体終了した。
竜人どもはみんな、ウェスタリアに来たときほぼ手ぶらだったが、アレスタに行く際はどうするのかと思っていたら、来たときと同じくほぼ手ぶらで行くつもりのようだった。
彼らの給料に関して、シリウスが生まれて間もないころはまだ誰もそこまで気が回らず、正直言うと最初の数ヶ月間、一切金銭のやりとりはされていなかった。
だが彼らが本格的にウェスタリアに住み着き、本気で護衛の仕事に従事しはじめて、広場を襲撃した魔物を撃退したとき、誰かがふと気づいたのだ。
「彼らへの報酬はどうなっていましたっけ?」
と。
余計なことに気づいたものだが、もしも万が一、国と国民を救った英雄が、無給で働かされているなどとうわさが広まっては威信にかかわる。
私としては、勝手に居座っているあいつらから、むしろ宿代だの食費だのを請求したい気分だったが、彼らが一般の兵士以上の戦力を持っているのは間違いない。
いや、本当言うと、くやしいがあいつらのうちの誰か一人だけでも、ウェスタリアの兵士全員を合わせたより強いかもしれない。
そんなわけで、彼らの給金は国庫から支払われることになった。
彼らには王族の警護につく近衛騎士と同等の給金を支払う。
シリウスの勉強を教えているので、その手当ても。
さらに東西広場での件については報奨金も支払われることになった。
どれも別に特別なことではない。
彼らが普通の人間だったとしても、支払われるだろう金だ。
給料が支払われることになったと告げたときの、竜人二人の反応はまったく正反対だった。
黒いほうは、まったく表情を変えず、まるっきり給料に興味がないという様子を隠そうとしなかった。
というか、むしろ迷惑そうだった。
「俺がここに留まっているのは我が君のためであって、いち国家のためではない。金なら自分でいつでも必要なだけ調達できる。俺に金を支払うのなら、その分を我が君のために使え」
そう言われても、こちらとしてはもう決まったことであったし、一応形として金を支払っているという事実がないと、ウェスタリアの威信に関わる。
つまり、シリウスの威信にも関わるのだと説得し、しぶしぶ納得させた。
それにしても、なぜ給料を払うほうが説得しなければならないのか、むしろ私のほうが納得いかない。
もう一人、赤いほうは、給料の話をすると美しい紅玉の瞳を輝かせた。
「ありがたい。みっともない格好をしてシリウス様に恥をかかせるわけにはいかぬから、そのうち身の回りのものを売って金をつくらなければと考えていたところだったのだ」
と、ほっとした様子だった。
私の知る限り、カイルは竜人であるというだけでなく、アレスタで国王の血筋につながる結構な身分の貴族だったはずだが、どうやら実家からは一切援助を受けていないらしかった。
少なくともウェスタリアに来てからは、持参してきた衣服や金しか財産を持っていないようだった。
援助をもらえない理由が、彼の家の流儀なのか、それともウェスタリアに居座りっきりになっているせいで勘当されているせいなのかはわからなかったが、とにかく収入がなかったようで、赤竜公は素直に喜んでいた。
そしてもう一人、一番最近やってきた、蒼いやつ、こいつはまったく異質な竜人だった。
他の竜人たちとちがい、なにしろ衣服が適当すぎる。
毎日、毎日、毎日、同じ服。
汚れて臭うのではないかと思ったのだが、彼からはいつも清浄な滝の近くにでもいるような、心安らぐ香りしかしなかった。
「まいなすいおんだ」
と、わけのわからない単語を言っていたが、ようするに、決して汚れはしないのだと言う。
彼にも前任の二人と同額の給金が支払われる事になったが、フォウルは衣服だけではなく、金にもまったく興味がないようだった。
アルファが給金をいらないと言ったのは、やつが資産家なせいだが、この蒼いやつは金がないくせに欲しがらない。
まったく意味不明だ。
清掃担当のメイドが彼の部屋に入ったとき、給料として支払われた金貨が机の上に投げ出されたままだったため、あわてて私に訴えに来た。
彼女自身はなんとか自制を保ったが、若く給金の少ないメイドは手を出してしまうかもしれないと。
双方のためにも蒼竜公に金の管理をきちんとするよう伝えてほしいというのだ。
そこで私が仕方なく、フォウルに金をしまうよう忠告すると、
「ほしいならもっていっていい」
と、どうにも説得のしようのない返事だった。
そこで私はロンに頼んでフォウルの金を使い小さな金庫を買ってきてもらった。
その中に彼の給金を全部突っ込んでおく。
非常にめんどくさいうえに、金を払う側としては大変にはりあいがない。
だがしかし、汚れないとはいえ布は劣化する。
よれよれになった上着を見かねたのか、シリウスは竜人たちを連れて服を買いにでかけた。
普通に出かけて、普通に帰ってくればいいのに、なにをどこでどうまちがったのか、あいつらは買い物途中で竜になり、犯罪者を一人捕まえた。
普通に買い物すらできないのだ。
竜になったのは赤いのと蒼いのだが、蒼いほう、あいつはなるべく正体を知られないようにという話だったのに、まったくもって意味がない。
まあ実際は、港町でミノタウロスを撃退した時点で、各国はかなりのところ蒼竜の所在を把握しているだろうけれど。
