58・☆金色の灯
「それでね、ぼく、考えたんだけど、建物が急に直ってたら、やっぱりみんなびっくりするし、原因を知りたがると思うんだ」
広場を無人にする時刻の少し前、シリウスは竜人たちをあつめて打ち合わせをしていた。
シリウスの言葉に竜人たちは大人しく耳を傾けうなずいている。
「ここを消しちゃったのはアルファだから、元に戻したのもアルファってことにしたら、ちょっとは説得力あるんじゃないんじゃないかな?」
「俺ですか?」
「うん、闇魔法で消したけど、がんばったら元に戻せました、みたいな感じに……」
少し申し訳なさそうに、シリウスはアルファを上目遣いで見上げる。
信頼する黒竜が、本当はそんな風に人々の注目を浴びることが好きではないことを知っていたからだ。
「みんなアルファがやったって言えば、ちょっとぐらい常識はずれでも納得してくれると思うんだ」
多少強引な提案ではあったけれど、アルファは頷いた。
実際に一般市民たちは、竜人がとにかく桁外れだということ以外、具体的に何ができて、何ができないか、など、ほとんどわからないはず。
「愚か者どもに我が君のお力を知られるわけには絶対にいきませぬ。ご提案のとおりに」
アルファの言う「愚か者ども」とは、もちろん、会議に来ていてシリウスを責め立てた連中の事だ。
フォウルもシリウスの意見に同意した。
「奇跡の謎を残しておくと、人間は原因を探ろうとするだろうから、あらかじめ答えを用意してやったほうがいい」
そう言うとオオカミの姿に変わり、シリウスの足元に座った。
準備万端、というように、尻尾を揺らして主人を見上げる。
だが気がかりな事があったカイルは心配そうにシリウスの前にしゃがみ、その手を握った。
「ですが、シリウス様は大きな魔法を使っている間、美しい金の光に包まれておられます。遠目からでもわかってしまうかもしれません。会議場の天井のようにさほどの大きさでないのであれば一瞬ですが、今回は大きめの建物が丸々二つです。現場に誰かが残っていたり、無理だと思われる状況でしたら、あきらめていただけますか」
アルファもフォウルも同時にシリウスを見つめる。
視線を浴びて、シリウスの方は苦笑した。
「すぐ済むんだから大丈夫だよ。でもそんなに心配なら、アルファに大きなマントか何かを着てもらおうかな」
「マントですか?」
「うん。ぼくがすっぽり隠れられるようなの。アルファは重いだろうけど、抱っこしていってくれる?」
「我が君は重くなどありませぬ。むしろもう少々お太りになられたほうが我らとしては安心なのですが」
アルファの言葉に、残りの二人も、そうですそうです、普段からもっとお食事を、などと、しきりに同意している。
なんだか急に話が変な方向に向かったので、いつもどおりの緊張感のなさにシリウスは笑ってしまった。
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広場にたたずむ竜人二名とオオカミは、誰にも見咎められることなく無事に現場に到着していた。
黒竜公は足首まであるローブを着ていたが、よく見れば前面が少々不自然に膨らんでいる。
「シリウス様、大丈夫ですか、苦しくはありませんか」
横からカイルが何度も何度も聞くので、シリウスは正直少しだけめんどくさくなっていたのだが、それでも聞かれるたび律儀に、
「大丈夫だよ。ちっとも苦しくないし、平気」
と答えてあげていた。
不調と見られて、やっぱり引き返しましょう、などと言われたら大変だ。
「我が君、到着いたしましたよ。誰の気配もないようです。ですが、光が発生すると遠方からでも見られてしまう可能性がありますので、申し訳ありませんが、お顔だけ……」
アルファはローブの内側で横抱きにしていたシリウスを慎重におろすと、ローブの胸元だけをそっと開いた。
「ぷはっ」
そこから顔を出して、シリウスは周囲をキョロキョロと確認する。
「本当に誰もいないね。フォウルは?」
「後ろで見張っています。――それよりも我が君、体調は問題ございませぬか。息苦しくはあられませんでしたか」
「……」
アルファがカイルとまったく同じレベルで心配しているので思わずシリウスは黙ってしまった。
「お具合でもお悪いのですか?!」
沈黙を別の意味に受け取って、アルファがたちまち心配そうな声音になったので、シリウスもあわてる。
「だ、大丈夫だってば。二人とも心配しすぎだよ……。フォウルは心配してないみたいなのに」
しかし、そう考えているのはシリウスだけだった。
少し離れた周囲を見回ってきたフォウルが駆け戻り、
「狭くてつらくなかったですか? 無理はしないで」
と、切実な口調で訴えた。
その上、
「今なら周りには誰もいない。もし誰かが来て見られたら、ボクが始末するから安心して大丈夫」
などと続けたものだから、さすがのシリウスもあっけにとられてしまった。
とにかく、竜人たちの心配を払拭するためにも、早く目的を果たすべきだと思い至った。
