60・☆帰国準備
いつもご訪問ありがとうございます。
首脳会議編は今回でラストです。
はじめての異国で、竜人たちや自分の状況を知ったシリウス。
次回からは留学編に向けて閑話をいくつかUPします。
砂漠にたたずむ古代の城は、近寄る者もいないまま200年以上が経過しており、滅びた王国の面影はすべて砂の中に埋もれていた。
蜃気楼のようにあいまいな輪郭しか残っていない熱砂の中の建物に、今は念入りな魔術が施され、内部は外見とはまったく違う、冷えた石造りの城につながっている。
空間をねじり、魔人たちが拠点とする城へつながるゲートのひとつだ。
以前使っていた極東の島はフォウルが去ったと同時に封鎖し、見た目どおりの廃墟に戻していた。
荘厳な建物の一角に、熱帯雨林のように木々が生い茂る温室があった。
植物をあやつる魔人、ジオの作った温室だ。
グレンは温室の中に一人たたずみ、その中央部に設置された人の身長ほどもある巨大なガラス容器に手を当てた。
内部は容器を隠し守護するように生い茂る、アイビーの葉と蔦に覆われてほとんど見えない。
「卵は順調?」
背後からかけられたのんきな声に、グレンは振り返った。
だがそこに声をかけてきた主、ツヴァイの姿がない。
グレンは眉をしかめたが、すぐに声の主に気づき、興味を失ったように再び容器に向き合った。
「ちょっと、無視はひどくないかい」
抗議したのは手のひらに乗るほどの大きさしかないツヴァイだった。
植物の陰から顔を出した姿は森の妖精のようだったが、格好はいつもと同じスーツ姿で、かわいげはまったくない。
「愚か者が。黒竜にどれだけ滅っせられた」
「消されちゃったのはごく一部だけど、ものすごくバラバラにふっとばされちゃったから集まるのに時間がかかるんだよ。完全に消された分は魔力が充填されたら少しずつ補充してく。これだけでも集めてここまで帰ってくるの大変だったんだよ?」
しゃべっている間にも木々の隙間から紫の霧がほんの少量だけ漂ってきて、差し出されたツヴァイの手のひらへと吸い込まれていった。
遠方に吹き飛ばされ、ちりぢりになっている霧の一部が少しずつ戻ってきているのだった。
わずかばかりの霧を取り戻しても、大きさはまったく変わったようには見えない。
よっこいしょ、と呟いて、ツヴァイはガーデンテーブルに登る。
「シリウス君はまだまだ調子が戻ってきてないね。魔力を使った後に若干疲れた風がある。彼の本来のポテンシャルなら星ごと作り変えたって元気いっぱいなはずだから。それと、フォウルは彼の求める場所にかえった」
「蒼竜が戻ってあの方は喜んでいたか」
「うん。とても嬉しそうだった」
「ならいい」
本当は竜人たちを一人ずつでも始末したかったグレンだが、彼らに恨みがあるわけではなかった。
計画に邪魔だったから消してしまいたかったのだが、彼らがそばにいることでシリウスが喜びを感じるのならば、時が来るまではそれでいい。
グレンはガラス容器から離れ、振り返って、小さくなってしまったツヴァイを見た。
「お前は回復するまで休んでいろ。次はアイシャとジオを出す。アレスタの首都周辺はすでにジオの『種』が行き渡っているからな」
「了解」
満足げに返答すると、ツヴァイはわずかばかりの紫の霧となりグレンの視界から消え去った。
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結局ウェスタリアの重要人物一行は、魔物の襲撃後も、予定通り一週間ほどアレスタに滞在して後片付けを手伝った。
各国の代表たちの交渉も活発に行われ、どの国もそれなりに成果を持ち帰ったようだ。
サンターナを立ち去る前に、シリウスはアルファとカイル、それにオオカミの姿のフォウルを伴って、あらためて、先日屋台村で食事を一緒に楽しんだエリカたち下級騎士三名をこっそりたずねた。
三人はサンターナの旅館でも同室だったので、留守の間に部屋に入り込み、彼らが帰ってくるのを待った。
シリウスはなんだかちょっと泥棒みたいで嫌だったのだけれど、アルファに、人目につかず彼らに会うにはこの方法が一番確実だと説得された。
『人目につかない』事が、今は何よりも重要課題なアルファが言うので説得力がある。
