65・☆動向様々
今回は、今までの重要な点を復習するような内容になっております。
次回はもうアレスタへ出発なので、私自身が復習しなければ、ということで。
本来三話分にしようと思っていたものをまとめたので、ちょっと長いです。内容も三分割してあります。
1・買い物、その後
徒歩で城に戻ってきた三人を見て、シリウスは友人たちに駆け寄った。
「おかえり三人とも! 大丈夫だった?」
大丈夫だった? と、シリウスが聞いたのは、犯人の青年のことだったのだが、竜人三人はもうすでに犯人のことなど記憶からも消去寸前だったため、「大丈夫だった?」の意味を、主人が自分たちを案じてくれた言葉だと受け取った。
竜人三人が穏やかな雰囲気で、にこにこと嬉しそうだったので、シリウスとしてはそれ以上何も聞かずとも事態の推移が大体わかった。
雰囲気から言って死人は出ていない。
無事に荷物を取り戻し、きっと犯人は捕らえられた。
今夜か、遅くとも明日には詳しい情報も入ってくるはずだ。
「よかった……」
心の底からほっとして、長く息をつく。
報告が済むと、自分の分の荷物を抱いて、カイルがシリウスの前に立った。
「シリウス様、今日は本当にありがとうございました。ですが最後にケチがついてしまったので、よければまた明日、共にお出かけいただけませんか」
「買い物に?」
フォウルとアルファも期待を込めた視線でシリウスを見つめている。
「みんなと買い物に行くのは楽しいから、いつでも行きたいんだけど、明日はだめなんだ」
とたんに三人が眉を下げたのでシリウスは少々あわてた。
「実は、みんなを待ってる間にシャオが来て、普段あんまり会えないから、明日は2人だけで出かけたいって言われたんだ。たしかにシャオとはあんまり一緒にいられないし、ぼくもいいよって言っちゃった。――また次の機会に皆でもう一回いこうね」
シャオが来たのは少し前のことだ。すでにバナードも帰宅してしまい、シリウスが自分の部屋で一人じりじりとカイルたちの帰りを待っている時、すっかりおなじみになったいつもの窓から、白竜シャオが訪ねてきた。
彼女は今日シリウスたちが買い物に出かけたことも知っていたし、そのあと起きた出来事も大体把握していた。
シリウスが一人きりでいることを察し、心配して様子を確認に来てくれたのだった。
「ついさっきまで一緒にいてくれたんだけど、みんなが戻ってきたからもう大丈夫って言って帰っちゃったんだ。明日の朝また来るって」
確かにシャオは竜人男性陣に比べて、シリウスに会える時間が短い。
城に住み着いている彼らと違い、シャオは世界中を飛び回っており、城には週に一度程度通っているだけだ。
けれど、シリウスが生まれたときから一緒にいるカイルやアルファでも、二人きりで一緒に出かけたことは一度もなかったため、内心ではそれぞれ、うらやましいとか、一緒に連れて行ってほしいとか、色々考えていたようだが、さすがに三人とも口に出すことはなかった。
それに彼らの腕の中には今日シリウスに買ってもらった宝があり、シャオにはまだない。
明日一緒に出かけられないのは残念だったが、自分が彼女の立場だったらかなり寂しいだろうと察したのか、三人とも白竜の要求に不満を表明することはなかった。
アルファはもう気持ちを切り替えたようで、いつもの精悍な表情に戻っている。
「我らのことは気にせず、明日は楽しんで来てください」
「ありがとうアルファ! ウェスタリアを出発する前にもう一回出かけるのは無理かもしれないけど、アレスタでも買い物に行こうね」
そう提案してから、シリウスは首をかしげて考えた。
向こうで買い物するのはとても楽しみだったが、同時に、もし今日と同じような事件が起きたら、ウェスタリアのように笑ってすませられる問題じゃなくなってしまうかも、と少しだけ心配になったのだった。
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2・蒼竜とシリウス
いろいろな事がおこったその日の夜、シリウスはいつものように兄であるルークと本を読んで過ごしたあと、扉の外を守っていたフォウルを部屋の中に呼んだ。
アルファやカイルに見つからないようにしたかった。
二人がいると、きっと心配するような事を、フォウルと話し合いたかったからだ。
「ねえフォウル、今日はすごく楽しかったよね」
フォウルは幸せそうに微笑み、黙ったままうなずいた。