フォウルの「始末するから安心して」という言葉が、特に安心できない。
「じゃあやってみるね。――あと、フォウル」
「はい」
「誰か見てたら睡眠魔法で対処して。殺しちゃったら絶対だめだからね!」
「……」
フォウルが返事をしなかったので、シリウスはますます作業を急ぐことにした。
フォウルはやさしげな容姿やおっとりとしたしぐさに似合わず、いつでもカイルやアルファ以上に過激だった。
のんびりとした口調で恐ろしいことを言うので油断できない。
しかも、ほかの竜人たちと違い、シリウスの言葉でもシリウスのためにならないと判断すると、フォウルはがんとして従わなかった。
今回のように。
そしてもうひとつ、フォウルと他の三人との決定的な違いにも気づいていた。
カイルもアルファも、ここにはいないシャオも、シリウスの害にさえならなければ、基本的に人々をいつくしみ、守ろうとする。
けれど、フォウルはその点がいまひとつ弱い。
『ついで』でもなければ助けてくれなそうだ。
シリウス以外には、本当に興味がないように見えるのだった。
「始末する」と言い切ったからには、相手が誰であれ、きっとためらわず実行するだろう。
「誰かが近づいてきたら教えてね。後ろからなら、アルファが光ってるようにしか見えないだろうし、人を攻撃しちゃだめだよ」
フォウルが過激な行動に出る前に防衛策を講じるしかない。
念を押すと、オオカミは無言のまま頷き、再び少しはなれた背後に下がった。
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暗闇に沈むサンターナの街に、ちいさく金色の光がともった。
光はかつて宿屋と食堂のあった場所を縁取るように旋回し、徐々に輝きを濃くしていく。
黄金の粒が少しずつ上空へと伸びながら建物の輪郭を描いた。
現場には竜人たちしかいなかったが、金の輝きは遠くからでも蛍火のように街全体へ届き、外にでていたわずかな人々の目に留まった。
しかし光はそれほど長くは続かず、目撃した人々が現場に到着するはるか以前に消えた。
最初にその場所に駆けつけたのは、人々を広場から遠ざけた本人であるジャンだった。
広場の中央に立つ竜人たちを見つけたジャンは、親友カイルの姿を認め駆け寄ろうとしたが、風のように現れ、威嚇のうなりをあげた狼に進路を阻まれる。
「ジャンか? フォウル、もうすんだから見張りはいい」
カイルが声をあげたが、狼は鼻筋に深く皺を刻んだまま、不信感を隠そうとしない。
しかしそれでも慎重に数歩下がるとジャンに道を譲った。
巨大な狼が毛を逆立てて自分にうなり声をあげる姿は恐ろしかったが、さきほどの光の正体も知りたかったジャンは、恐る恐る竜人たちに近づく。
「カイル、今ここが光っていなかったか!?」
「ああ、ええと、その、アルファがな……」
「黒竜公閣下が?」
黙ったまま足首まであるマントをぴっちりと着込んだアルファは振り向きもせず、もちろん説明するつもりもないようだったので、カイルが続ける。
「実は、消した建物を元に戻せるかも知れぬと……」
「建物?」
そこでジャンは初めて広場の異変に気づいた。
暗くてよくみえなかったのと、まさかそんな事態が起きているとは夢にも思っていなかったからわからなかった。
そこには消え去ったはずの建物がすっかり元通りに建っていた。
「……!?」
「外観以外は元の建物と多少違っているかもしれないが、見逃してもらえるとうれしい」
「が、外観……?! 見逃すって? えっ?!」
すっかり大混乱のジャンは、暗闇の中、元通りに建っている宿屋と食堂、それと竜人たちをオロオロと交互に眺めてしまった。
そのとき、さっきジャンの行く手を阻んだ狼が、警告するように一声鳴いた。
その声を聞いて、黒竜公が歩き始める。
カイルも慌てたように続き、振り向きながらジャンに告げる。
「人が来る。騒ぎになるから私たちはこれで撤収させてもらう。もし人々にこの事の説明をするのなら、なるべく我らに構わずそっとして置いて欲しいと伝えてくれ。それが一番の礼だと」
まだ困惑中のジャンを残し、竜人たちとオオカミは静かに闇の中へと消えていった。
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「我が君、大丈夫ですか?」
宿に戻り、すかさず主人を解放したアルファは不安そうにしゃがみシリウスの瞳を覗き込んだ。
「もちろん。――みんな、手伝ってくれてありがとう!」
自分を守ってくれた三人を見渡して、シリウスはお礼を言った。
三人がもし反対したら、自分ひとりでやるつもりだったので、とても頼もしかったのだ。
竜人たちも、感謝の言葉を受け取った幸せで、それぞれ喜びの表情を浮かべる。
「じゃ、父上たちにバレるまえに寝ちゃおう」
「はい」
三人同時に返事が返ってきたのでシリウスは心底ほっとしていた。
目的を大体予定通りに果たせたし、なにより誰も『始末』されずにすんだから。




