57・☆港の竜人2
翌日3人と一頭は、あらためて消え去った建物の場所に行ってみたが、建物の所有者は思いのほか落ち込んでいなかった。
落ち込んでいなかったどころか、建物のあった跡地に
「黒竜公が魔法で消し去った店はこちら!!」
と、即席の派手派手しい看板が得意げに掲げられていた。
薄いベニヤにペンキを塗って作った、赤と青と黒、三頭の竜の看板も作られていて、人々の注目を浴びていた。
昨日の今日で、建物の修復より先に看板を作ったのだから、相当やる気に満ちている。
建物が消失し、きれいさっぱりと開けた土地には、机と椅子がずらりと並び、宿屋と料理屋は共同で早々に営業を開始していた。
露天の店は盛況で、ほとんど満席状態だ。
募金箱も設置されていて、通りかかった人たちが次々とお金を入れて行く。
客の一人がアルファの姿に気づいて歓声を上げた。
「黒竜公閣下だ! 黒竜公閣下がいらっしゃったぞ!!」
人々が一斉に振り返る。
逃げる間などあるはずもなく、アルファはたちまち喜びに湧く市民に取り囲まれてしまった。
幸いというか、カイルもフォウルも、それにシリウスも、戦っている姿を晒していないので、人々の注目をあびているのはアルファばかりだ。
カイルなどはそそくさとシリウスをひっぱって、人々の群れに巻き込まれないようさりげなくアルファから離れた。
みんな口々に感謝の言葉を述べていくが、人の輪は減らない。
普段だったら、アルファの威容は人を容易に寄せ付けないものがあるのだが、それに勝る興奮と感謝とがあふれていた。
それに加えて、無償で人々を助けてくれたアルファが、見た目と違って優しい人物なのだと知れ渡ったせいもある。
集まった人々を解散させようと、アルファが口を開こうとしたとき、いつのまにか近くに来ていたシリウスがアルファの手を握った。
背伸びをして、そっと声をかける。
「お店の人とはぼくが話すから、アルファはここにいてあげて」
アルファがシリウスを見下ろすと、彼の命よりも大事な主君が幸せそうに笑っている。
「みんな沢山怖い思いをした中で、きっとアルファがすごく頼もしかったんだ。ぼくもそうだったから。街の人たちに歓迎されてるアルファたちを見ると、自分が歓迎されてるみたいに嬉しいし、すごく誇らしい気持ちになれるんだ」
アルファは思わず自分の胸を押さえた。
誇らしい、と言ってくれた言葉が全身に染み渡り、喜びで体が震えた。
産まれて初めて頬に朱が上り、涙がこぼれそうになる。
「我が君……」
ありがとうございます、という言葉が胸に詰まって出てこない。
集まってきた人々は、傍にいるカイルに対しても、もしかして赤竜公なのではないかとヒソヒソ話し合っているようだった。
燃えるような赤い髪は、確かにあの日みた赤竜の、ルビーのような鱗と同じ色。
「カイル、我が君をお連れして先に行け」
このままではカイルまで抜け出せなくなってしまうと判断したアルファがそう伝えると、カイルは頷いてシリウスの手を握った。
フォウルもついてはいるが、オオカミに姿を変えていて大っぴらにはしゃべれないし、護衛は多い方がいい。
ようやく開けた場所に出て、一同は息をついた。
カイルは普段、アルファに対し負けていると感じることばかりで、同情など一切しないのだが、さすがに今日はアルファがなんとなく気の毒に思える。
市民に喜ばれるのはいいのだが、喜ばれすぎて収集がつかないではないか。
「私は竜の姿のままでいて助かりました」
「本当はカイルも一緒にいてあげたらいいんだけど。みんな喜ぶよ?」
苦笑しながらシリウスが言うと、カイルはぶんぶんと首を振った。
「私は人々からの感謝など無用です。それに私がしたことは彼らから感謝を受けるに値しませんし」
「どうして?」
不思議そうに首をかしげる主人に、カイルは優しく微笑んだだけで答えなかった。
すべてはこの金の髪の少年のためにしたことだったからだ。