アルファがうっかり街の人に見つかれば、たちまち大騒ぎになり、同行することは不可能になるだろう。
先日おいてけぼりにされ、無念の留守番をしたアルファは切実だ。
部屋の中に入ると、カイルが持参したティーセットでさっそく茶を入れ始めたのでシリウスは笑ってしまった。
「なんだかやけにカイルの荷物が多いなあって思ってたんだ」
「どれぐらい待つのかわかりませんから。さあ、どうぞ」
まるで自分たちが部屋の主のようだ。
「ま、いいか」
この部屋の本来の住人である騎士の三名は、シリウスたちが部屋でお茶をしていても、きっとあんまり気にしないのではないかと思った。
「いやー、今日もいっぱい働いたねえー!」
疲れた疲れた、と、大声で言いながら最初に部屋に戻ってきたのはエリカだった。
室内に入るなり、シリウスたちの姿に気づいて立ち止まる。
誰もいないはずの部屋の中に、子供一名、大人が二名、でっかい犬が一匹、のんびりとお茶をしているのだ。
エリカが立ち止まると当然、続いて入ってきた大男のロックが彼女の背にぶつかった。
「げふっ! おいエリカ! 急に止まるな!」
文句を言ったロックも、しかしすぐに室内の面々に気づいてポカンと口をあけた。
最後に入ってきたレイは幼馴染たちに激突したりしなかった。
エルフのような容貌のレイは、先日知り合ったばかりの人々が室内に浸入していることに気づくと、後ろ手にそっと扉を閉じる。
「こんにちは、エリカさん、ロックさん、レイさん。……勝手に部屋に入ってごめんなさい」
しかもお茶してたし、とシリウスは内心で付け足した。
カイルも軽く会釈をしたが、アルファは茶を飲みながら悠々と座ったままだ。
フォウルはもちろん、シリウスの足元にぴったりと寄り添ったまま振り向きもしない。
「いいけどさ、それにしても神出鬼没だね」
「内密な話でもあるのかな」
なにごとにも鷹揚なエリカはともかく、慎重なレイも、シリウスたちの正体を知っても口調を変えなかった。
彼らがそれを望んでいると察していたからだ。
咎められない限り、あくまで、シリウス、という個人に対して接しようと決めていた。
もちろんシリウスは、彼らに屋台村の時の様な平等な態度で接して欲しかったので、喜びこそすれ怒ったりするはずもない。
彼らにも椅子を勧め、話を切り出そうとした。
だが話し始めようとしたシリウスを静止したものがいた。
「あのな、ちょーっとまってくれるか?」
この部屋で一番背が高く、一番体重もありそうな、筋肉質の男、ロックが片手を挙げる。
主人の話をさえぎった大男をアルファが軽く睨んだが、口に出しては何も言わない。
ロックは頭をかきながら、
「ひとつだけ確認しときたいんだが、あんたは、その、ウェスタリアの王子様なのか?」
「うん」
あっさりと返答して、シリウスは首をかしげた。
さすがにもう知っていると思ったのだ。
「そんで、あんたが黒竜公で、あんたが赤竜公……」
あんた、などと、普段決して呼ばれない二名は表情を変えなかったが、レイの方は幼馴染の暴言に額を押さえ、わずかに顔色が悪い。
「で、こっちのワン公は……」
「イヌじゃなくてオオカミだよ」
シリウスが訂正して、蒼銀色の狼に腕を回してだきついた。
「もふもふしててカッコイイでしょ」
「ああ、まぁ、カッコイイけど、なんでオオカミ?」
聞かれてシリウスは同行してきた二名の竜人、それから腕の中の獣と視線を交わした。
「エリカさんもレイさんもロックさんも、内緒にしててくれるなら教える」
「あたしは秘密をもらしたりしないよ。それが騎士ってもんだ」
「あたぼうよ! 絶対誰にもいわねえ」
レイは少しの間、返答を躊躇した。
彼らの秘密というものを知ってしまうとあとあと大変なことになるかもしれぬと危惧したからだ。
しかし室内の全員から視線を向けられ、深刻な顔で頷く。
「誓おう。だが、あまり国益に関わるような重大な秘密は勘弁してくれ」
三人に確認を取ると、シリウスは狼に向けて頷いて見せた。
狼の蒼い瞳がひたとシリウスに向けられ頷きを返す。
その足元から小さな水の竜巻が湧き上がり、たちまち人の形になった。
エリカが思わず口笛を吹いた。
みたことないほどみごとな変身術だったからだ。
ロックも目を丸くしていたが、レイは青ざめた。