はじめて出会ったときの余裕のないフォウルを知っているので、嬉しそうにしている彼を見るのがシリウスの最近の楽しみでもある。
「あのね、ぼく昼間はちょっと言い過ぎたかもって思ってたんだ。買った服を着てくれたら嬉しいけど、フォウルがどうしても着ないでしまっておきたかったら、それでもいいよ」
「もったいないけれど、着ます。あなたに喜んでほしいし、ボクも着たい」
シリウスは笑って、部屋を照らすランプの灯りを見つめた。
淡く、頼りない、不安定な灯りだったけれど、暖かなオレンジの光が室内を十分に照らしている。
「ほかのみんなもそうだけど、フォウルはいつもぼくを大事にしてくれるよね」
「もちろんです」
躊躇なく答えたが、フォウルにとってのシリウスは『大事』などと言う程度の言葉では、到底言い表せない存在だった。
フォウルにとって、シリウスはすべてだったのだ。
他に価値のあるものなど、一切存在しなかった。
「……でもフォウルは、一度もぼくの名前を呼ばないね」
「それは……」
シリウスはベットから抜け出して、言葉を失っている細身の青年の手をとった。
ランプの明かりが、フォウルの心を映したように大きく揺らめく。
「フォウルはぼくの前世を知ってるって聞いたんだ。もしかして、昔のぼくの名前を知ってるから、呼びにくいのかなって思って」
「……」
今にも泣きそうな顔の青年を、シリウスは励ますように下から覗き込んだ。
「別に名前を呼べなくてもいいんだよ。だいたい、アルファやシャオだって、めったに名前では呼んでくれてないし。でもアルファとシャオがぼくを名前で呼ばないのと、フォウルがそうできないのとでは事情が違うから……。――フォウルは昔の事を忘れたくなくて、大変な魔法を自分にかけているんだよね……」
そう言うと、フォウルの手を離し、夜着のシャツを脱ぎ捨てる。
フォウルが何か言う前に、ふわりと室内に金の光が満ちた。
ランプの明かりの何倍も明るかったが、ランプの明かりよりもまぶしくない。
淡く、やさしく、金色の蛍のように、生命が直接作り出す輝きだった。
主人の背に光る金の翼を見て、フォウルの蒼い瞳が湖面のように揺らめいた。
はるか昔にフォウルが愛して、そして失ってしまった翼が、あのころと変わらずそこにあった。
こらえても足に力が入らず、ついに膝から崩れ落ちる。
シリウスはそっと歩み寄り、ないているフォウルを抱きしめた。
嗚咽するフォウルの蒼い髪に顔を埋め、暖めるように大きな翼で包み込む。
予想はしていたけれど、フォウルのこの反応からすると、前世の自分も、同じような翼を持っていたのだろう。
「昔のぼくを忘れても、忘れなくてもいい。名前を呼んでも、呼ばなくてもいい。ぼくのことは気にせずフォウルの自由にしていいんだ。どっちでも、ぼくはフォウルが大好きだよ」
蒼竜のサファイアの瞳を覗き込み、シリウスはやさしい笑みを浮かべた。
「また買い物に行こうね。今のぼくとも思い出をたくさん作って。辛い事もあると思うけど、それよりも楽しいことがきっとたくさんある」
「……はい……」
涙と、美形に似合わぬ鼻水とをぬぐい、フォウルは必死に頷いた。
まだ幼い主人の、驚くほどにやさしく広い心が愛しくて、呼吸がとまりそうだった。
「ぼくのことを、覚えていてくれてありがとう。長い間一人きりで辛かったね」
シリウスの言葉がフォウルの魂に染み込んで溶けていく。
今までどれだけこの人に会いたかっただろう。
ずっとずっと、一人で待っていて、辛いなんて考える余裕もなかった。
ただ会いたくて、忘れたくなくて、同時に恐ろしい記憶を消し去ってしまいたかった。
でも忘れてしまったら、また繰り返すから。
もう一度会えたとき、何を言ったらいいのか、夜が来るたびに考えたけれど、お礼を言ってもらえるなんてまったく想像もしていなかった。
ありがとう、辛かったね、そんな言葉をもらえるなんて。
再会してから今日まで、伝えたいと思って夜毎考えた言葉は何も言えていなかったけれど、もう十分だ。
シリウスは金の羽を一枚抜き取ってフォウルに差し出した。
「もっと早くに渡したかったんだけど、なかなかあげるタイミングが見つからなくて。――大したものじゃないけどお守りになるみたいだから」
淡く虹色に輝く黄金の羽は、永遠に腐敗しない精緻な金細工だ。
「……ボクに……?」
「うん。カイルとアルファも持ってる。シャオにもあとであげるつもりだけど、フォウルも持っていて欲しいんだ」
震える指先で羽を受け取り、フォウルはシリウスを抱きしめた。