とにかく、やつらはシリウスに服を買ってもらった。
帰宅した三人の上機嫌なことといったらなかった。
普段無表情なアルファですら、なんというか、花束をもらった少女のような顔をしていた。
三人とも幸せそうで、見ている方も喜びを感じた。
私は少々やつらが羨ましかった。けれど兄である私が、シリウスに服を買ってほしいと言うわけには行かない。
でもいつか、一緒に買い物にいくぐらいはいいだろう。
想像するとその思い付きが頭の中で輝きを増していく。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
その日の夜、私はいつものようにシリウスの部屋で、一日の最後の時間をすごしていた。
どんなに嫌な軍務がある日も、最後の仕事はシリウスに本を読んでやることなのだと思えばやりすごせる。
「今日はどの本にする?」
本棚に歩み寄り、並んでいる本を選んでいると、ベッドから出てきたシリウスが私の隣に立つ。
「兄上、こっちむいて」
振り向くと、シリウスは背中側に隠し持っていた紙包みを差し出した。
銀色のリボンで丁寧に包装されている。
「これは?」
「兄上に、似合うと思って買ったんだ」
「私に?」
シリウスの言葉を聞いた瞬間、私は持っていた本を取り落としてしまった。
あわてて拾って本棚に戻す。
竜人たちがやたらと喜んでいたので、服を買ってもらったぐらいであんなに喜べるなんて単純なやつらだと思っていたが、いざ自分の身に同じことが起こるとやつ等のことが笑えなくなった。
シリウスが、私に贈り物を……。
手が震えないよう気をつけながら紙包みを受け取って、かわいい弟の顔を見る。
ニコニコと、子供らしい無邪気な笑顔。
「あけてもいいのかい?」
「うん!」
椅子に座り、慎重にリボンを解いて、紙包みも破かないよう丁寧に開く。
中に入っていたのは、乗馬用の皮の手袋とクバラットだった。
「ぼくも同じやつを買ったんだよ! 留学から帰ってきたら、また馬に乗ってピクニックに行きたいな」
覗きこむように聞いてくるシリウスの金の髪を撫でてやった。
細くサラサラの髪は、いつ触れても心地よい。
「もちろんだ。必ず行こうな」
弟の優しい気持ちがうれしくて、留学になんて行かせたくないという気持ちがますます膨れ上がる。
ずっとここにいればいいのに。
けれど、シリウスに必要なことなのだと自分に言い聞かせ、なんとか自制した。
それにまた留学に文句を言って、シリウスを悲しませるわけにはいかない。
私は贈り物を包んでいた包装紙とリボンを丁寧に畳み、もらった品物と一緒にまとめて机の上に置いた。
誰がなんといおうと全部をとっておくのだ。
包装紙はまちがってゴミとして捨てられてしまわないよう、慎重に置き場所を考えないといけないな。
そうしておいてから、今度こそ本を選び、シリウスのベッドの隣に腰掛ける。
するとシリウスは再び驚くべきことを言った。
「兄上、ぼくが二年前にお城を抜け出しちゃったこと覚えてる?」
「ははは、もちろん、絶対忘れないよ」
「ぼく、あのとき、ほんとは兄上とアルファたちにプレゼントを買おうと思ってたんだ」
「!?」
驚いている私に気づかないまま、シリウスは続ける。
「髪を売って、みんなに贈り物をしようって……」
まさか弟がそんな大変なことを考えていたなんて、夢にも思っていなかった。
この美しい髪を売ってしまうつもりだったのか!
そしてその金で私たちへ……?!
「でもね、床屋さんはぼくの髪を買ってくれなかった。切りたくないって……」
二年前の話なのに、私は激しくほっとした。
見たことのない床屋の主人に心から感謝する。
もしも床屋が本当にシリウスの髪を切っていたら、竜人どもは床屋を襲撃したかもしれないな。
「あの日はバナードしかいなかったけど、今日みんなで買い物に行けて楽しかった。今度は兄上も一緒にいこうね」
ああ、シリウス、私もほんの少し前、お前と同じことを考えていた。
お前と一緒に買い物にいきたいと。
しかしその望みがかなうのは、早くとも二ヶ月先だ。
またしても気分が沈みそうになる自分をごかますために、私はページを開き、シリウスのために声を出して本を読み始めた。
本を読んでやりながら、これからシリウスがアレスタへ出発してしまうまでの残り少ない日数、絶対に悲しい顔を弟に見せないと決めた。
いつまでもうじうじしている兄だと思われるわけにはいかない。
ベッドの中で、私の上着のすそを握りながら眠ってしまった弟の寝顔をいとしく見下ろす。
出発の日は、内心でどんなに沈んでいても、笑顔で送り出してやろう、と。
本当は出発当日朝の様子までを、今日の更新分にしようと思っていたのですが、
最後のその部分だけは一人称じゃなかったので、次回に持ち越しにしました。
前話の次回予告にあった、ハンカチもったか?! という場面は、次話冒頭部分に出てきます。
なので、今回の次回予告は、前話の次回予告絵そのままであります。
次回からは留学編スタートです。
いろいろな事件の起こる大波乱の内容になる予定です。
いつもはわりと泰然としているシリウスも超ピンチです。
楽しく書いていくつもりですので、よろしくおねがいします。