ずっと傍にいていいと言われたら、きっと逃げ惑う人々など放っておいて、主人の傍にいただろう。
そんな風に考えていると、その主人がカイルの手を強く握ってじっと見つめてきた。
「そんなこと、ないからね」
カイルの思考を読んだように言って、歩き始める。
「カイルは、ぼくが何かを言わなくても、きっとみんなを助けてくれる。昨日だってアレスタの人たちだけじゃなく、他のみんなも助けてくれたでしょう?」
「そ、それは……」
なすすべなく怯えて逃げる人々が、あまりにも無力に見えて放っておけなかったからだ。
「さっきアルファにも言ったけど、君たちが街のみんなに感謝されてるのを見ると誇らしくて、ぼくまですごくうれしくなるんだ」
「はい……」
涙をこらえたアルファと違い、カイルの頬を熱いものが伝った。
それをハンカチで拭って、鼻をすする。
「さっきの広場の看板、赤と青と黒の竜のやつ、あれ、もらって帰りたいぐらいだよ。みんなに似てたし、かわいかった」
ね、と傍らの狼に笑顔を向けると、蒼い狼の尾がふさふさと揺れた。
シリウス、カイル、フォウルの二人と一頭はアルファが消し去ったレストランに到着したが、肝心の店の主人はいなかった。
宿屋の主人もいなかった。
「みんなアルファのとこにいっちゃったんだね」
シリウスが面白そうに笑う。
仕方なく、宿屋の主人の娘だという女性に声をかけた。
彼女は近所の人々が持ち寄ってくれた椅子やテーブルを綺麗に整え、あらたに客席を増やそうとしているところだった。
「あの、お忙しいところすみません」
顔を上げたのは二十歳前後の若い女性。
「ぼくはアルファ……、黒竜公の友人で、シリウスと言います」
名乗ったとたん、女性は驚いたように声を上げ、そのままの勢いで立ち上がると、シリウスに抱きつこうとしたのだが、カイルがすかさず女性の腰を受け止め主人を守った。
フォウルもシリウスの前に立ち、きらめく毛皮を逆立てる。
「ちょっと、邪魔しないでよ、……って、あら? なんだかとってもハンサムね」
カイルに阻まれた女性は一瞬だけ不満そうな顔をしたあと、カイルの顔を見て頬を赤らめる。
それからあらためてシリウスを見つめた。
「シリウスくんっていうの? 私があと十才若かったら、絶対放っておかないわ」
「あ、あの……」
思いがけない事を言われて、さすがのシリウスも少々ひるむ。
「黒竜公様のお知り合いなの? 私も近くでお礼を言いたいんだけれど、父さんが先に行っちゃったから、お店をカラにできないのよ」
「お礼を? お店がなくなっちゃったのに?」
「そうよ、だってあのとき、黒竜公様がいらっしゃってくださらなかったら、私も両親も弟もお客さんも、全員死んじゃってたもん。みんなの命の恩人よ」
屈託なく笑うと、オオカミを恐れもせず近づき、シリウスの両手をぎゅっと握った。
「黒竜公様に、みんな感謝していますって、お伝えしてね」
「は、はい、それは、もちろん。でも、あの……」
シリウスは周囲を見渡し、みごとなまでに何もなくなってしまった土地を見た。
「ん? 宿の建物? まあ確かに残念だけど、命がなくなっちゃうよりはマシよ。それに、ここと、向かいの食堂はきっと優先的に改修の支援をしてもらえると思うの」
「どうして?」
「だって、黒竜公様がこのことをお気に病んだらいけないでしょ。仕方がなかったんだから。黒竜公様や街を守ってくださった他の竜人の方々のためにも、ここと、向かいの食堂はさっさと直してもらわないとね」
何かをたくらむようにウィンクする。
「それまでは露天営業だけだけど、今はあったかい季節だし、宿も新築になるのよ? 実をいうとこの辺は潮風のせいで建物が長持ちしないの。だからうちもそろそろ建て直そうかって話してたところだったのよ」
彼女はエプロンを握り締め、目を輝かせている。