少年の背を覆う金の翼のやわらかくあたたかな感触が、腕の中の人物の命を感じさせ、フォウルはそのままもう一度泣いた。
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3・白竜の事情
翌朝、前日の約束どおり、シリウスは白竜シャオを伴って買い物にでかけた。
シャオはいつも明るく楽しい女性だったけれど、今日は特にうれしそうだ。
「主に服をたまわるとは、わしは幸せ者じゃ。余計なやつらがいないのもいい」
服を手にとっては、そのつどシリウスに視線をもどし嬉しそうに微笑む。
服に視線をやっている時間がもったいないのだった。
「大体あやつらは贅沢なのじゃ。毎日毎日、主と一緒におるくせに、たまにしか会えぬわしが主を独り占めにするというだけで、見送るときに寂しげな顔をしおって」
口では文句を言っているが、シャオはずっと笑顔だった。
シリウスと二人きりになれるなど、誰にだってめったにあることではない。
ウキウキと服を手に取る様子は、若い娘が恋人と過ごすための服を選んでいるようにしか見えなかった。
実際、500歳を超える少女は、小娘のように気分が浮き立っていることを自覚していた。
「でもシャオ、ぼく女性の服を選べる自信がないんだ。欲しいのがあったらなんでも言ってね」
「主が選んでくださる服なら、わしはなんでもかまいません」
きっぱりと言うかわいらしい少女に、シリウスはつい笑ってしまった。
シリウスにとって、シャオはなんでも知っている教師そのもの、といった存在だったが、言うことは昨日のカイルたちとあまりかわりがなかったからだ。
彼らも、選んでもらえるのならなんでもいいと言って目を輝かせていた。
けれどさすがのシリウスも、女性の服を選ぶのは難しい。
まだ子供で、どんな服を女性が好むのか、どんな服が女性の魅力をひきだせるのかも良くわかっていなかった。
それにシリウスの周囲、宮廷に出入りする女性たちは総じて丈の長いドレスを着ていたが、シャオはいつも膝が見えるような短いスカートをはいている。
そこで、シャオが自分の気に入った服を何着かみつくろって、その中からシリウスが選ぶ方法にした。
「主はどっちがお好みかな?」
「うーん、紺もいいけど、こっちのワインレッドのも似合いそう。シャオが両方好きなら、どっちも買おうよ」
服を選びながら、シリウスは楽しそうなシャオの顔をこっそり覗き込んだ。
「シャオ」
「はい」
「……シャオは、一緒にアレスタに来ないの?」
問いかけると、はるかに年長の少女は、シリウスに姉のような優しい笑みを向けた。
「ひどくそそられる誘惑ではあるのですがのう、わしは主の留守をお守りしなければ。隙を狙ってウェスタリアを襲ってくる輩がおるかもしれぬ」
「ウェスタリアにいてくれるの? 今までみたいにあちこちでかけるのじゃなくて?」
「城下のどこかに宿をとるつもりです」
主の言葉に答えながら、シャオは数日前に魔人たちの動向を探り西の砂漠に出向いたときの事を思い出していた。
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魔人たちの拠点の場所は時々移動するものの、廃墟の空間をゆがめて隠れ蓑にしているため、時間をかけて調べればシャオに見つけられないことはなかった。
つい最近まで頻繁に使っていた東の諸島の城が打ち捨てられてしまっているのを発見し、新しいゲートを探していた。
世界の端から丁寧に探り、なんとか今回もねじられた空間を見つけ、いつものように遠くから魔人たちがそろっているのを確認したとき、不意に背後に気配を感じて振り返る。
「白竜シャオ、こんな辺境まで足を運ぶとは、長く生きすぎて時間をもてあましているのか?」
「ふむ、グレンか。そなたのほうが飽くほど長生きじゃろ」
後ろをとられても平然と言い返し、不適な笑みで振り返ると、銀髪の青年をするどく睨んだ。
「そなたとそなたの仲間が、わしの主にちょっかいをだすので迷惑じゃ。ちょっぴり見張りに来ただけじゃから気にするな、すぐに帰る」
「ふてぶてしいな」
「手合わせしたいというならかまわんよ。なに、この付近が多少吹きとぶかもしれんが、わしが勝つじゃろ」
シャオの余裕たっぷりな発言に、だがグレンは乗らなかった。
「白竜、帰るというなら好きにしろ。だが、お前が真実、あの方のことを思うのであれば、私の側につくべきだ」
「お断りじゃ。確かにわしは、主のためならなんでもしてやりたいが、『なんでも』の中に、主を死なせる選択肢だけはない」