「まさか、蒼竜公であられるのか……」
蒼い長髪の青年を一目見て、レイは相手の正体を察した。
もちろん、普通に街なかで見かけたなら気づかなかっただろうが、今この場でシリウスが連れているメンバーであることと、先日旅館の屋上で目撃した蒼竜の蒼い鱗の色が、目の前の青年の髪の色とそっくり同じだったからだ。
蒼天に溶け込むように飛んでいた巨大な竜の、宝石のように輝いていた鱗の蒼は、一度目にしたら一生忘れられないだろう。
「フォウルっていうんだ」
シリウスが満面の笑みで紹介すると、フォウルは表情を動かさず丁寧に頭を下げた。
「国益に関わるような重大な秘密」 どころか、世界を揺るがす秘密じゃないかとレイは頭を抱えたが、幼馴染二人は大して気にした様子もなく着席すると、赤竜公、カイルの淹れた茶を受け取り、たちまち場に溶け込んでいる。
「私が異常なわけではないよな……」
なんとなく、黒竜公から同情を含んだ視線を感じるのはきっと気のせいではない。
レイは諦めて自分も着席し、やけになったように茶を受け取った。
「それで、皆様方、本日はどのような用件で、我々の部屋に不法侵入なさったのかな」
若干恨みがましいセリフになってしまうのも仕方がない。
「留学が正式に決まったから、部屋を貸してもらいたいんだ」
「おっ、いいね、あたしたちも助かるよ!」
「3部屋借りてくれるんだろ?!」
エリカとロックは大喜びだが、彼らの訪問の理由を察していたレイは渋い顔をする。
「我々の家は、もともと貧しい学生用の下宿として建てられた家だ。失礼だが、王族の方や竜人の方が満足される部屋とは思えない」
「なんだよレイ、あたしらちゃんと掃除してるんだし平気だよ」
「そうだぜ、3部屋も埋まったら、ローンの心配もなくなるじゃねーか」
レイは深々とため息をつく。
「エリカ、ロック、良く考えろ。部屋の規模の問題だけじゃない。警護だって我々だけではまかなえないぞ」
「それには心配およばない」
低い美声で答えたのはアルファだった。
「我が君の警護には我々三名があたる。まあ時折もう一名加わることもあると思うが、気にするな」
「……」
そのもう一名が誰なのか、レイはたちまち察したが恐ろしすぎて聞けない。
「それと、他にも空き部屋があるのなら、すべてを借りる」
「それは……」
「安全のためだ」
「……」
「貸し出せる部屋は6つだよ。今埋まってる部屋はひとつだけ。だから空きは5部屋。でも安全のためって、どーゆーこと?」
またしても黙ってしまったレイに変わって、エリカが答え、答えると同時に質問した。
アルファが重々しく答える。
「素性のわからぬものを我が君の近くに住まわせるわけにいかぬ。今すんでいる人間も退室させたい」
「アルファ!」
すかさずシリウスが口を挟んだ。
「ごめんね、エリカ。大丈夫、ぼくたち全員で3部屋でいい。今住んでいる人にも迷惑かけたりしないよ」
「あれ? そういえば、蒼竜さんが増えたんだから、全部で4部屋いるんじゃないの?」
「フォウルはぼくの部屋でいい」
「なっ!?」
カイルだけではなく、めずらしくアルファも動揺した声を出した。
「だって、オオカミの姿でいるなら一緒の部屋のほうが自然でしょ? 部屋の中まで守ってもらえるし、いいじゃない」
「し、しかし、シリウス様、部屋はおそらくそんなに広くないですよ」
「そうです、我が君。フォウルは俺かカイルの部屋にいればいい。いや、やはりもう一部屋借りましょう。部屋が埋まれば他人が増える危険も減ります」
「オオカミだけで一部屋なんて、先に住んでるもう一人の人に変に思われるよ」
シリウスは黙ったまま隣に座るフォウルを見上げ、ね? と笑う。
微笑みかけられたフォウルは何も言わなかったが、黙って頷き嬉しそうだった。
だが、普段どんなことでもある程度譲歩してくれるカイルとアルファは承知しなかった。
「絶対に4部屋必要です!」
生まれたときから一緒にいるのに、二人が同時に同じ言葉を放ったのをはじめて聞いて、シリウスは二人の勢いに押され頷いた。
意見が衝突しがちな二人が意気投合するとなかなかに強力だ。
フォウルは若干残念そうだったが、それでも文句は言わずひっそりとため息をついたのだった。