「その上、黒竜公様ゆかりの宿! って宣伝できるし!」
アルファが泊まったわけではないのに、その宣伝文句はどうかと思ったシリウスだが、殊勝にも黙っていた。
代わりに、看板の下に飾ってあった絵葉書を一枚取る。
「あの、この絵葉書、もしかして消えちゃった建物の絵ですか?」
「そうよ。こっちの絵は向かいの食堂。飛ぶように売れてるの。君にも一枚ずつあげるね」
テンションの高い店主の娘と別れて自分たちの宿に戻り、女性の勢いにおされ気味だったシリウスは、すっかり馴染んだ宿の自室でホッと息をついて、お茶を淹れてくれているカイルを見上げた。
「あのお姉さん、ちっともガッカリしてなかったね」
「ええ。政府から支援もあるようですし、もともと建て直すつもりだったのならむしろ助かったぐらいなのでは? 放っておいても平気そうです」
そこへ人々に囲まれて逃げられなかったアルファも若干疲れた様子で帰宅し、ようやく全員がそろった。
「あの広場、夜は誰もいないよね?」
シリウスの問いには帰宅したばかりのアルファが答える。
「あそこは瓦礫の片付けに使われていますから。避難している人々のためのテント村は公園の方に作られているようです」
フォウルは人の姿に戻り、椅子に座ってカイルの淹れた茶を飲んでいた。
心配そうに口を開く。
「けれど、夜でも少しは人が残ってる。もしかして魔法を使うつもりですか?」
「ぼくたちが壊しちゃった建物だけでも直したいんだ。街が襲われたのだって、ほんとはぼくたちのせいみたいなものだし……」
「あなたが力を使うところを人間に見せるのは賛成できない」
「うん。だからジャンに手伝ってもらって、少しの時間だけでも広場に人を入れないようにできないかな、カイル」
話を振られたカイルは一瞬目を見開いた。
少し考えるそぶりを見せてから、慎重に頷く。
「できるでしょうが……、私もフォウルと同じ意見です。街の修繕にシリウス様が関わる必要はないのでは……」
「ううん、やる。もう決めたんだ」
シリウスはきっぱり言うとさわやかに笑った。
「街の人たちはあんまり落ち込んでないみたいだったけど、それに甘えちゃだめだ。大丈夫、直すのはぼくたちが壊しちゃった宿屋と食堂だけだし、あの場所は日が落ちたら真っ暗だから、父上たちにも内緒にしとく」
竜人たちは顔を見合わせた。
もうこうなったら、彼らの主人は何を言ってもやりとげるだろう。
それこそこっそり宿を抜け出してでも。
反対し続けるよりも、応援した方が、危険が少なそうだった。
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―
「なんで広場の人を追い出すんだ?」
「半刻でいい。改修工事の説明会をするとかなんとか、適当に言いわけして、他の場所に人を移せ。あそこを無人にしてほしいんだ」
カイルは親友のジャンを尋ねて説得していた。
「そりゃできるが、理由ぐらい教えろ」
「……聞くな。悪いようにはしない。頼むよ」
少々情けないぐらい切実な様子で訴えるカイルを見て、ジャンは改めて親友の変貌ぶりに驚いていた。
過去のカイルはいつだって自信にあふれ、誰かに何かを頼むにしたって、断られるなんてまったく考えていない様子がありありだった。
けれど今のカイルは、もしもジャンがこの件を断ったらどうしよう、と不安を感じているように見える。
「お前のご主人様のためか?」
「うん」
素直に首肯するカイルに、ジャンはため息をついた。
それを見たカイルは少々あわてて訂正する。
「い、いや、私にとってはシリウス様のためだが、本当の意味では違う。魔物の襲撃のせいで住居を失ってしまった市民のためだ」
「どういう意味だよ」
「だから、聞くなって」
「なんだか腑に落ちないが、市民の為と言われれば断れない。半刻だけだぞ」
ジャンがそう答えると、カイルは心底ほっとしたように息をついた。