きっぱり断ったシャオは、アイスブルーの瞳を細めた。
グレンはその視線を受け止めそらさない。
「お前は何も覚えていないからそんな事が言えるのだ。二度とあの方にあんな悲しみを与えるわけにはいかぬ」
「覚えてはおらぬが察しはつくぞ。今ある文明よりも前、滅び行くものたちを見守ってくださったのじゃろう? 隅々まで探せば世界のそこここに痕跡が残っておるよ」
シャオは長い人生の間に、自分が調べられることは可能な限り調べつくしていた。
海の底に沈んだ文明の痕跡や、隆起した地層の隙間に見つけた金属の道具などだ。
そのどれも、今ある世界には存在しない、高度な技術が使われていた。
「我らが主はおぬしが考えておるほど弱くない。今もしも主がそのときの事を思い出したなら、辛かったことよりも、幸せだった時の事を語ってくださるじゃろう」
アイスブルーの瞳を輝かせ、誇らしげに胸をそらす。
シャオには確信があった。
彼女の主人はそういう人だ。
まだ幼い主人と出会って二年にしかならないが、彼女の魂が知っていた。
この恐るべき銀髪の青年より、みんなに守られているシリウスの方が、何倍も強靭な心を持っていることを。
「世界を滅ぼしたいならそなたが勝手にやればよい。もちろん我らは邪魔するが、主を巻き込むな」
「人間を滅ぼすだけならな。だが世界を一から創り直すにはあの方のお力が必要だ」
グレンの銀の髪を風がなぶり、硬質な輝きがまぶしくシャオの瞳を焼いた。
「そなたらが主を殺し、望みどおり主の魂を魔人の体に移すことができたとしても、あの方は決して世界を滅ぼしたりなさらぬであろうよ。魂は同じなのじゃからな。それに、主は我々や普通の人間とは違う。今度亡くなられた時、主が自分の意思で拒むことがあれば、もう二度と転生なさらぬかもしれぬ。――現にそなたは前回失敗しておるではないか。わしは覚えておらぬが、蒼竜は根に持っておるぞ」
「今度は必ず成功させる。そのためにもお前はこちらにつくべきだ」
揺るがないグレンをじっと見つめ、シャオはため息をついた。
「グレン、そなたのほうこそ今からでも考えを改め、主と共に生きる道を選ぶべきじゃ。主はきっと、喜んでそなたを受け入れてくださるじゃろう」
シャオの言葉に、グレンの瞳が初めて揺れた。
はるかな過去、すぐ傍らにあった金の髪、紫の瞳。
やさしい笑顔と、滅びる世界の苦しみを一身に受け入れていた姿も。
あの美しい人が、自分を許してくれることもわかっていた。
けれどそれは今でなく、新しい世界でなせばいい。
グレンは以前、居候させていたフォウルに対しても何度か勧誘を行っていた。
竜人たちのなかで、フォウルの性格が一番自分に似ていると思っていたからだ。
シリウスのためならばフォウルはなんでもするだろう。
誰を殺すことも、何を滅ぼすことも、フォウルは躊躇わない。
唯一、主人のために主人を殺す、という選択が、フォウルには絶対的にかけていた。
そしていままた、白竜も。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
「シャオ?」
怪訝な顔で覗き込んでくる主人に、シャオは笑みを向けた。
「おっと、少し考え事をしてしまいもうした。とにかく主よ、主は、ウェスタリアの事はなんにも心配しなくて大丈夫じゃ。わしがおりますからのう」
「わかった。――いつもありがとう」
シリウスは細身の少女に抱きついて、しみじみと礼を言った。
竜人の男性陣と違い、年の功のせいなのか、シャオは非常に理性的で、シリウスと離れていてもあまり不満を言わない。
それに彼女は、『比較的』行動も普通だ。
窓から出入りしたり、多少過激なことを言う事もあるが、シリウスがハラハラするほど非常識な行動をすることは、今のところ一度もなかった。
つい昨日、男性陣三名にハラハラさせられたシリウスには切実だ。
だからつい甘えてしまう。
シャオの方は、愛しい主を抱きしめて、その少年らしい柔らかさや細い肩、春の日向のような香りを十分に堪能した。
主人が留学に行っている間、何度かアレスタの逗留先を訪れようとは思っていたが、ずっと傍にいられないのは辛い。
けれどシャオにはシャオの思惑があり、今はまだ身軽に動ける身分が必要だった。
「おまかせあれ、それにのう、こうやって、主と二人きりで出かけられる特権は捨てがたい」
ふふふ、と笑って、ますますシリウスを抱きしめたのだった。




